第186話−Mr.4&ミス・メリークリスマス(2)
時は少し遡る。
ミス・メリークリスマスが地底で穴を掘っている頃、地上ではサボとゾロがCP隊員に案内されて、現場へと到達していた。
『あそこです』、そんな言葉を受け確認してみると、成る程ちょっとしたテント村がある。
決して大仰なものではない。
むしろ、キャラバンが一時的に滞在している、といった印象を受ける。
その中でも、あれこれと動いている商人風の面々の中、護衛を装っているのか、変わった犬を連れた動かない大男が1人。
あれが、目標の1人、Mr.4らしい。
もう1人の目標は……地中らしい。
「で、どっちがやる?」
ゾロがどこか楽しげに尋ねた。
実際、口元も楽しげに吊り上がっている。
彼が言いたいのは、どちらがMr.4をやって、どちらがミス・メリークリスマスをやるのか、という事だろう。
現在までに、彼らについての情報は把握出来ている。
BW(バロックワークス)はトップクラス、具体的には5以上の数字を持つエージェントをオフィサー・エージェントと呼び、他と区別しているが、基本的な形として男性が主に戦闘面を担当し、女性がそのサポート役となる事が多い。
無論、それは女性が弱いという事を意味しないが、Mr.4に関して言えば、純粋な戦闘面で言えば、Mr.3を上回る可能性もある、という。ただ、逆に言えば戦闘以外の面ではMr.3の方が上、という事でもあるのだが。
現状把握出来ているのは、Mr.4は実は殆ど判明していない。
ミス・メリークリスマスは獣人系悪魔の実モグモグの実を食ったモグラ人間と判明しているのだが、これは彼女が基地作成に当たる事が多く、結果的にMr.4とCPが交戦する事が少なかった為だ。そして交戦した全てで背負う鋼鉄バットもどきのみで敗退した。
他に何かしらの能力があるのか、などさっぱり分からない。
「……強い方とやりたいんだな?」
「当然!」
サボの確認とでも言うべき問いに、獰猛な笑みを浮かべてゾロは答えた。
どこか戦闘狂の気があるゾロの事だ、大体予想はついていた。
結局、そのままゾロがMr.4と、サボがミス・メリークリスマスとやる事になった。
そして、彼女が地中に潜っているのならば好都合だ。サポート役になる事が多い、という情報は貴重だ。それはつまり、双方が協力しあえる態勢にあると、余計に強化されるという事だ。
一方、サボとゾロが協力したとして……無論、共に戦ってきた仲だし、同じ剣士だ。協力自体には問題はないが、彼ら以上の相乗効果を生み出せるか、となると……これは疑問が残る。互いの背中を預けて戦う事は出来ても、連携で1の力を10にするのはまた別問題だからだ。
何が言いたいかといえば……。
「おい、すまねえが、水を売ってもらえねえか?」
そう言って近付いていくゾロがいた。
まずは分断作戦だ。
砂漠地帯での水は貴重品だ。とはいえ、井戸なりが生きていれば、彼らとて間借り人。
「いや、幸い井戸が生きているからな。かまわんよ」
人当たりの良さそうな人物が笑顔で言って、水を渡す。
ここで騒動を引き起こすような者はこのような場所に配置されない。
求められているのは基地建設であり、それは騒動を起こして、この地に注目をひきつけては無意味なものになる。無論、警戒はしている。そもそも、この場所は1人がぶらりとやって来るような場所ではない。
だから。
「ありがとよ……BW(バロックワークス)」
ニヤリとゾロが水を受け取った際に、そう呟くなり。
その場の全員、目の前でにこやかに水を手渡した人間でさえ、瞬時に顔を変えて、武器を抜いた。
当然、水は地面に飲まされる事になるが、ゾロとて本気で水を求めた訳ではない。大体、連中から水を貰おうものなら、何が混ぜられているか分かったものではない。普通の水という可能性がない訳ではないが、彼らの同僚からウイスキーピークで何をされたか忘れた訳ではない。
ただ、この時点ではBW(バロックワークス)側は甘く見ていた。
所詮、1人なのだと。
だが、もう少し考えるべきだったのは確かだろう。本当に1人なのかは確認していたが、もし、1人なのだとしたら、それが無謀によるものなのか、それとも実力を見極めた上での正当なものなのか、それぐらいは意識すべきだっただろう。何しろ、結果的に言えば、正に鎧袖一触。下っ端構成員は瞬殺されたのだから。
「おいおい、これで終わりかよ。……お前はもう少し楽しませてくれるんだろうな?」
「…………」
ゾロの視線に、Mr.4は黙って武器を抜いた。
これがクロコダイルなどであれば、そもそも構成員らに武器を抜かせたりはしなかっただろう。
しらばっくれれば、おそらくゾロも手出し出来ず、素直に水を受け取って立ち去らざるをえなかった。それをわざわざ挑発に乗った挙句、こちらから仕掛けて武器を抜いた。こうなれば、反撃されても文句も言えない。
Mr.4とてミス・メリークリスマスによく「ノロマ!」「ウスノロ!」と罵倒されてはいるが、決して馬鹿ではない。今更、「すいません、勘違いでした」と言えるような状況ではない事は分かっているし、そもそもMr.4はそのような口八丁手八丁が出来るような人間ではない。
したがって。
「あ?」
いきなりMr.4の傍にいた犬がくしゃみをした。
口から砲弾のようなものを吐き出し、それをMr.4が打った。
「なにっ!?」
慌てて回避行動を取る。
砲弾もどきはそのまま直進して飛んでいって、着弾地点で爆発した。
「……爆弾かよ。って正気か、手前!」
ゾロが叫んだのは訳がある。
彼の周囲には先程倒したばかりのBW(バロックワークス)構成員達が未だ転がっている状態だ。このような状況で爆弾を撃てば……部下を巻き込む事になる。
とはいえ、Mr.4からすれば、それでも彼を倒す事を優先するべきだと認識したに過ぎない。
だからこそ、それを無視して、ラッスーの放つ爆弾を更に連射する。
「くっ、よっ!」
一方、ゾロは何だかんだでそこまで割り切れない。
ここで下手に爆弾を斬れば、地面に転がって呻いている連中を巻き込みかねない。さすがにそれは寝覚めが悪いと懸命に回避していた。
「いい加減にしやがれ……!【二刀流/七十二煩悩鳳(ポンドほう)】!」
斬撃がMr.4に向け飛び、それをMr.4は巨大な鋼鉄のバットで受け止める。
三刀流を用いなかったのは、【秋水】を加えて放つ斬撃は1本の巨大な斬撃となって襲い掛かる。そこまでいくと周囲の連中を巻き込む公算が高かったからだ。
自分で叩きのめしておいて、連中の安否を考えてやるというのは何とも複雑な気持ちだし、ゾロの甘さといえば甘さだが、それでも上司から見捨てられた連中にこれ以上傷口に塩を塗るような真似はしたくなかった。
「ちっ……」
鋭く舌打ちして、ゾロが駆け出す。
元々、逃走して相手を惹き付ける予定ではあったが……現状では、予定とは違った意味合いで、この場を離れるしかない。
Mr.4は一瞬考え込んだ。
この場を守りきる事と、あいつを追撃する事のどちらが大事か……だが、すぐに結論は出た。今、逃げてゆくあの男が周囲に言いふらせば、どのみち今、地下に建設中の基地は放棄せざるをえなくなる。確実に息の根を止めておかねばならない。
そう判断すると、Mr.4はラッスーと共に後を追った。
丘を越え、ある程度距離を取った所で、ゾロとMr.4と向かい合った。
足場は砂ではなく、しっかりした大地だ。
一般に砂砂漠というのは案外限られていて、例えば元の世界の砂漠の内、砂がその地を構成する砂砂漠は世界全体の20%程度だった。降水量が少ない地帯を砂漠と呼ぶのであって、残る80%の地帯は土・礫・岩石の砂漠なのだ。
「……部下を巻き込んでも平然としてやがるとは、いい性格してるじゃねえか」
言いつつ、ゾロは愛用の黒い手拭を頭に巻きつけ、縛る。
ゾロは本気で怒っていた。
無論、Mr.4は優先事項を考えて行動しただけであり、殺人もその任務の範疇にある秘密組織の幹部としては決して間違ってはいない。ここら辺は組織の倫理と個人の倫理観の対立ともいえるし、仮にも裏組織で必要ならば部下をも切り捨てられない人間に上に立つ資格はない。が、ゾロにはそんなものは関係ない。
当初はゾロは、「まあ、仕方ねえな」ぐらいの感覚だったが……今は本気で相手を潰す気で武器を構えた。
その殺気をそれでも受け流すかのように……見た目は泰然自若としたまま、Mr.4もまたバットを構えた。