第190話−Mr.3(2)
「ドルドル王国(キングダム)!」
「!」
咄嗟の反応で、カクは大きく跳び退って難を逃れた。
Mr.3がそう叫ぶと、大量の真っ白な蝋が彼の全身から溢れ出した。それはまるで津波のように膨れ上がり、全方位へと広がり、カクもまた、あのままじっとしていれば飲み込まれる所だった。
現在、彼らがいる場所は枯れ果てたちょっとした林の跡だ。
嘗てはこの辺りも水が流れていたのだろうが……オアシスが枯れ、井戸が1つかろうじて生きている程度の状態では人々も木々も生きていけなかったのだろう。
それら全てを白い蝋が飲み込み……カクの眼前には枯れた木も岩も、目に映る全てが真っ白な蝋に包まれた光景が広がった。
その中に乱立する人型が幾つもある。そのどれもが真っ白ながらMr.3の形をしていた。
「……何のつもりじゃ?」
あの中に紛れようというのだろうか?
だが、ミス・ゴールデンウィークがいたなら、あれらに色を瞬時に塗る事も可能だろうが、現状では不可能だ。だとすれば、紛れようにも目だってしまう筈だが……。
(……いない)
周囲を確認するが、Mr.3の姿は、ない。
何らかの方法で隠れているのだろう。
……とはいえ、完全に埋もれてしまってはさすがに呼吸が困難な筈。そう思い、探していると……蝋が盛り上がった。
【ドルドル人形芝居(マリオネット)】
大型の蝋製のロボットとも思える人型が立ち上がる。
蝋製と侮るなかれ。悪魔の実の力によって作られた鋼鉄並の強度を持つ蝋の塊だ。
ゆえに……。
「【嵐脚】」
同じ六式使いでも、やはりそこは人間。得意なものと苦手なものがある。
ジャブラが【鉄塊】を得意とするように、カクにとっては【嵐脚】は得意技だ。だが、それでも鉄の塊には相性が悪い。白い蝋の塊には傷はつけられたものの、それは表面上のごく小さなものだった。それもすぐに埋まってしまう。
「……硬いのう」
どこかで見ているのは間違いない。
悪魔の実といえど、完全なオート機能などついていない。ならば、動かすにも修復するにもどこかで見ている筈なのだが……。周囲が蝋で埋め尽くされている状況では見当がつかない。いや……。
(少なくとも、あの人形の中ではない。あのいずれかに紛れていては、視界が通らない可能性がある)
いずれにせよ……。
(……軽い一撃では埒が明かんの)
【嵐脚】は軽い。
これはもう、真空の刃という技の特性上、仕方のない事と言える。
ましてや、刃に相性の悪い相手。切り裂く特性も殺されている。
ならば、とばかりにカクは全身に力を込めた。
(……ふふふ、上手くいってるガネ)
新世界はMr.3にとっては地獄のような日々だった。
何しろ、以前に倒したような4000万ベリー台の海賊など、こちらでは雑魚もいい所だ。正直に言えば、とっとと逃げ出して帰りたかった。
だが、その場合、どうなるだろうか?
間違いなく、自分のナンバーは落ちる。
フロンティアエージェントからも抜擢された者が新世界に来ているという話だし、Mr.4とMr.5も懸命に頑張って実力を上げているという。そして、Mr.1の実力は更に向上し、Mr.2はその立場が特殊故に陥落の危険がない。
つまり……下手をすれば、自分がフロンティアエージェントに落ちる。
(嫌だガネ!)
懸命に頑張って、ようやくこのナンバーまで自分を上げた。
Mr.2が傭兵的な立ち位置にあるのはオフィサーエージェントクラスには知らされているから、現在の地位は実質男性幹部のナンバー3。ここまで上がってくるのにどれだけ苦労した事か……。
それを全部泥に投げ捨てるなぞ認められる訳がない。
ではどうするか?
最終的にMr.3が選んだのは悪魔の実の能力の制御向上だった。
自身の直接戦闘能力はMr.4に劣る。
ここでそれを鍛えた所で、Mr.4に追い抜かれる可能性を高めるだけ……むしろ、自分の得意分野を伸ばした方がいい。そう考え、出せる蝋の量の向上、その制御。更にそれを利用した技などを懸命に考え、鍛えた。Mr.3はMr.3なりに頑張ったのだ。
その成果が今の目の前の光景。
自分の身を安全な場所へ置き、離れた所から蝋人形を操って倒す。
倒された所で土台が土台だから幾らでも代わりは出せる。……問題は自分の精神力だが、鍛錬の成果か、ちょっとやそっとで疲れはしない!
(とりあえず、相性は悪くないみたいだし、じわじわと体力を削っていたぶって……)
そう考えていたMr.3は目の前のMr.8(名前を知らないのでそう判断するしかない)が全身に力を込めたのを見て、何を、と疑問に思ったが、すぐにその答えは眼前に示された。
(ぞ、象だガネ!?)
……目の前には今や1人の若者の姿などなく、完全なる獣の姿。巨大なマンモスが堂々と立っていた。