第187話−Mr.4&ミス・メリークリスマス(3)
「……どこに行く気だ、あいつ」
ゾロが駆けて行く方向を見て、サボは呆れたように呟いた。
当初の予定である方角とは全く別方向へと走っていったからだ。
まあ、いいだろう。彼の方向音痴っぷりは嫌になるぐらい熟知している。CPにもその旨は伝えてあるので、即座に動いてくれるだろう。
ゾロは【剃】のような高速移動手段を持っていない。
それならば、CPでも何とか見失う事はない筈だ。とにかく、ゾロが戦闘しやすいよう、足場がしっかりしている場所ならば問題はないのだ。それさえ本人が意識していれば、戦闘が終わればCPのメンバーがちゃんと連れて帰って来てくれるだろう。
既に周囲に転がった人材はいない。
ゾロとの戦闘で吹き飛ばされた連中は、ミス・メリークリスマスが戻ってくる前に、と素早く動いたCP隊員らが拘束、運ぶと共に、まだ残っているテントの中に今回彼らが運んできたものを運び込んだ。
「では、よろしくお願いします」
そう言って戻ってゆくCP隊員にサボは頷くと、静かに佇んだ。
そう、殺意も何もなく、気配を自然と溶け込ませて……。
ミス・メリークリスマスが地上へと上がってきたのは、それからしばらくしての事だった。
戦闘開始とみるや、ミス・メリークリスマスは即座に地中へと潜り込んだ。
彼女はモグラ人間。
地中こそが彼女のテリトリーだ。
まあ、現実のモグラはこんなに掘削するような動物ではなく(穴掘りはモグラにとって相当な重労働)、先祖代々の巣穴を継承して修理補修してゆく生活を送っているらしいが……ここでは関係ないので置いておく。
(はっ、わざわざ地上で戦ってやる義理はないね)
その姿を無言のまま見送ったサボは、だが全く焦らず、荷物を取り出した。
ここまでCP隊員らに運んできてもらったものだ。
「……相手が何か分かってれば、こういう準備も出来る、と」
言いつつ……サボはその中身を次から次へとミス・メリークリスマスが開けた穴から放り込んでいった。
不足すれば、即効で先程CP隊員らが催涙弾を運び込んだテントへと移動し、運んできて再び放り込む。
「これでよし」
そう呟くと、サボは空中を跳びはね、近くの大きな岩の上へと上がり、待ちに入った。
……間もなく、穴からは白い煙が立ち昇りだした。
そのまま待つ事しばし。地面が盛り上がり、人型のモグラが飛び出してきた。
「げほっ!えほっ、げほげほっ!?」
ぼろぼろと涙を流しながら、咽ている。
当然だろう、あれは海軍御用達の催涙弾だ。
コンビを組んでいると聞いた時点で、おそらくMr.4も本来ならば地面に引き込んで共に移動して、奇襲攻撃といった手法も当然あるのだろうと予想は出来た。
そうなると、掘った後を埋める、という手法は取らないだろう。
そもそも、彼女は最近は基地建設が多かったという。掘った後を埋めるような癖がついているとは思えない。
なら、話は簡単だ。地面の中は逃げ場のない煙突になる。
問題は必要なだけの催涙弾を用意出来るかだったが、それはCPが万事対応してくれた。多数の催涙弾もサボ達だけならば人手が足りないが、CPは組織改革によりこうした調達から搬送人員まで役割が定められている。その道のプロ達の熟練の腕で迅速に運んで来てくれた。
「あっ、あんだっ!ご、ごんな事っでっ!ば、恥ずかしぐないっ!げほっ、ごほほっ!」
濛々と尚も煙突の如く煙を噴き上げる穴から懸命に脱出して、ミス・メリークリスマスは悶えていた。
「悪いね」
サボも、『酷いやり方だよな?』と思ってはいたものの……モグラと人間とでは得意なテリトリーが違う。
確かに【月歩】で空を舞えば、地中からの攻撃は受けない。
だが、それをやれば今度はミス・メリークリスマスは地中から出てこないだろう。
持久戦に持ち込まれると面倒だ。
では、どうするか、と考えれば、自分から地上へと出てきてもらうしかない。そこで考えた末に出されたのが、今回の作戦だった。
「【剃】」
瞬時に、岩の上からミス・メリークリスマスの所へと移動する。
はっ、とミス・メリークリスマスがそれでも反応したのは、モグラの特性上目での感知が主体となっていないからだろう。だが、もう遅い。地上で、剣士の間合いに入っている。
くるり、と刃の背を向け上空より一撃。
「【竜墜閃】!」
逃れようもあるはずもなく……。
ミス・メリークリスマスは意識を刈り取られた。
……まあ、現在の彼女の状態ではこの方がまだ楽かもしれない。もっとも、目が覚めたらまた大変だろうが……。
「単純な獣人系悪魔の実の能力者だったら、真っ向勝負してくるような相手だったらこちらももっとまともに相手してやっても良かったんだけどな」
何分、相手のフィールドが特殊すぎた。
そう思いながら、サボは刀を鞘へと納めた。