第193話−Mr.2(2)
Mr.2とクマドリ。
2人の戦いは案外早くついた。
Mr.2の勝利だった。
ここら辺は地力の差だっただろう。覇気を完全に修得したMr.2と、幾度か新世界に行く用事があったとはいえ修得出来ていないクマドリ。
この差は大きかった。
「ぐうっ……」
膝をついたクマドリに、ボン・クレーはどこか申し訳なさそうに告げる。
「悪いわねい。あちしもここで捕まる訳にはいかないのよう」
ボン・クレーは決してBW(バロックワークス)の理想に応じている訳でも、BW(バロックワークス)が示している報酬を求めている訳でもない。
実際、クロコダイルがMr.1とMr.2を不動の位置に置いているのはそこが大きい。
この2人はいずれも、利ではなく、それぞれの持つ根本に基づいて動いているからだ。
或いはクロコダイルへの忠誠心故に。
或いは敬愛する人への想いと、仲間は裏切らないという自分の信念故に。
「……オカマ王イワンコフ、か」
「!……知ってるのねい。まあ、当然かしら」
前にアスラ中将と戦った時、彼は何かしらを知っている様子だった。
それを部下、それもそんじょそこらの雑魚ではないと分かる相手に教えたというのは別段不思議な話ではないだろう、そうボン・クレーは判断した。
「従ったからとて、あいつが解放されるなんてこたぁ〜ないよよいっ?それでも命令に従って、不幸にする奴を増やす手伝いをするのか〜よいっ!」
クマドリの話は真実だ。
如何にクロコダイルという王下七武海の一角が本当に釈放を働きかけたとしても、表向きの理由である猥褻物陳列罪ではなく、革命軍の一員である彼女(?)の解放はありえない。
……そもそも……。
「大体あいつぁ〜既にインペルダウンで行方知れずになってる〜よよいっ。上手くいっても行方不明を解放するのぁ〜無理じゃねいか?」
「なっ!」
さすがにボン・クレーもまた驚きの声を上げる。
「まさか……あんたら、あの人を殺したの?」
だとしたら許さない、そんな気概を込めた目で睨むが……。
「生憎〜違うよよいっ?」
そう、違う。
現代の監獄とは違う。別に、インペルダウンで死者が出るのは至極当たり前の話だからだ。
切られ、焼かれ、食われ、凍りつき、そして毒に冒されて、囚人達は死んでゆく。
その体にそうした傷跡が残る事は、日常に転がっている話。少なくとも、死んだなら死んだと公表されたとしても世界政府としては痛くも痒くもない。決してオカマという存在が世界一般に肯定されている訳ではないし、オカマ王の濃さを各国の王族は世界会議で知っている。彼女(?)もまた王の1人だからだ。
一部の真面目な王らはともかく、大部分の人間が反感なり不快感なりを持っていたからこそ、イワンコフが収監された時、世界各国は沈黙を守ったのだ。もちろん、それが分かっていたからこそ、世界政府も収監する事が出来た。
「長官の言うにゃ〜過去にも脱走者がいなかった訳じゃないらしい〜よよいっ。死体も見つからない連中の中には実は脱走した奴らもいるんじゃねえかって〜疑ってるらしいよよいっ」
過去に脱走に成功した人間がいるのは事実だ。
金獅子のシキ。
海賊提督と謳われた海賊王ゴールド・ロジャーのライバルが正にそれだ。
無論、アスラは真実を知っている。
インペルダウン内部に広がるレベル5.5のオカマの王国。
だが、それをアスラは語る事はない。
自身の信念もあるし、そもそもインペルダウン内部を散策した事はないのだから、これまでずうっと知られていなかった事を何故知っているという話になりかねない。
如何にCP長官といえど、どこから上がってきたか分からないような情報を持ち出す事は危険なのだ。
「……成る程ねい」
ふっとボン・クレーは笑った。
「けど、あちしは1度この組織で働くと決断した!ひとたび仲間になると誓ったからには、あちしは仲間を裏切るつもりはない!」
ドーンと胸を張って、ボン・クレーは宣言した。
そして。
直後にバレエのような形で回転した。
「【あの夏の日の回想録(メモワール)】!」
飛来した銃弾を弾き返して、クマドリに笑いかけた。
「お生憎さまねい。あんたが狙撃手の配置の時間を稼いでたのは途中で気付いてたわよう」
そう、クマドリはその為に会話で時間を稼いでいた。
Mr.2ボン・クレーは超人系悪魔の実マネマネの実の能力者。確かに使いこなせば非常に危険な悪魔の実だが、そこには銃弾を無効化する能力などはない。だからこその手だったのだが……見聞色の覇気を身につけたボン・クレーには通じなかった。
クマドリもダメだったか、と苦笑を浮かべた。
「それじゃあねい!また世界のどこかで会う事もあるかもねい!」
そう告げ、Mr.2は改めて走り去った。
クマドリにそれを追う余力は残っていなかった……。