第178話−前夜祭
世界政府には陸軍と呼ばれる組織が、一応、ある。
何しろ、海軍が余りに巨大な為、そこに所属しているのは大概ピンキリのキリの方で、船に乗ると必ず酷い船酔いをする奴だの、海兵の選抜に弾かれただのいった何かしらの問題を抱えた面々が大部分だ。
それでも、いや、それだからというべきか、海軍への反発心は強い。
今回の行動もそれが原因だったのだろう。
アラバスタ王国が関与しているに違いない、そう思い定めた一部隊丸ごとが休暇を申請、部隊ごと制服だけ脱いで武器を担いだままアラバスタ王国の港町のホテルを借りた、と聞いて焦ったのは他ならぬ陸軍上層部だ。
下はともかく、上になれば政府への立場ってものもあるし、海軍に対抗しようと考えるだけ無駄な事も分かっている。そもそも世界政府全軍総帥の地位にあるコング元帥は先代の海軍元帥だ。当然、中立であろうとしてはいるが陸軍に対して根底では好感情を抱いている訳がない。
そこへこんな騒動を起こしてしまったとなれば……。
陸軍上層部が混乱で責任の擦り付け合いになりかけたが、この騒動は予想外に早く終わった。
……独断行動を行なった部隊の全滅という形で。
その時の状況を知る者はこう証言した。
『そりゃあ盛大な爆発だった』、と。
そのホテルは当時、その陸軍部隊に実質占拠されている状況にあった。
ホテルとしても、当初は団体様という事で予約があった時は喜んだものの、すぐに彼らがとんでもない疫病神だという事に気付いた。
何しろ、彼らは全員が全員武器を携帯したままやって来たのだ。
おまけに、現在アラバスタ王国とは緊張状況にある世界政府の陸軍部隊だという事が知れると、ホテルの他の宿泊客は次から次へとチェックアウトしていってしまった。
武器を没収しようにも、相手は口では休暇中と言っているもののれっきとした世界政府の軍隊だ。
この相手に下手に武器を奪うという事をやらかせば、それこそ大きな騒動の引き金になりかねない、という事でアラバスタ王国軍としても下手に手が出せず、部隊の責任者と話し合い、町中では民衆に不安を与えないよう目立つ形で持ち歩かない約束を取り付けるのが精一杯だった。
ホテル側としてはとっとと出て行って欲しいのだが、一応金を払っている客には違いない。
追い出す事も出来ない。
かといって彼らが居座っている限り、新しい客が来ない。
実質彼らの貸切状態に陥ってた事に対するホテル側の悩み、その結末は、ホテル全体が木っ端微塵に吹き飛ぶという形で終わりを迎えた。
その爆発は凄まじく、周辺でも倒壊した建物多数、死傷者多数。ホテルの支配人や従業員は残っていた全員が陸軍部隊諸共全員死亡した。
この爆発に対して、アラバスタ王国側は陸軍部隊が大量の弾薬を持ち込んでおり、それが爆発したのだと主張した。
この為、責任は世界政府陸軍にある、として、被害を受けた人々への賠償金を求めた。
一方、世界政府陸軍はこれに対して、彼らが持ち出した弾薬は大した量ではない、彼らが持ち出した弾薬量ではあのような爆発が起こる筈がない、としてアラバスタが仕組んだのではないかと逆に疑いをかけた。
これらの動きに対してアスラは何が起きているかをほぼ正確に把握していた。
クロコダイルは陸軍を利用している、そう判断していた。
アスラは自分でもそうする、と判断した。規模に桁違いの差があるとはいえ、組織としてはあくまで独立している。海軍ならば海軍本部中将という海軍のほぼ頂点に近い所にいるアスラならば命令を下せる。もし、更に上が関わっていたとしても数がしれている上、顔見知りばかりだ。直接行って、事情を説明すれば事足りる。
だが、陸軍が海軍本部中将の命令を聞く義務はない。
クロコダイルからは実に躍らせがいのある相手だっただろう。
「だが、それも終わりだ」
さあ、次はどう動く、クロコダイル。
こちらは止まらないぞ。
「……コング元帥を動かしやがったか」
命令系統にないのならば命令系統にある人間に命令を出してもらえばいい。
全軍総帥という立場にあるコング元帥ならば、陸軍に撤収命令を下すのも容易だ。
そう、クロコダイルの眼前にある新聞には当初は激昂して動きかけた陸軍部隊が撤収を決めたという記事が掲載されていた。代わりに、海軍部隊が駐屯する事になる。
現時点までにクロコダイルに入ってきた情報によれば、アスラ中将からコング元帥へと話が伝わり、コング元帥が正式な命令を出した、という事らしい。
コング元帥とアスラとは、アスラの海軍入隊時期を考えれば、コング元帥が現役時代はまだ下っ端に近い時代であり、アスラが上に上がった頃には既にコング元帥はマリージョアへと移っていた。その為、余り面識がある訳ではないが、それでもアスラの立場ならば会う事に問題はない。
必要なら、センゴクなりガープなりを間に挟めば十分だろう。
そして、きちんと説得すれば、元より陸軍に好意を持っていない総帥の事だ。これを機に撤収命令を下したのも不思議ではない。
「まあ、いい。俺の顔を売るという目的は達した。次の手に移るとしよう」
今回の件での最大の目的はクロコダイルが善意の仲介者を演じる事だった。
それに関しては十分なものを得たと言える。
結果的に一般大衆の目には、苦労した割りには報いられなかったと見られているようだが、それでいい。
だが、現状に喜んでいる暇などない。
間髪入れず次の手を打たねばならない。
今、自分とアスラ中将が行なっているのは言うなれば、連続したじゃんけんだ。
一手勝ったからといって、喜んでいると相手が次の手を既に出していて、自分が出し忘れた事で負けになる。その為には次から次へと手を繰り出していかねばならない。
勝った負けたと喜んでいる余裕なぞない。
そう、止まれば奴は必ず今度は自らの番とばかりに攻め立ててくるだろうから。
そうして。
2人がそれぞれに打った手がアラバスタ王国に最後の動乱を引き起こす事になる。