第18話−撃沈
SIDE海賊
『狂賢』のジャゼルは不機嫌だった。
当然と言えば当然の話で、上手く行っていた作戦が最後の最後で台無しになってしまったからだった。
とはいえ、配下の海賊連中は然程びびってはいなかった。これは別にジャゼルを舐めているからではない。1つには確かに画竜点睛こそ欠いたものの襲撃により財貨の獲得などは成功したし、何よりジャゼルは確かに恐ろしいが、反面自身の命令に従って、その結果取りこぼしがあった場合は、不機嫌ではあっても部下は殺したりはしなかったからだ。
この辺り、公正な裁きとでも言うか、そこらは厳しく、逆に言えば部下自身の失敗はどんな命乞いをしても、許される事はなかった。
……まあ、結果としてジャゼル海賊団はジャゼルの命令を聞く従順な、逆に言えば命令通りの事しか出来ない海賊団となっていたが、当人は自分の命令をきちんと聞く配下を問題だとは思っていなかったし、部下は部下でそういうのが自然と残り、ジャゼルに諫言したり、疑念を呈するような奴は残ってはいなかった。
(まさか、あんな所にも余所へ通じる電伝虫があるたあな……)
実の所、今回見逃した電伝虫は町長の所にあったとはいえ、町長の執務室などとは全く関係のない所に置かれていた。
執務室などは真っ先に襲撃されており、町長も真っ先に殺されていた。
では、どこにあったかというと、何と町長の秘書官、その物置の中だった。
何故そんな所にあったかというと、実はこの町長の汚職の為だった。無論、そんな所にあった事から分かるように、秘書官もまた汚職に関わっていた。
この町の予算での購入予定物資に関して、とある商人と結託して、情報を流す事で代わりに賄賂を受け取っていたのだった。
結果、町長は即効で殺されたものの、秘書官自身は何とか物置に隠れる事に成功。無論、最終的には見つかって殺されたのだが、その前に救援が来れば助かる!と電伝虫で海賊の襲撃を伝え、助けを求めたのだった。
商人とて、何故向こうがそちらの連絡先を知っていたのか、と問われる危険はあったが、そこはやり手の商人の1人だ。売り込みした際に、『是非ご用命があればこちらに…』と営業の一環として連絡先を秘書官に渡していたのだとして真実を隠しきった。
何より、海賊に襲われていたとなると、最悪商人自身までこの後被害を受ける危険がある。黙って見過ごす訳にはいかなかった。
かくして真相は海軍へと伝わり、最寄の支部から出撃が行なわれると共に、近隣の軍艦にも連絡がいった。
ただ、これがジャゼルにとって本当の意味で『予想外』だったのは、やって来た軍艦だ。
ジャゼルが町が救援を求めるのに成功した事に気付いたのは、軍艦がやって来るギリギリだったが、それでも物置に隠れている所を引きずり出された秘書官が金庫の番号など情報を引き出される中、チラチラと時計を見ているのに気付き、締め上げた所白状したのだ。
今からでは財宝はともかく、水など補充する時間が足りないものもあると見たジャゼルは海軍への奇襲を考え、財宝や食い物を積めるだけ積むと出航、近くの小島の陰に船を隠していたのだが……やって来たのは海軍本部の大型戦艦であり、マストには本部中将の乗艦を示す旗が翻っていた。
さすがに、そんなのを相手にしては、それこそこちらが瞬殺されてしまう。
やむをえず、ジャゼルはこれ以上ここに留まるのは危険しかないと判断し、脱出。近隣の水源から水を補給しに動いた。……もちろん、この時見張りは厳重に置き、そのお陰で軍艦の姿が僅かに見えた段階で出航の用意を開始していた。
向こうは大型な分、こちらの海賊船の方が速度が早い。
(どうやら、向こうの大砲の射程に入る前に逃げられそうだぜ)
内心ほっとしたジャゼルだったが、それが甘いものでしかない事を、所詮東の海の常識でグランドラインの常識は理解出来ない事を、直後に悟る事になった。
SIDEアスラ
「どうやら捕捉したようです」
「そのようじゃのう」
アスラの言葉にニヤリと笑って腕まくりをするのはガープ中将だ。
あちらは原形は民間船とはいえ、ヤバイと思ったらすぐ逃げられるよう、快速船。近代風に言えば駆逐艦とかフリゲートとかそうした分類に属する。
それに対して、こちらは確かに同サイズの民間船と比べれば相当性能が高いものの、所詮は大型で重武装の戦艦。
速度の差は必然で、まともに追撃戦なぞやってられるものじゃない。
かといって、砲撃の射程に入るにはまだ時間がかかる。
……ただし、この艦にはそれを遥かに上回る射程を持つ相手が今乗っていた。
そう、すなわち。
「拳骨流星群!」
ガープ中将の拳で殴られた砲弾が、大砲すら上回る連射可能な長距離砲撃として、飛来するなど東の海の誰が想像出来るだろうか?フーシャ村の住人ならまだありうるが……グランドラインの常識という名の非常識を体現する一撃を予想だにしなかったジャゼルの艦は、この砲撃をまともに喰らった。
海賊船は既に穴だらけ。
急速に速度を落とし、軍艦との距離は急速に詰まっていく。
その光景を、エースとサボはというと、唖然とした様子で見ている。エースにした所で、ガープ中将の拳骨が物凄く痛いのは知っていても、まさか船を殆ど拳骨でボコボコにしてしまうというのは予想外だっただろう。
逃げられないと悟ったのだろう、海賊達は武器を構えてこちらを待ち構えている。
当然だ、自分達が何をやってきたかは自覚しているだろうし、例え降伏した所で助命されるとは思っていない筈だ。それならば、せめて一太刀……そう思う気持ちは分かる。
だが、アスラは生憎、それに付き合うつもりは毛頭ない。
「ふむ……どうやら、先頭におるのが船長らしいのう」
船首にいる俺の横にガープ中将もやって来る。
銃を構えている海賊もいるし、まだ射程範囲外とはいえ、まぐれ弾が飛んでこないとも限らないのだが……まあ、この人の場合、鉄塊で弾くか。アリスはというと今回は万が一に備えてエースとサボのお守役を頼んでいる。…まあ、頼んだ時、快く頷いてくれたアリスに比べて、どうにもアリスを見るエースとサボの顔色が悪かったような気がしたが、まあ気のせいだろう。
決して、『暴走したり、邪魔したりするようなら噛んでいいから』と言ったのが原因ではあるまい。
さて、どうするか、だが。
所詮、ジャゼルは小物だ。
小物を相手にして、部下達が怪我をするのも馬鹿らしい。なら。
SIDEエース
俺はダダンの所の連中相手にして、自分が強くなったと錯覚してた。
きっとダダンより、今目の前で追い詰められてる海賊達の方が強い。
1つの町の住人をあいつらは打ち破ってる。ダダン達にはそんな事は出来ない。
けれど、今、彼らは爺さんたった1人の前に既に敗北寸前だ。
船がこっちの方が明らかにでっかいって事はその分たくさんの兵隊と大砲を載せてるって事だ。逃げられないとなれば、後は数で押し潰されるだけ……。
俺はそういう風に思ってた。
けれど、派手な海戦なんていう、そんな考えはあっさりと目の前で粉砕された。
『九尾』
そう呟いたアスラ大佐の体から銀色の液体が溢れ出したかと思うと、それらは後背で巨大な9本の尾を形作った。
そうして、その尾が急速に伸びて……次の瞬間、海賊船はそこで待ち構えていた船長や海賊達諸共バラバラに切り刻まれていた。
それこそ彼らの決死の思いも何も傍若無人に薙ぎ払って。
彼らの覚悟になど付き合う必要はない、と余りにも無造作に、蹂躙していった。
……ぞっとした。
町を滅ぼした海賊達を、爺さんとアスラ大佐はたった2人であっという間に皆殺しにしちまった。……その癖して、爺さんもアスラ大佐も平然として顔色も変える様子がない。アスラ大佐はもちろん、爺さんもあんだけ砲弾打ち込んでれば、きっとそれで死んだ海賊達も何人もいるはずなのに……。
何だか2人が俺達とは違う生き物に見えた……。
「いいか」
そんなアスラ大佐は俺達に振り向いて言う。
その背後にさっきまであった巨大な銀色の尾は、もうない。そして、その更に向こうでは解体された船が沈んでいきつつあった。
「これが海賊の末路だ」
弱い者から奪い、そして最後は殺される。
普通に暮らす者達ならば嘆く者がいる。死んでも弔ってくれる者がいる。
海賊は違う。常に海軍に追われ、殺される可能性に警戒し続け、やがてその大部分は殺される。
疫病の発生などを懸念する場合でも、町や村の人間と異なりゴミとして本来の弔いとは別の場所で焼却されるだけ。墓も何もなく、死んだ彼らの為に遺されるものは何もない。
まだ、幼いエース達にはそこまでの事は理解できなかったけれど。けれど、だからこそ、憧れが現実という、どうしようもないものに押し潰される事を感覚で感じ取っていた。
SIDE海賊
『狂賢』のジャゼルは不機嫌だった。
当然と言えば当然の話で、上手く行っていた作戦が最後の最後で台無しになってしまったからだった。
とはいえ、配下の海賊連中は然程びびってはいなかった。これは別にジャゼルを舐めているからではない。1つには確かに画竜点睛こそ欠いたものの襲撃により財貨の獲得などは成功したし、何よりジャゼルは確かに恐ろしいが、反面自身の命令に従って、その結果取りこぼしがあった場合は、不機嫌ではあっても部下は殺したりはしなかったからだ。
この辺り、公正な裁きとでも言うか、そこらは厳しく、逆に言えば部下自身の失敗はどんな命乞いをしても、許される事はなかった。
……まあ、結果としてジャゼル海賊団はジャゼルの命令を聞く従順な、逆に言えば命令通りの事しか出来ない海賊団となっていたが、当人は自分の命令をきちんと聞く配下を問題だとは思っていなかったし、部下は部下でそういうのが自然と残り、ジャゼルに諫言したり、疑念を呈するような奴は残ってはいなかった。
(まさか、あんな所にも余所へ通じる電伝虫があるたあな……)
実の所、今回見逃した電伝虫は町長の所にあったとはいえ、町長の執務室などとは全く関係のない所に置かれていた。
執務室などは真っ先に襲撃されており、町長も真っ先に殺されていた。
では、どこにあったかというと、何と町長の秘書官、その物置の中だった。
何故そんな所にあったかというと、実はこの町長の汚職の為だった。無論、そんな所にあった事から分かるように、秘書官もまた汚職に関わっていた。
この町の予算での購入予定物資に関して、とある商人と結託して、情報を流す事で代わりに賄賂を受け取っていたのだった。
結果、町長は即効で殺されたものの、秘書官自身は何とか物置に隠れる事に成功。無論、最終的には見つかって殺されたのだが、その前に救援が来れば助かる!と電伝虫で海賊の襲撃を伝え、助けを求めたのだった。
商人とて、何故向こうがそちらの連絡先を知っていたのか、と問われる危険はあったが、そこはやり手の商人の1人だ。売り込みした際に、『是非ご用命があればこちらに…』と営業の一環として連絡先を秘書官に渡していたのだとして真実を隠しきった。
何より、海賊に襲われていたとなると、最悪商人自身までこの後被害を受ける危険がある。黙って見過ごす訳にはいかなかった。
かくして真相は海軍へと伝わり、最寄の支部から出撃が行なわれると共に、近隣の軍艦にも連絡がいった。
ただ、これがジャゼルにとって本当の意味で『予想外』だったのは、やって来た軍艦だ。
ジャゼルが町が救援を求めるのに成功した事に気付いたのは、軍艦がやって来るギリギリだったが、それでも物置に隠れている所を引きずり出された秘書官が金庫の番号など情報を引き出される中、チラチラと時計を見ているのに気付き、締め上げた所白状したのだ。
今からでは財宝はともかく、水など補充する時間が足りないものもあると見たジャゼルは海軍への奇襲を考え、財宝や食い物を積めるだけ積むと出航、近くの小島の陰に船を隠していたのだが……やって来たのは海軍本部の大型戦艦であり、マストには本部中将の乗艦を示す旗が翻っていた。
さすがに、そんなのを相手にしては、それこそこちらが瞬殺されてしまう。
やむをえず、ジャゼルはこれ以上ここに留まるのは危険しかないと判断し、脱出。近隣の水源から水を補給しに動いた。……もちろん、この時見張りは厳重に置き、そのお陰で軍艦の姿が僅かに見えた段階で出航の用意を開始していた。
向こうは大型な分、こちらの海賊船の方が速度が早い。
(どうやら、向こうの大砲の射程に入る前に逃げられそうだぜ)
内心ほっとしたジャゼルだったが、それが甘いものでしかない事を、所詮東の海の常識でグランドラインの常識は理解出来ない事を、直後に悟る事になった。
SIDEアスラ
「どうやら捕捉したようです」
「そのようじゃのう」
アスラの言葉にニヤリと笑って腕まくりをするのはガープ中将だ。
あちらは原形は民間船とはいえ、ヤバイと思ったらすぐ逃げられるよう、快速船。近代風に言えば駆逐艦とかフリゲートとかそうした分類に属する。
それに対して、こちらは確かに同サイズの民間船と比べれば相当性能が高いものの、所詮は大型で重武装の戦艦。
速度の差は必然で、まともに追撃戦なぞやってられるものじゃない。
かといって、砲撃の射程に入るにはまだ時間がかかる。
……ただし、この艦にはそれを遥かに上回る射程を持つ相手が今乗っていた。
そう、すなわち。
「拳骨流星群!」
ガープ中将の拳で殴られた砲弾が、大砲すら上回る連射可能な長距離砲撃として、飛来するなど東の海の誰が想像出来るだろうか?フーシャ村の住人ならまだありうるが……グランドラインの常識という名の非常識を体現する一撃を予想だにしなかったジャゼルの艦は、この砲撃をまともに喰らった。
海賊船は既に穴だらけ。
急速に速度を落とし、軍艦との距離は急速に詰まっていく。
その光景を、エースとサボはというと、唖然とした様子で見ている。エースにした所で、ガープ中将の拳骨が物凄く痛いのは知っていても、まさか船を殆ど拳骨でボコボコにしてしまうというのは予想外だっただろう。
逃げられないと悟ったのだろう、海賊達は武器を構えてこちらを待ち構えている。
当然だ、自分達が何をやってきたかは自覚しているだろうし、例え降伏した所で助命されるとは思っていない筈だ。それならば、せめて一太刀……そう思う気持ちは分かる。
だが、アスラは生憎、それに付き合うつもりは毛頭ない。
「ふむ……どうやら、先頭におるのが船長らしいのう」
船首にいる俺の横にガープ中将もやって来る。
銃を構えている海賊もいるし、まだ射程範囲外とはいえ、まぐれ弾が飛んでこないとも限らないのだが……まあ、この人の場合、鉄塊で弾くか。アリスはというと今回は万が一に備えてエースとサボのお守役を頼んでいる。…まあ、頼んだ時、快く頷いてくれたアリスに比べて、どうにもアリスを見るエースとサボの顔色が悪かったような気がしたが、まあ気のせいだろう。
決して、『暴走したり、邪魔したりするようなら噛んでいいから』と言ったのが原因ではあるまい。
さて、どうするか、だが。
所詮、ジャゼルは小物だ。
小物を相手にして、部下達が怪我をするのも馬鹿らしい。なら。
SIDEエース
俺はダダンの所の連中相手にして、自分が強くなったと錯覚してた。
きっとダダンより、今目の前で追い詰められてる海賊達の方が強い。
1つの町の住人をあいつらは打ち破ってる。ダダン達にはそんな事は出来ない。
けれど、今、彼らは爺さんたった1人の前に既に敗北寸前だ。
船がこっちの方が明らかにでっかいって事はその分たくさんの兵隊と大砲を載せてるって事だ。逃げられないとなれば、後は数で押し潰されるだけ……。
俺はそういう風に思ってた。
けれど、派手な海戦なんていう、そんな考えはあっさりと目の前で粉砕された。
『九尾』
そう呟いたアスラ大佐の体から銀色の液体が溢れ出したかと思うと、それらは後背で巨大な9本の尾を形作った。
そうして、その尾が急速に伸びて……次の瞬間、海賊船はそこで待ち構えていた船長や海賊達諸共バラバラに切り刻まれていた。
それこそ彼らの決死の思いも何も傍若無人に薙ぎ払って。
彼らの覚悟になど付き合う必要はない、と余りにも無造作に、蹂躙していった。
……ぞっとした。
町を滅ぼした海賊達を、爺さんとアスラ大佐はたった2人であっという間に皆殺しにしちまった。……その癖して、爺さんもアスラ大佐も平然として顔色も変える様子がない。アスラ大佐はもちろん、爺さんもあんだけ砲弾打ち込んでれば、きっとそれで死んだ海賊達も何人もいるはずなのに……。
何だか2人が俺達とは違う生き物に見えた……。
「いいか」
そんなアスラ大佐は俺達に振り向いて言う。
その背後にさっきまであった巨大な銀色の尾は、もうない。そして、その更に向こうでは解体された船が沈んでいきつつあった。
「これが海賊の末路だ」
弱い者から奪い、そして最後は殺される。
普通に暮らす者達ならば嘆く者がいる。死んでも弔ってくれる者がいる。
海賊は違う。常に海軍に追われ、殺される可能性に警戒し続け、やがてその大部分は殺される。
疫病の発生などを懸念する場合でも、町や村の人間と異なりゴミとして本来の弔いとは別の場所で焼却されるだけ。墓も何もなく、死んだ彼らの為に遺されるものは何もない。
まだ、幼いエース達にはそこまでの事は理解できなかったけれど。けれど、だからこそ、憧れが現実という、どうしようもないものに押し潰される事を感覚で感じ取っていた。