第196話−Mr.1(2)
激戦は、だが、それゆえにつく時はあっという間だった。
激しく動き回る分消耗も激しい。
それはまず一流と呼べるだけの実力者である2人とて同じだった。
次第に動きが鈍ってくるものの、どのみち遠巻きに監視するCP隊員達にとっては監視を続けるしかない。何しろ、Mr.1はジャブラが【鉄塊】状態のまま動けるように、全身を鋼とする事の出来る能力者。
幾ら命中しそうだからといっても銃で撃った所で効果が出るとは思えない。
ただ、ひたすら見る事だけが彼らの出来る事だった。
「……貴様は何故戦う」
肩で息をしながら、ふと訪れた空白の瞬間にMr.1が問う。
動き回っていた2人だが、申し合わせたかのように互いの動きが止まった瞬間だった。
「……ああ?」
同じく荒い息をつくジャブラがいきなりそう問いかけてきたMr.1に疑念の声を投げかける。
確かに命がけの戦いをしていた相手から、いきなりそんな事を聞かれても頭がすぐには切り替わらないだろう。
既に互いの全身は血に塗れている。
無論、相手の血ではなく、自分の血だ。
派手に動き回ったからだけでなく、流れる血が確実に体力を奪っている。それが理解出来るだけに、ジャブラとしてもこの問答は有難かった。
「……何で、そんな事を聞く」
「特に理由はないが……」
ふと気になったのだという。
Mr.1は自分が忠誠を誓った相手の為に戦っている。
自身が見定めた主君に忠義を尽くす、というサムライ的な信念に基づいている。
一方、目の前の男は何の為に戦っているのか。
彼が世界政府の実働要員である事は分かっている。その男は何の為に戦うのか。
世界政府の為?
それとも現在のCP長官への忠誠の為?
或いは自分自身の力を試す為に?
その問いにジャブラは胸を張って応えた。
「惚れた女の為だ」
「……何?」
「俺がこの道へ踏み込んだ時は強い奴と戦いたい、自分の力を示したい、そんな気持ちだっただろうよ」
思い出すのは昔。
誰が強い、誰よりも自分が強いに拘っていた時。
皮肉にもそれから脱した時、更に強くなれた。
「今は違うのか」
「ああ、違うね。今更、俺はこの道からは抜けられない」
そう、抜けられない。
精々が後方勤務で後輩の育成に回るぐらいだろうが……CPから抜ける事など裏の世界を知り尽くした自分には認められる筈がない。
ましてや、今の情勢で抜けられる訳がないし……それに、この仕事とて世界を守る仕事には変わりない。
例え裏方とはいえ、自分達の役割なしで世界は落ち着ける程平和ではない。
「だから俺は戦う。少しでも惚れた女が平和に暮らせるように、そして彼女の下へと戻れるように……」
その言葉を黙って聞いていたMr.1はやがてポツリと穏やかな笑みを微かに口元に浮かべ、『そうか』とだけ呟いた。
そうして、腕を刃物へと変じ、構える。
それに応じるかのようにジャブラは片手を抜き手の形に構えた。
「決着をつけよう」
「ああ」
最早互いに小細工や駆け引きをかける余裕はない。
双方とも残る覇気を集中させ、相手を睨む。
動きが止まり、奇妙な静けさがあたりを覆った。
そして、2人が音も無く動いた。
Mr.1はただ刃物と化した右腕に覇気を込めて突き出し。
ジャブラは【五指銃(ごしがん)】とでも呼べば良いのか。覇気を集中させた片腕のみを【指銃】の勢いで突いた。
そして。
「……ここで差が出たか」
「ああ……俺の……勝ちだ」
勝敗を分けたのは僅かな差。
本人の力はほぼ互角。勝敗を分けたのは能力の差。特殊能力を与えるが身体能力の向上はない超人系と、特殊能力ではなく身体能力を向上させる動物系。最後に勝敗を分けたのはその違い。
体力の限界ギリギリの勝負だったからこそ、その違いが大きな差となり……。
Mr.1の一撃はジャブラの脇腹を抉り、肉を抉った。
……だが、それで終わった。
そして、ジャブラの一撃はMr.1の腹へと直撃し……貫通した。
僅かにジャブラの一撃が早かった。
それ故にMr.1の一撃が逸れ……この結末を招いた。
ジャブラが腕を引くと共に、Mr.1の体も前に引かれ——そのまま、その体は地面へと倒れた。