第195話−Mr.1(1)
さて、Mr.1は作戦が完全には成功しなかった事を受け、撤退の途にあった。
クロコダイルがMr.1を1の数字に置いているのは無論その実力もあるが、同時にその忠誠心故でもある。誰だって、策が成功した後に側近として置いておくのに疑わしい人物よりは信頼出来る人物を置いておきたい。事実、上位のオフィサーエージェントを見れば……。
Mr.1:忠誠心厚い権力に関心の薄い男
ミス・ダブルフィンガー:小規模ながら、扱いの難しい面々を抱える組織をきちんと運営
Mr.3:それなりの謀略の能力を持つ、上には逆らおうという気概のない男
ミス・ゴールデンウィーク:そのサポート役で、単体での脅威は低い
と、上位をクロコダイルが王となった際に、その側近としてとりあえず組織の運営や護衛に使える人材で固めてある。
無論、その上でより使える人材がいれば、そちらと入れ替えていく事もある訳だが……。
そんな男故に、Mr.1は揺らがない。
1つの計画が失敗したからとて、平然と帰還してゆく。
その歩みが止まった。
「出て来い」
肩に担いでいた荷物を落とし、視線をその先の岩陰に向ける。
そこから静かに1人の男性が出てきた。髭を生やした30台ぐらいの精悍な表情の男……。
「ダズ・ボーネスだな」
……名前を知っているのか。
以前に殺した海賊か賞金稼ぎの知り合いかとも思ったが、何か違う気がする。
……だが、この男からは血の臭いがする。
といっても、普通の人間には感じ取れまい。1人2人ではない、何十人もの人間を手に掛けてきた者が纏う気配のようなものだといった方が正確だからだ。
或いは、自分を殺す事を頼まれた殺し屋の類か。
相手が本当に自分かどうかという確認というよりはお前がターゲットなのだという通告だろう。否定し所で意味はなさそうだ。
そう判断すると、ゆっくりと頷いた。
「……そうだ」
「死んでもらう」
余計な言葉はいらない。
相手の言葉も宣言に近い。
もし、にこやかな笑顔で近付いてきていれば、ダズは間違いなく問答無用で斬り捨てていただろう。互いの関係を一言で表しただけ。それが先の『死ね』という言葉だ。
次の瞬間、姿が消えた。
「!」
咄嗟にガードした腕に重い手応えが伝わってくる。
何より鉄と鉄を打ち合わせたかのような音。
一瞬、超人系悪魔の実の能力者かとも思った。体を金属に変える、そんな悪魔の実なのかと。それは幾度か耳にしたBWと敵対する海軍本部中将にしてCP長官たるアスラの存在も大きい。だが、すぐにそれを改めた。
当然だろう、目の前で男の顔が獣に変わっていれば……分からない方がおかしい。
「動物系か……以前に会ったな」
「ああ、新世界でな……」
Mr.2襲撃事件の際は2人は顔を合わせる事はなかった。
だが、以前に新世界のBW(バロックワークス)のダンスパウダー生産設備において両者は遭遇した。その時は侵入者であるジャブラと、そこを守るMr.1という形で……。
Mr.2から戦闘の詳細を聞いた時、以前にやりあった相手の事を思い出した。
それゆえにこのような形での再会もあるだろうと思ってはいた。
それが分かっていれば、この相手が何故自身の命を狙ってくるか、という事に疑念はない。
「瞬抜斬(フラッシュ・スパ)!」
「紙絵!」
覇気を纏った一撃を受けては斬られると判断し、ふわりと回避する。
「十指銃(じゅっしがん)!」
反撃とばかりに放たれた手を揃えて放たれた一撃を。
「斬人(スパイダー)!」
Mr.1もまた体を鉄の硬度に変えて防御するが……。
受けた後、顔を顰めた。
防御に成功したものの、攻撃が通ってきた。幸い、致命傷や戦闘に支障が出るようなレベルではないが……防御した腕には10の穴が空き、そこから血が流れている。
「……お前も覇気使いか」
覇気での強化が為されていなければ、貫通していただろう。
既にこの時点で両者とも互いの戦力評価を終えていた。
攻撃力はMr.1が上。
防御力はジャブラが上。
だが、攻撃力は大した問題ではない。1の攻撃力で相手に致命傷を負わせる事が可能ならば、それが10でも同じ事。そして、ジャブラには間違いなくMr.1に致命傷を負わせる力はある。
結論、ややジャブラ有利。
「……ならば、その防御ごと切り裂くのみ」
微塵斬速力(アトミックスパート)!
無言のままに一気に距離を詰める。
だが、それに呼応するかのように【剃】でジャブラもまた距離を取る。
互いの間合いの取り合い。
【嵐脚】では攻撃力が足りない。あれにはその性質上、覇気を込められない為に、鋼を切り裂くには至らないからだ。
だが、相手が間合いを詰めてきた時、それにそのまま応じるのは拙い。相手のペースに乗せられてしまう危険が高いからだ。間合いに入るのならば、己のタイミングで。
それが分かるからこそ、そして互いに見聞色の覇気を使いこなすからこそ、先の先を読み動く。
それはMr.3以下の戦闘とはまるで別物だった。
互いに高速で動き、突然別方向へ動き、また別方向へと走る。
一瞬で交わされる攻撃に、鉄をも貫通する、鉄をも斬るその攻撃に血飛沫を上げるも致命傷を避け、更に先へ。
双方とも攻撃を交わす度にどこかに傷を負い、尚止まらない。
巻き込まれた岩が砕け、切り刻まれる。
もちろん、ジャブラにはサポート役がいた。
だが、その激しさに誰もが呆然と見ているしかない。
「……離れて隠れてろって言われる訳だぜ」
誰かがぼそりと呟いた言葉に、誰もが心の内で賛同した。
2人の戦いは余人の介入する余地のないものとなっていた……。