第210話−強者
酒場は混乱状況にあった。
ベラミーでさえ、顔が強張り冷や汗が流れている。
海軍本部中将。
世界の海を統べる最大勢力たる海軍の中でもトップクラスに位置する者達。
それはすなわち世界でもトップクラスと同義だ。
一瞬全員が考えた。
逃げられるかは疑問だ。
それなら、ここにいる全員で襲い掛かれば……。
ただ、彼らの誤算はベラミーも考慮に入れた事だった。
「ここは……皆分かってるな!?」
そして、誰かがこう言ってしまった事だった。
もし、全員で掛かるぞ!とでも言っていれば、また少しは変わっていたかもしれないが……結果的に、この言葉で皆が分かったような気持ちになってしまい、中央付近にいた連中が一斉に襲い掛かったのに対して、窓付近にいた連中は咄嗟に外へと飛び出すという結果を生んだ。また、ベラミーもサーキース共々全力を持って外へと飛び出してしまった。
もっとも、襲い掛かった連中はそれに困惑する間すら与えられなかった。
「【嵐槌・咲乱(さきみだれ)】」
斬撃ではなく、衝撃として周囲に放たれた攻撃は、それでも十分過ぎる破壊力を持って海賊達はまとめて吹き飛ばした。ついでに、酒場の備品も多数が粉砕される。
ただ、海賊達の行動が無駄だったかと言えば、そうとも言えず、この行動の結果として一目散に逃走を図った連中は外へと脱出する事に成功している。襲撃を選んだ連中の本意とはかけ離れているだろうが……。
一方、外へと逃れた者達は、何故海軍本部中将などという相手がやってきながら、外で騒がれなかったのかを強制的に理解する羽目に陥った。
そこには気を失った海賊達がゴロゴロと転がっていたからだ。
その中にはそれなりの額の賞金首、4200万ベリーを誇る『処刑人』ロシオといった姿もあった。
(これだけの連中を、酒場にいる俺達に気付かせないぐらいの短時間で片付けたってのか!?)
多少賑やかだったのは確かだ。
だが、この町は普段から海賊が群れているだけに賑やかで、どっかで喧嘩でも起きたか、ぐらいにしか誰もが思わなかった。……その程度の騒音しかあげさせず、倒したのだ、あの海軍本部中将は。
そうして、彼らが逃げる間もなく、酒場の扉が開いてアスラが姿を見せた。
(早すぎる!)
自分達が飛び出して、すぐといった感覚だった。
そうして、中から新たに誰かが飛び出してくる気配はない。……瞬時に、あれだけの連中が片付けられてしまったのだろう。
勝てない。
誰もがそう思い、だからこそ、ベラミーへと視線が集中した。
ベラミーの賞金額は5500万ベリー。ここにいる海賊達の中では最も懸賞金は高い。彼で何とか出来なければ……そんな思いが込められていたし、ベラミーとしても引けない。
ここで逃げれば、彼の海賊としての名はズタズタになる。ドフラミンゴからも見捨てられるだろう。
「ハハッハア!こうなりゃやるしかなさそうだなあ」
覚悟を決め、ベラミーはアスラへと向き直る。
自身の能力にはこの場はおあつらえ向きだ。
体を沈め、力を溜める。自身の能力を発動させ、跳ねる。
「スプリング跳人(ホッパー)!!」
正に目も止まらぬ速度で跳ね回る。
「……超人系悪魔の実バネバネの実の能力者か……」
飛び跳ね、飛んだ先で腕をバネに変え、再び別の方向へ。それによって次第に加速し、十分に加速した所で溜め込んだエネルギーそのものを叩きつけ……ようとして、ベラミーは顔を掴まれていた。
「………え?」
周囲からも同じような「「「「え?」」」」という声が洩れた気がした。
見えなかったベラミーが気付けば、アスラによって顔を鷲掴みにされて停止していた。
溜め込まれたはずの力を至極無造作に無視して、ベラミーは停止していた。
状況を理解して、顔が強張り、どっと汗が噴き出した次の瞬間。
ベラミーは顔面を地面へと叩きつけられていた。
それで終わり。もう、ベラミーはピクリとも動かなかった。
「あ………」
どこかで分かっていた。だからこそ、サーキースも原作と違い、ベラミーに「冗談だろ」とも「立ち上がってショーを見せてくれ」とも言えない。
それでも僅かな期待をかけていた。
それが眼前で打ち砕かれた。
海賊達がもう終わりか、と絶望に包まれかけた時、声が響いた。
「ゼハハハハハハ!さすが、海軍中将殿、やるじゃねえか」
誰もが声の主に視線を向ける。
そこには1人の男。
髭を生やした、けれど誰も顔を知らぬ男がそこにいた。
誰だ、こいつは?誰もがそう思った時、声を上げたのは他ならぬアスラだった。
「マーシャル・D・ティーチ……懸賞金こそかかっていないが……白ひげ海賊団の古株で、四番隊隊長サッチを殺害した事で、白ひげから追われている悪魔の実の能力者、だったな?」
「「「「……え?」」」」
懸賞金の額とは強さとイコールではない。
さすがに億越えともなれば、また話も変わってくるが……その最たるものがこの男だった。
『あの』白ひげ海賊団の隊長を殺しながら、懸賞金0ベリー?
懸賞金の額=強さのような印象のあった海賊達からすれば、誰もが信じられないような目で見ている。
それを無視して、アスラはティーチへと声を掛けた。
「……お前には懸賞金はかかっていない」
「ああ?」
一体何を言い出すのかと、ティーチも疑問に首を傾げる。
「本来懸賞金がかかっていないという事はまだ一般人に戻れる、って事だ。だが……海賊であるというならば容赦はしない」
口元に笑みを浮かべ片手を持ち上げるようにして言うアスラに、意味を理解したのかティーチの口元にも獰猛な笑みが浮かぶ。そうして、アスラはどこか笑うような口調で、その言葉を口にする。
「なあ……お前は海賊か?」
「ああ!俺は海賊だ!ゼハハハハハハ!」
その言葉に応じるかのように。
『黒ひげ』マーシャル・D・ティーチもまた、笑いながら肯定した。