第200話−クロコダイル
ロブ・ルッチの変身と共に、クロコダイルは自らの力を動かした。
その上で、何食わぬ顔で対峙する。
……周囲の風は次第に強まりつつあった。
「名を聞こうか。……Mr.6じゃねえ、お前自身の名だ」
「………」
「どうした、名乗れねえ程、自分の名に誇りも自信もねえのか?」
クロコダイルの挑発に、だが、ロブ・ルッチは沈黙を守る。
これは予定されている駄目押しの一点が入るまでは、これはあくまで自分による腕試しによるもの。
そういう事になっている。
であれば、名前という情報を与えるのは許されない。実の所、ルッチの名前はその業界では案外と有名だ。もし、クロコダイルがそれを知っていれば、気付くかもしれない。
クロコダイルもルッチが挑発しようが名乗る気がないと悟り、舌打ちすると腕を振るった。
「【砂漠の宝刀(デザート・スパーダ)】」
砂の刃が疾走する。
それを【紙絵】でかわすと、反撃とばかりに足を振るう。
「【嵐脚・凱鳥(がいちょう)】」
一撃が避ける気配も見せないクロコダイルに直撃する。
砂が寄り集まって、再び再生する。覇気を込められない【嵐脚】では木っ端微塵に吹き飛ばした所で意味はない。だが……。
「何のつもり……」
言いかけたクロコダイルの声は途中で消えた。
瞬時に【剃】で間合いを詰めたルッチが目前にいたからだ。
……確かに自然系(ロギア)にダメージを与える事は無理だろう。だが、再生の一瞬の間に距離を詰める事は出来る。
「【指銃・斑(まだら)】」
両手を使って連射される攻撃が立て続けに命中する。
矢張り、こと格闘戦に限っては長い鍛錬を積み、能力も動物系(ゾオン)という身体能力を向上させる実を食ったルッチに軍配が上がる。
覇気を纏った一撃に、クロコダイルの顔も歪む。
が、その中でルッチを掴もうと無造作に伸ばしてきた右手を前に、ルッチは即座に距離をあけざるをえなかった。
クロコダイルの右手は水分を吸い取る。
触れられれば、それでお仕舞いになりかねない。
少しずつ、少しずつでも。岩に水滴が穴を穿つように、削っていかねばならない。
ある種のクロコダイルの天敵であるアスラと違い、ルッチにはそれしか選択肢はなく、そしてそれを理解した上での、志願しての今回の戦いだった。
だから、絶望などしない。
即座に無表情のまま、再び距離を詰めた。
そして、しばらくの後。
クロコダイルは目前の男に視線を向けていた。
既に互いに攻撃を交わす事幾度になるか。ロブ・ルッチが覇気を用いる以上、クロコダイルとて当然無傷ではない。
……だが、それでも未だクロコダイルが優勢だった。
原因は幾つかあるだろうが、やはりクロコダイルが自然系(ロギア)という悪魔の実でも最強と呼ばれる実の能力者である事、そしてこの地が砂漠である事が大きいだろう。
無論、ルッチとて可能ならば岩石砂漠などでの戦闘に持ち込みたかったが、そこは用心深いクロコダイルの事。
そのような自身に不利になるような地域は極力避けて動いてきた。
その結果として、現在の……環境が敵となるが故にルッチが不利な状況が生まれている。
覇気は強力だ。
だが、熟練の自然系能力者の場合、そして受ける側も覇気使いの場合、それでさえ効果が薄い場合がある。代表的なのは頂上決戦での赤犬大将を相手どったマルコ&ビスタの一撃だろう。この時、赤犬大将は首を切り裂かれながら「厄介じゃのう」とどこか他人事のような雰囲気で語っている。
無論、ダメージを受けていない訳ではないのだが。
「……なかなか頑張るな」
クロコダイルもまた覇気の使い手だ。
覇気使い同士の対決だったが故に双方の悪魔の実の能力が大きかった。
格闘能力に関しては、ルッチが圧倒している。
だが……。
「確かにお前の方が接近戦闘じゃ上だろうさ……真っ当に戦えばな」
そう呟きながら、クロコダイルはルッチを見た。
……周囲を荒れ狂う砂嵐を通して。
そう、クロコダイルは戦闘開始早々に砂嵐を巻き起こした。
動物系悪魔の実の能力の特徴は身体能力の向上。ロブ・ルッチの変身の時点でクロコダイルは相手が接近戦闘型だと判断した。無論、例外がいない訳ではないが、動物系の能力を活かすならばやはり格闘戦の方が有効だ。
そして、その読みは当たっていた。
無論、匂いで追撃するという手がない訳ではないが……現状、ルッチは顔を布で覆った状態だ。もし、普通に匂いを嗅げるのならばまた状況は変わったのだろうが……周囲は荒れ狂う砂嵐だ。この状況で普通に匂いを嗅いだら、それは砂を吸い込むのと同義だ。
「【砂漠の金剛宝刀(デザート・ラスパーダ)】」
視界の効かぬルッチに向け、クロコダイルは刃を放つ。
4本の砂の刃を気配で察したルッチは咄嗟に回避行動を取り、かわすが、それは回避専念した場合の事。視界が効かず、鼻も耳も実質封じられた砂嵐の中では攻撃態勢に移ればクロコダイルからの攻撃に対する回避が遅れる。
そもそも距離を詰めようにもどこにクロコダイルがいるか分からない。
弄ぶかのように放たれる刃だったが、ふとクロコダイルは顔を顰めた。
(……どういう事だ?)
視界が次第に落ちている。
砂であれば、自身の支配する力だ。砂嵐がクロコダイルを遮る事はない。
だが、明らかに視界が何かで遮られている。
「こいつは……」
クロコダイルが呟きかけた時、何者かの姿が見えた気がした。