第213話−空へ
翌朝を待ってはいられなかった。
猿山連合軍の、世界政府からの提案受諾を伝えると同時に、もし空島を目指すのならば余裕は余りなかった。
「マシラのナワバリで日中に夜を確認した次の日には南の空に積帝雲が現れる。突き上げる海流も月5回の周期から見て、明日それが起きる可能性は高い。そして、そいつも南の海だ」
100%ととは言えないが、明日こそが絶好の機会だという事。
これを逃せば、次は何時の機会となるか分からないだけに、誰もが真剣に聞いていた。いや、そもそも最初から行く予定のない上、この辺は原作展開と同じかとアスラは割と聞き流していたのだが……。
最も、その心中は複雑だった。
(……原作でも幸運とは言えない程のタイミングで、ルフィはこの島に訪れた。そして今回もまた別に図った訳でもないのに、このタイミングの良さ……)
やはり、ルフィは世界に愛されているのだろうか。
ふと、そう思ったアスラだった。
そんなアスラの思いを余所に彼らの会話は続いてゆく。
「で、だ。本当に空島にノーランドの記した黄金郷があるっていうなら、俺はそれを見たい。俺も連れて行って欲しい。そこだけは譲れん」
「いいぞ」
モンブラン・クリケットの真剣な、殆ど睨みつけての気迫の篭った『お願い』に、けれどルフィはいともあっさりと頷いた。それこそ、周囲のナミやウソップが思わず「いいのかよ!」と突っ込みを入れてしまい、クリケットも唖然としてしまった程だ。まあ、これがルフィだ、と言うべきか。
結局、それならば、とマシラとショウジョウの2人も手を挙げた。
他の面々が手を挙げなかったのは、一つには海軍の軍艦に乗り込むというのは世界政府からの提案を受け入れた以上大丈夫だろうとは思っても、先日までというか未だ正確には海賊な彼らとしては度胸がいる+これから行くのが突き上げる海流という自然災害を利用して空島という正体不明の場所へ突っ込む、という恐怖との二重奏故だろう。
いや、海軍側は元より「それでも行きたい!」って連中の塊だし、ナミは「アスラ兄さんがあるって言うなら信じるし、ルフィを放っておけない」、ウソップは「最悪でも船の乗員の生還は大丈夫なようにしてある!」と胸を張っていた。何をしたのやら……。
「とりあえず、全員にこいつを用意した。特にクリのおっさんはつけといてくれ」
ウソップが現在、マスクを渡している。
酸素マスクだ。
一気に上空へ、最低でも7000m余上昇する事になる為、空気が薄くなり、動く事が辛くなる。ある程度すれば慣れるのだが……。
いや、実際月まで大気があるような世界だ。大気そのものは相当濃密なのだ。
(大気がなければ、プロペラ駆動のマクシムが辿り着ける道理がない……)
とはいえ、やはり、上空へ行けば空気そのものは薄くなるのは避けられないし、特に急激な変化は潜水病に犯されているクリケットの体には最悪の事態を招きかねない。正に黄金郷が真実かどうか知る事が出来る機会が目前に迫っている状況で死ぬのは馬鹿らしい。
クリケットらもそれは素直に受け取った。
明日に備えて、全員が早めに休もう、という事になり分かれる前に……アスラはナミを呼んだ。
「何?アスラ兄さん」
「ああ、もう少しお前達が行く先について教えておこうと思ってな」
アスラがついていけるのならいい。
だが、ついていけないのならば、可能な限りの情報を与えておいてやりたい。
記憶の中から懸命に掘り出して、自分が覚えている限りの事と、手に入れた情報をアレコレと用意してある。
今晩中に無理をさせる訳にはいかないが、必要な事だけでも話しておく必要があった。
そうして、翌日の事。
アスラ達は安全な距離を取って、その光景を見詰めていた。
ショウジョウの「探索の雄叫び(サーチ・ソナー)」で水中を探り、それをウータン・ダイバーズが聴き取る。
これによって海底の渦潮の兆候を探知し、そちらへ船を向ける。
この周辺の海域の情報、こうした探索能力。これらは彼ら、猿山連合軍の協力がなければ手に入らなかっただろう。さしものアスラも……いや、探せばCPのどこかにはより詳しい情報があるかもしれないが、アスラ個人ではそこまで詳細な情報は知らない。
手早く、ショウジョウとマシラが軍艦ストローウィック号に乗り移り……そして、突き上げる海流に乗って、空へと舞い上がっていった。
「……一応はジェットエンジンに相当する代物も搭載していた筈だが……」
どうやら無事流れを掴んだ様子で、展開したウイングで風を掴み、空を舞っていた。
全員が酸素マスクをつけているから、原作と違い、溺れかけて意識を失うという事もないだろう。
「元気に帰って来いよ」
猿山連合軍居残り組一同は3人の帰りを、彼らが空から黄金の鐘を鳴らす事を信じて、待つという。
アスラは無事彼らが到達したと思われる以上(空から落ちてくる様子はない、という事は成功したのだろう)、帰還しなければならない。幸い、島の復興に当たっている部隊があるから、猿山連合軍が世界政府の条件を受諾し、雇われる事になった事伝える。元々、アスラが復興部隊を立ち上げた司令官だった事もあり、そもそもアスラは海軍本部中将だ。部隊指揮官が顔見知りだった事もあり、すんなりと話はついた。
「さて……」
もう夜は去り、空は再び明るくなっていた。
「無事戻って来いよ。そうしたら土産話を聞かせろ」
そう呟き、アスラはマリンフォードへの帰還を命じた。
……全知全能の神ならぬ身。さしものアスラも、この後、ルフィ達が空から戻ってくる前に起きる事になる大事件の事など未だ知る由もなかった。