第179話−動き出す舞台
その日、海軍が陸軍に代わった駐屯地へとアラバスタ王国の使者と名乗る人物らが到着した。
紹介状も携えてきた彼らは責任者を務める海軍少将の下へと案内された。
……そう、この時点では誰もこの後おきる騒動など予想だにしていなかったのだ。
突然だった。
激しい騒音と共に、血に染まった衣服を着た者を抱きかかえ、先程入っていったと思われる面々が飛び出して来たのは……。思われる、というのは、砂漠の民らしく彼らは顔を含めた全身を衣服で包んでおり、顔がよく分からなかったからだ。
余りといえば余りの事に硬直する海兵らを尻目に、怪我をしたと思われる仲間を抱えて、彼らは素晴らしい勢いで走り去り、待ち構えていたかのように、いや実際予定通りだったのだろう、既に動き始めていた自分達の船に乗り組むとそのまま快速船は滑るように出航していった。
それこそ正に咄嗟の出来事だったが故に機を逸した海兵らが我に返って、慌てて少将の下へと駆けつけようとした時だった。
「ぐっ……」
そう呻き声をあげ、怪我を負いながら、海軍少将が姿を現した。
『少将!』、そう声を上げ、海兵が駆け寄る。
明らかに深手を負ったと思われる海軍本部少将は、だがそれでも膝をつく事などなく、しっかりとした光を目に宿し、周囲の兵士を怒鳴りつけた。
「奴らを追え!」
「「「は……」」」
瞬間、誰もがその意味を理解出来なかった。
いや、分かってはいたのだが、怒りを込めたその声に、彼らは知らなかったが覇気すら篭ったその声に彼らは知らず体を硬直させ、動きを止めた。
「あのアラバスタからの使者達を追え!」
「は、それでは追撃部隊を……」
ようやっとという感じで、そう声を出した将校に向かって、少将は叫んだ。
全軍を出撃、アラバスタ王国へ向かえ!と。
さすがに将校含めた海兵らも躊躇う。現在のアラバスタ王国と世界政府との微妙な状況を知らない者はいない。というか、それを全く知らないような奴がこの地に派遣されて来たりはしない。下手に騒動を起こしでもしたら、それこそ火薬庫に火がつきかねないからだ。
だが、それでも少将は命じた。
「責任は私が取る!」
そう断言した少将の言葉に、遂に、アラバスタ王国へ向け出撃した。
疑問を持つならば確認を取り、その上でそれが正式な命令ならば命令に従う……それこそが軍隊だ。
正に海軍部隊は、精強な軍隊であるが故に命令に従い、進撃を開始した。
時を少し遡る。
アラバスタ王国王宮にて1人の使者が到着した。
砂漠の王国らしい服装に身を包んだ、まだ若い当人は書簡を渡すと、事前に連絡がついていたのだろう。『お待ちしておりました』、その言葉と共にやって来た近衛の、それなりの立場にあると思われる将校と共に王宮へと入っていった。
門を守る兵士自身はそれに興味はあったものの、すぐにその事を頭から振り払い、自らの職務に専念した。
そのまま王の下へと案内された使者は、懐から手紙を取り出し、コブラ王へと取次ぎを経て、渡す。
取次ぎは妙なものがついていないか念の為に手早く確認して王へと手渡した。それを開き、アラバスタ王国国王ネフェルタリ・コブラは内容を確認する。
「……成る程」
溜息をついて、コブラは親書を畳んだ。
正直、手紙の内容に関しては現状ではとても公開出来るようなものではない。それこそ王宮内部ですら混乱が巻き起こるだろう。
実際、現在目の前に立つ人物、若き海軍将校ですらアラバスタ王国風の格好をして、ここまで来た。
普段の格好、海軍のコートを纏った姿では騒動が起こる。今は世界政府との関係はそこまで来てしまっている。
「とりあえず、現状は理解した。とりあえず」
君の事は了承したので、部屋を設ける。ひとまず休んで欲しい、そう言いかけたコブラだったが、兵士が駆け込んできたのはその時だった。
「王!大変です!」
急使が伝えたのは確かに一大事だった。
近隣の海軍駐屯地から海軍が出撃。一軍をもってアラバスタ王国へ上陸し、駆けつけたアラバスタ王国軍と対峙中。しかも、周辺の応援までどちらも駆けつけた為に、現在双方が多数の軍勢を擁して睨み合っているという。
どうしてそうなった!そう問うのは簡単だが、今はそんな事を追及している時ではない。
ただでさえ、緊張状態にあるのだ。たった一発の銃弾がそれこそ開戦の引き金になりかねない。
瞬時にコブラは状況を分析し、脳裏で様々なシミュレートを行い……決断した。
「私が出る!」
アラバスタ王国軍、世界政府の海軍。双方引くに引けない状況だろう。
これを抑えるにはどちらも黙らせる事の出来る立場の人間が必要。
イガラム、チャカ、ペル……いずれも王が信頼を寄せる人間だし、大臣でも問題ないように思えるが、それで抑える事が出来るのはアラバスタ王国側のみ……良くも悪くも、アラバスタ王国の顔は国王ネフェルタリ・コブラなのだ。
王の命を受け、アラバスタ王国側もまた、動き出した。
「ああ……とりあえず、君も一緒についてきてもらいたい」
「分かった」
周囲を確認するかのように見回している海軍将校に向け、王はそうつげ、彼もまた素直に頷いた。
かくして、舞台は戦場へと移る……。