第209話−ついでの掃
その日の夕暮れ。
ジャヤの西、モックタウン。
この町は海賊達が集う。
海賊は無法者だが、彼らとてくつろげる町は貴重だ。だから、住人が彼らにきちんとしたサービスを提供する限りは町の人間にむやみやたらと手を出す事はないし、村の住人も彼らが落とす金で裕福な生活が出来るのだから誰も文句を言わず町の経済は回っている。
少なくとも、刹那の時を生きる海賊達はきちんとサービスしていれば、金払いは良い。
金払いが悪いような奴は余程の事情がない限り小物だし、そんな奴が威張っていても、長生き出来るような町ではない。
そんな町の酒場。
当然、客は海賊だらけだ。小物もいるし、大物に分類されるような奴もいる。
「だからよう、豪華客船みたいなのと護衛らしき船が東の岸に向かってたのよ」
「あの辺りの海は大猿兄弟の縄張りだろう?何で、そんな処に行きやがるんだ?」
こんな会話が交わされていた。
アスラの旗艦メルクリウス号は諸事情により見た目も内装も豪華客船な戦艦だ。
尚、ルフィの乗っている船ストローウィック号は本来は普通の海軍の快速艇だったはずなのだが……今、見ても海軍の人間でも同じ船だと分かる奴はいないだろう。そのぐらい変わってしまっている。
ウソップ1人で出来る訳はなく、アレコレとウソップが手を加えている内に知り合い、という名の師匠らが手を加えていった結果である。
それ故に、目撃者もまさか海軍本部中将と大佐の船だとは思わなかったのだろう。
さすがに、白ひげなど四皇クラスやそれに準じる連中ともなれば知っているのだが……。
「ひょっとして、アレじゃないか?ほら、例の金塊」
「わざわざ金塊の為だあ?」
「いやいや、ほら、あそこにはあのクリケットのジジイがいるだろう?ほら」
「ああ、あのジジイの帆羅話にわざわざ暇した金持ちが聞きに来たってか?」
どっと笑い声が上がる。
そこへ声が新たに上がった。
「おい、お前ら、金塊が何だって?」
その声の主に一同の場が一気に冷える。
声を上げたのはベラミー。
『ハイエナの』ベラミー、懸賞金5500万ベリーを誇る海賊のルーキーである。
そうして、話を聞いたベラミー達はというと、大笑いしていた。
「あの『モンブラン・ノーランド』の子孫が『モンブラン・クリケット』?」
「俺たちゃ全員北の海出身だからな。よく言われたもんだぜ、『嘘をついていると、ノーランドみたいになるよ』ってなあ」
そう言って、再びベラミーとサーキースは笑う。
他の者は敢えて声を出さない、共に笑う者もいないが、それを止める者も。
「真実を確かめもせず、嘘だと決め付ける。夢のない海賊とは阿呆が多いな」
「ああ?」
一斉に視線が声の方へと、入り口脇の陰となる場所に向く。
そこはちょうど死角であり、薄暗く男が立っているとしか分からない。
「今、何て言った、手前?」
ベラミーが不機嫌そうな声で言う。
周囲の人間は誰も声を出せない。ベラミーが明らかに不機嫌になっているからだ。
「言った通りだが?現物はともかく、彼の航海日誌の写本が世界政府では正式な資料として認められている程だというのに、世間一般に広まっている情報だけで嘘と決め付けて、夢を諦める……夢を諦めない奴の方が大物になるのはどういう事だろうな」
どこから笑うような口調だった。
「ああ、すまんな。お前の上にいるドフラミンゴの奴も割りと現実主義者だったか……シャンクスや白ひげはもっとロマンチストなんだがな」
さすがにぎょっとした空気が流れる。
シャンクスや白ひげ、とこの男は言い、ベラミーをドフラミンゴの配下と言った。
その名前を軽々しく口に出せるような人間は少ない。
果たして理解出来ないただの馬鹿なのか、それとも……。
それが分かったのだろう、ベラミーの声にも先程とは違う緊張感が漂っている。
「……手前は何者だ、そして何しに来た」
「ふむ、何をしに来た、というのならばお前達を捕えに……折角ここまで来て、目の前にいるんだ、海賊を放って帰る訳にもいくまい」
は、と一瞬一同は呆然となった。
この場で捕える、などという言葉が出てくるとは思わなかったからだ。
何しろ、ここにはベラミーを含めて大勢の海賊がいるし、ベラミーには及ばずともそれなりの懸賞金額の海賊も、外には匹敵するような船長だっている。
だが、笑い声が上がりかける前に、暗がりからその男の姿が見えた一堂の息は確かに一瞬止まった。
「何者だ、という方に答えるのならば、お前達相手ならばこう名乗るのがいいだろう……海軍本部中将アスラという」