第208話−雇用契約
「アスラも空島へ行くのか?」
「いや、ジャヤまでだ」
さすがにアスラが空島へ行く余裕はない。
エネルとやりあったら……相性最悪という事もある訳だが。とはいえ、武器の破壊力などはアスラが覚えている限りではあるが、武装色を纏わせている気配はなかった。神官も含めてだ。
見聞色に特化しているとなれば……ルフィのゴムの特性も活かせるというものだ。
さて、アスラが自身のメルクリウス号まで持ち出し、やって来たのは実は猿山連合軍のスカウトにある。
彼らは貴重なサルベージ技術者だ。この世界では、悪魔の実という存在とシャボンディ諸島のコーティング技術などのせいだろう。ああした、純粋な技術と道具によるサルベージ技術は実に低い。
賞金がかかっている以上、何かしらの取引が必要かとも思ったが……調べてみると、猿山連合軍主力の2人は案外と問題がなかった。
元々、彼らは『サルベージ王』と『海底探索王』という異名が示す通り、海底に沈んだ船が専門だ。
積極的に船を襲う訳でもない彼らが、では何故賞金がかけられたのか?実は誤解と貴族どもの傲慢さが大きく影響していた結果だった。
例えば、嵐で沈んだ船の情報を得て、積荷をサルベージしたとする。
当然、これらで宝石などを手に入れても、そのままでは単なる飾りだから現金化する訳だが、ここで彼らの名が上がる訳だ……沈んだ船から得たのに、普通はそんな事をしているとは思わないから、その船を襲って沈めた襲撃犯として。
次が沈んだ積荷の扱いだ。
沈んでも、積荷の所有権を放棄していない者、特に輸送船などを運用していた商人や貴族の中にはそういう者がいる。
商人はまあ仕方がない。それを手に入れないと破産だ!という者も多い。
貴族は……まあ、言うまい。
とはいえ、そのままでは彼らとて何も出来ない。浅い海に沈んだレベルであれば、探索して必要な物を引き上げる事も出来るかもしれないが、何しろ海は広い。自分の船の情報を得て、そこから海の中を丹念に探索して沈んだ船を見つけ、その中から必要なだけの物を回収し……となれば、どれだけの手間と時間と金がかかる事か。おそらく、沈んだ荷を回収に成功しても、大幅な赤字は確定だ。
そこで引き上げに成功した彼らに傲慢に、或いは破産回避の為に沈んだ船の物資を売りさばいている情報を手に入れた彼らは引き渡しを迫り、或いは武力で脅そうとして……見事に撃退され続け、今度は船を襲った連中から奪い返そうとしてやられた、という情報が上がって、懸賞金も更に上がっていったという訳だ。
そこでアスラは外交官として動き回り、根回しをした上で纏め上げた。別に同情などではない。純粋にその技術を惜しんでの事だ。無論、貴族など不満とする意見もあったが……彼らとてゼロよりは、戻ってこないよりは金を多少払ってでも戻ってきた方がいいに決まっている。最終的には調整出来た。
……そして、今アスラがいるのはこれらを纏めた外交官としてではあるが、同時に彼らがこれを断った場合、海軍本部中将がそのまま殲滅戦力に変わる可能性もある、という事を示している。
「……という訳だ。これを受け入れるのならば、懸賞金は解除しよう」
現在は、ジャヤのモンブラン・クリケットとアスラは会談している。
何しろ、猿山連合軍の2人は海を回っている。どこにいるか会えるかは運だが、彼ならばここに確実にいる。
「………」
その当人はといえば、腕組みをして沈黙している。
だが、目を瞑り黙考している所を見ると、悪い話ではないと考えているのか……。
アスラが提示した条件では引き上げたものは彼らに所有権が発生する。
ただし、例えば貴族などが『これは家宝なのでどうしても取り戻したい!』といったものなどがあった場合、優先して買取り権が発生するといった具合だ。
事前に手配書と同形式で『この品があったら』『この船を発見したら』というのを手配しておき、引き上げた際に金を払って、その船や積荷を買い取る。
商人の場合は分割支払いだ。
彼らの場合は、とにかくその積荷がなければ破産を免れない、というものが大きい。
そこで買取り価格を設定し、例えばその荷物を引き上げた時点で荷物の1割を、残りは分割で支払っていくという感じになる。世界政府が保証した業者との取引だから、踏み倒そうとすれば当然それは犯罪となり、商人の方が罰せられる事になるから、そこら辺は安心だ。
それ以外の古い物などは引き上げた彼らが売買可能だ。価値のありそうなものならば、世界政府主催のオークションに出す事も可能だから、より高く売れる可能性もある。
その一方でマイナス面として世界政府から『どうしても至急に引き上げを!』という依頼があった場合は受けねばならないといった面がある訳だが……。
ちなみに自衛としての戦闘は認められているし、各国貴族らが踏み倒そう奪おうとして逆に撃退された場合でも、懸賞金がかけられる事はない。少なくとも、ちゃんと捜査がされる。
「……話はしてやる。後はショウジョウとマシラ次第だ」
やがて、モンブラン・クリケットは黙考していた目を開き、そう言った。
この男の賞金は実は既に消えている。
……何故か。既に彼のものだった海賊団が壊滅しているからだ。彼が船員らと別れた後、彼らは海軍の軍艦との激しい戦闘を繰り広げ、最期は激しく燃え盛りながら沈没していった。生存者はいなかったという。当然行方不明者も多数発生し、船長だったとされていた彼もそこで死亡したものと判断され、手配書は廃棄された。その後、活動が全く見られなかった事もあり、既に死んだ者として忘れ去られた存在となっている。
とりあえず、これで第一段階は解決した。
そのまま海へと向かおうとするクリケットに、アスラは声を掛けた。
「潜るのか?」
「………」
無言のまま海へと歩を進めようとする彼に船医が声を掛けようとしている。
この島に来た時、彼は倒れていた。……原作同様の潜水病が原因だった。
それでも尚潜ろうとすれば、それこそ命に関わる事になりかねない。
「黄金郷は空にある。それでも潜るか?」
「!?」
だが、さすがにその言葉には歩を止めた。
「……どういう意味だ」
今にも掴みかかりそうな雰囲気だが、海兵らは動かない。
事前に話し合いに行くから戦闘行為などは一切不要と通知した事もあるし、海軍本部中将たるアスラがこの程度の相手にどうこうされる事はないと信頼を受けている事もある。
何より、彼らも目の前で明かされる『うそつきノーランド』の真実に興味を持っている。
「……モンブラン・ノーランド。彼の航海日誌を知っているか?」
「………」
「子孫たるお前は知っているだろうが、彼は嘘つきではない。事実彼が残した記録はグランドラインでは常識で、けれども外の海では御伽噺としか思えないような話が幾らでもある。……知ってるか?彼の航海日誌は正式な世界政府の資料の1つとして残されている」
だが、御伽噺が修正される事はない。
一度広まった認識を変える事は容易ではなく、その手間を世界政府がかける必要もない。
「その中で唯一、そして最大の問題が黄金郷だったが……島の形状が変わっている。お前の半分になった家などは代表例だ。そして掴んだ情報が……400年前、ジャヤが消えたのと同時に出現した空島に浮かぶ巨大な大地。そしてその出現と共に島全土に鳴り響いたという澄んだ鐘の音だ」
「!!」
その言葉に。
モンブラン・クリケットは目を見開いた。