第184話−Mr.5&ミス・バレンタイン(3)
ブルックと対峙したミス・バレンタインは改めて、その奇怪さに眉を潜めた。
動く骸骨。
(……まあ、直撃すれば壊れそうな見た目じゃあるんだけど……)
あの言動を聞いた後で舞い上がるのは何か嫌だ。
眼球のない眼窩に、何かスケベな視線が見えるような気までしてくる。
とはいえ……。
(……うう、こんな事なら他の攻撃手段真面目に修得しておけば……)
そう、ミス・バレンタインには体重増加によるプレスアタック以外にまともな攻撃手段がない。
抱きついて押し潰すという手段もあるが、嫌悪感を除いてもアレは明らかに剣士の類だ。幾ら自分に武術の心得がまともになくとも、そこは『門前の小僧習わぬ経を唱える』という奴で、あれだけMr.5と色々な相手を見てくれば検討ぐらいはつくようにもなる。
あちらではMr.5と自然系悪魔の実の能力者との戦いが始まったようだ。
相手が相手だ。Mr.5にこちらを援護する余裕なぞあるまい。
(ええい、女は度胸!)
「きゃははは、それじゃ行くわよ!」
体重を最小限に軽くして、脚力を活かして天に舞い上がる。
足は揃えて曲げて、下からは覗けないよう工夫するのも忘れない。
脳裏で考えている事は笑顔で固定した顔にも、口調にも出さないよう気を配る。何時からだっただろうか、顔に出る動揺をなくすべく、仕事に心を揺るがさないよう表情をなくしていったのは……。
そんな事を考えていると、下で動きがあった。
「よいしょ」
などと言いつつ、骸骨が何かを物陰から引っ張り出し、広げている……は?
「ヨホホホホ、さあ、おいで下さいませ!」
「!?いやーーーーー!?」
別に台所の黒い悪魔とかが、という訳ではない。
広げたシートにはびっしりとスパイクが埋められていたのだ。あの骸骨はそのシートの上に板を載せて立っている。……骨だけなら軽いし、ゆっくり乗れば以外と痛くないだろうが、自分は上空からあれに向けて急降下開始しつつあったのだ。
……そりゃあ、空へ舞い上がる為に、地面へと急降下するのに耐える為に足腰は鍛えているが、それも程度問題だ。
考えてもみてほしい。
2mの高さから普通の地面に飛び降りて欲しい、という事ならば普通の成人男性ならまずもって普通に飛び降りる事も可能だろう。
だが、地面に釘が一面に植えられていたら……絶対嫌だろう。
もちろん、ミス・バレンタインも慌てて加重を始めていた体重を最低体重にまで戻す。更に傘を改めて開く事で加速を緩め、足を動かして、シートの上から移動しようとする、のだが。
「パンツ、ありがとうございました!」
いきなり響いた声に下を見れば、綺麗に腰を曲げて90度のお辞儀をしている。
……それで気がついた。
今、先程まで閉じていた足を動かしている自分が彼が見上げたらどういう風に見えるか……。
「って見るんじゃないわよ!」
思わず怒鳴りつけた。
慌てて、足を閉じて下からの視線を防ぐ。
「え〜?」
と言いつつ、眉を潜めて首を傾げているが……角度を変えて覗けないか試しているようにしか見えない。
「え〜、じゃないわよ!さっさとどきなさい、この変態!」
口論を交わしていると……。
「ヨホホホホ……分かりました、どきましょう」
あっさりと板を持ち、シートの上から跳び退った。
はて?と思ったが、気がついた。
元々、今回は通常の爆風を利用しての上昇ではなかった為、高度が何時もより低めだった。その為に、会話している間に高度が下がってしまっている。
幾ら軽くなったとはいえ、重さがなくなった訳ではないのだ。
……風が出ているから流されつつはあるようだが……先ほどまでシートの位置を細かく修正してくれやがったお陰で未だ逃れられていない。
そりゃあそうだろう、軽くなっている間はふわふわと浮いているだけなんだから、動かすのも楽だ。
「鼻唄三丁……」
眦を決して、骸骨を睨むとその声が聞こえたのは同時だった。
「矢筈斬り!」
気付けば、声が後ろから聞こえた。
激しい衝撃を受け、ミス・バレンタインの体は吹き飛ばされた……。
「ヨホホホ、上手くいきましたね」
笑いながら、剣を納める。
実は、あのスパイク、金属ではない。金属では重過ぎて、とても広範囲に広げられるようなものにはならない。ゴムを用いているのだが、それとて結構馬鹿にならない重量だった。
戦い方が分かれば、対応策も取りやすい。
今回に関していえば、明らかに事前に情報を集めたCPの勝利だったと言えるだろう。
とりあえず、今回は剣の腹を用いた峰打ちだ。
意識は失っているようだが、死んではいない。
「生き返った気分です、ありがとうございました!って私、もう死んでるんですけど!」
ヨホホホ、と笑いながら、改めてブルックはミス・バレンタインに向かって一礼した。