第197話−オハラの亡霊
アスラはその時、レインディナーズとアルバーナを結ぶ名も知れぬ小さなオアシスで1人待っていた。
無論、周辺には待機している部隊もいる訳だが……そこにはアスラ1人だった。
そんな彼の下へは次々と連絡が電伝虫を通じて入ってくる。それに応じて、必要なら指示を出していった。
元々、今回の計画において最重要なのはクロコダイルだ。
クロコダイル1人を抑えれば、それでBW(バロックワークス)は自動的に崩壊する。
その為の一手を動かす為の連絡を待っていた。
Mr.3までの戦力に対してはまず問題ない戦力を当てる事が出来た。
彼らならば、問題なくそれぞれの担当を捕り抑えてくれるだろう。
問題は、Mr.2とミス・ダブルフィンガー、Mr.1だった。
ミス・ダブルフィンガーに関してはカリファが「何とかします」というので任せた。……Mr.2に関しては偽装ではないかと疑いつつも、回せる戦力の関係上クマドリに任せるしかなかった。
Mr.1に関して言えば、最悪でもジャブラならば無傷で終わらせる事はないと判断していた。もし、ジャブラが敗れた場合は、CP部隊の狙撃部隊が不意打ちを次々とかけ、落ち着いて休む時間を与えない予定だった。疲労させた、その上で、他が片付いたら手すきの……カク辺りでもぶつける予定だった。
そうした計画を立てた上でアスラはある目的を持って、この地にいた。
……やがて、大地の向こうから疾走するヒッコシクラブが一体見えてきた。
「予定通りか」
小さく呟いた。
やがて、ヒッコシクラブは停止し、荷を降ろす。
このオアシスは前述の通り、レインディナーズとアルバーナを結ぶ街道の1つにあるオアシスだ。
より正確にはやや主要街道から外れており、規模が小さい事もあり、殆どのキャラバンは主要街道を通る。すなわち殆ど人が通る事はない。それだけに……。
「待っていた、ニコ・ロビン」
その声と急に湧き上がった気配に、はっとした者達が慌てて反応しようとしたが……アスラが睨むと同時に突如として、ばたばたと一斉に泡を吹いて倒れ伏した。何とか耐えたのは1人だけだった。
「貴方……何者?」
予想通り、ニコ・ロビンか。
手配書の顔はオハラの頃のものだ。お陰で大将青キジに協力を要請する事になった。
その事を話した時青キジは……『……そうか』と言葉少なに現在の容姿を伝え、立ち去った。
……ニコ・ロビンらしき姿が確認されたのはギリギリだった。
最終計画が成功した場合に備えてだろう、レインディナーズを監視していた要員から、ヒッコシクラブに乗って移動を開始する一団にそれらしき姿が確認された、と報告があった。
そして計画が失敗した現在、再び帰還の途上にあった、という訳だ。
「アスラ、海軍本部中将。そして、現在のCP長官でもある」
その名乗りにロビンははっとした様子だった。
当然だろう。CP(サイファーポール)は彼女にとっては悪い意味で思いで深い名だ。
「……私を捕らえに来たの?」
「さて、それはこれからの話の結果によるな」
【SIDE:ニコ・ロビン】
眼前のアスラ中将はスパンダインよりマシで、同時に悪い。
容姿などは置いておくとしても、態度や滲み出る風格や性格などはスパンダインとは比べるまでもない。こちらが遥かに上だ。少なくとも、こうして相対していても嫌な雰囲気は感じない。
だが、相手は海軍本部中将。
強さがスパンダインなどとは文字通り桁が違う。それは自分についていた半分以上は監視役の面々が彼から発する威圧感、とでも言えばいいのだろうか?自分も感じたそれだけで、気絶してしまった事からも分かる。
……自分も危うく気を失いかけた。
あれも、クロコダイルの言う覇気とやらの力なのだろうか?
いや、今はそんな事より……。
「これから……何を言いたいの?」
「単刀直入に言う。歴史の本文(ポーネグリフ)の追求を諦め、CPの一員となれ」
……頭が真っ白になった。
何を言い出すのか、と。
次の瞬間、怒りが心の内から噴出してきた。
「ふざけないで!私は……!」
「オハラを引きずっているのか?」
引きずっている、か。
確かにそうかもしれない。
私の時はあの時から止まっている。
オハラの皆はあの時死んだ。世界政府に殺された。
けれど、私が生きて、真実を解き明かそうとし続ける限り、オハラの、クローバー博士達の想いは死なない……!
そんな決意を胸に宿した私に彼、アスラ中将は。
「あのクローバー博士という名の馬鹿に未だ引きずられているのか……正に呪いだな」
吐き捨てるように言われたその言葉に、思わず私はアスラ中将の頬をはたいていた……。