第212話−決断
あの壊滅事件から2日後、猿山連合軍の船が帰還した。
途中で合流したらしい『サルベージ王』マシラと『海底探索王』ショウジョウは連れ立ってクリケットの所へと戻ってきた。
この2人、名前が示す通り、基本はウータンダイバーズを抱えるショウジョウが海底を探索して沈没船などを確認し、海図に記す。それを元にマシラが引き上げを行なうという分業体制を敷いている。
結果として彼らは定期的に合流し、情報を交わしているし、2隻に分かれていても同じ一味として結束力も高い。こうして連れ立って帰ってくるのもそうした点ではむしろ当然と言える。
その彼らを島に残し、海軍の2隻は敢えて沖合いに停泊していた。
今から行なわれるのは猿山連合軍の会議。その決断に海軍は口を出さないという意志の表明でもあり、同時に海軍側からの無言の圧力でもあった。
「それでおやっさんとしてはどう思う?」
アスラからの書状、条件。
それらをモンブラン・クリケットがまず説明した。
それによって得られる利点、欠点。
マシラもショウジョウも、そしてそれぞれの船のクルー達も誰もが黙って聞いていた。
その上で、ショウジョウが言った言葉だった。
「俺としては受け入れた方がいいと思う」
沈黙が広がった。
「海賊というのもいい。ロマンを追いかけるのもいい。……だが、否定した場合、どうなるか、それはお前達にも理解出来るだろう?」
たった1人の海軍本部中将によるモックタウンの海賊達の殲滅作戦。
僅かな海賊が脱出に成功したものの、町は壊滅状態に陥り、5500万の大型ルーキーであるベラミーや4200万のロシオも一蹴された。
「四皇や王下七武海と呼ばれる海賊の中でも頂点に近い怪物達……そしてそいつらと真っ向やり合えるのが海軍本部の大将であり中将という同格かそれを上回る化け物共なんだ。そうしてその1人が今、目の前にいる」
全員の視線が優美な姿を誇る海軍の戦艦メルクリウス号へと向けられる。
あのたった1隻であっても、自分達猿山連合軍が総力を挙げようとも、戦ったが最後、残るのは自分達の壊滅という結末だろう。
これに対して、与えられる利は大きい。
自分達のサルベージ技術が認められ、要は海軍御用達企業たるウォーター7同様の会社たる事が求められている。この結果として船を襲ったりする事は出来ないが、代わりに懸賞金は消えるし、世界政府が彼らを認めてくれる。品物を引き上げても、これまでのように文句を言われる事も難癖をつけられる事もない。
王下七武海には及ばないにせよ、それに準じるとも言える破格の条件だ。
皆、それが分かるだけに何も言えない。
そして、もたらされたもう1つの話……それが更に彼らを悩ませる。
ジャヤは天空に飛んだ。
それを嘘だと決め付ける事は容易い。だが、それを告げた存在が問題だ。
海軍本部中将にして、CP長官。おそらく、現在世界を探しても、最も世界の情報に詳しい人物の1人のはずだ。その相手が断言した。もし、それが本当というのならば、このまま海底を探索し続けても『うそつきノーランド』の伝説は真実でありながら、彼らには真実をつかめない、という事でもある。
「……俺は受け入れようと思うが、お前らはどう思う。何言っても文句は言わねえ。忌憚のねえ、思う所を言ってくれ」
やがて、マシラが何かを決断した顔になって振り返って言った。
彼とて思う所はある。
だが、それ以上にマシラが決断したのは自分の後ろに控える存在。信頼出来る部下達の存在。自分が夢を追い、海軍に反抗して潰されたとして、ではこいつらはどうなる?
船長である自分には部下の事を考える義務がある。
だからこそ、おやっさんもああいう決断を下したのだろう。
そうして、部下達も船長たる彼が率先して賛成を表明してくれたからだろう、どこかほっとした様子で次々と賛成を述べた。
彼らとて分かっているのだ。ここへ帰る途上に、モックタウンの……海軍の復興船が訪れる中、再建途上にある町の光景を見てしまったから。そして、それが僅かな時間で、たった1人の……まあ、正確には町をああまで破壊したのは海賊の1人だが、やはりそこは印象の差、という奴だろうか、海軍本部中将が行なった事だったという事を。
こうなるとショウジョウとしても部下達と視線を合わせる……口では「次に王下七武海に選ばれるのは〜」などと言っていても、自分にアレが出来るかと問われれば……無理だ。町だけならば可能かもしれないが、住人たる海賊までは対処しきれない。
一つ溜息をついて、頷いた。
「確かに、奴とやりあう事になったらと思うと、ハラハラするぜ。俺も了解だ。けど、おやっさん……」
「ああ、分かってる」
そう呟いて、クリケットは海へと視線を向ける。
それにつられるようにして、他一同も視線を向ける。
「俺達も行くぞ、空島へ」
既にサウスバードは確保されている。
アスラ中将はモックタウンが壊滅した後、海軍の復興船を手配後、歩いて戻ってきた。……途中でサウスバードを捕獲して。
ちなみに何故か本来侵入者と看做せば襲ってくる筈のカマキリや蜘蛛達は妙にヘコヘコした状態で後ろに行列を作っており、アスラが合図をすると慌てて逃げるようにして森の中へと帰還していった。
……何があったかは容易に想定がついたが、それに突っ込む事はなかった。
「そうと決まれば、早い所話をつけねえとな」
悠長に語ってる時間はない。
何しろ明日には積帝雲が来るのだ。
「空島か……そこに黄金の鐘があると来たもんだ。……ロマンじゃねえか」
そうと分かれば彼らだけに行かせる話はない。
全員は無理だとしても……少なくとも自分は連れて行ってもらう。そう決意を固めるクリケットだった。