第214話−一つの終わり、その始まり
空島に向うルフィを見送って、それからはアスラの日常は平常運転のソレへと戻っていた。
無論、それは普通の人間の感覚で言えば十分以上に危険であり、恐ろしく、そしてスリリングであったが、最早それがアスラにとっての日常だったのだ。
そして、その日、アスラはごく普通に起床し、ごく普通に妻と共に風呂に入り、ごく普通に飯を食い、ごく普通に執務を執っていた。
無論、彼の仕事内容的には到底「普通」とは言えなかったのだが、それでもアスラ、という世界政府の軍事組織である海軍で重職を担う者にとってはごく当り前の日常の続きだったのだ。
「……どうしたんだ、アスラ中将」
「……分かりません。先程報告があってからずっとああです」
「……何か厄介事か?」
ひそひそと海軍士官達が小声で話しをしている。
そこをギロリと睨まれて、慌てて書類に視線を戻す。
そう、アスラは今日の昼頃まではごく普通だったが、昼も過ぎてしばらくした頃……ある緊急報告を受けてから、急激にその機嫌を悪化させていた。
こうした緊急報告がアスラに届くのは決して珍しい事ではない。
通常なら淡々とそれらに対して指示を下していくアスラが何故、ここまで機嫌が悪いのか……。
何かが起きている。
部下達はそう察すると共に、おそらくは追加報告を待っているであろうアスラに早く、報告が届く事を願っていた。
……覇気を出している訳ではないが、海軍本部中将が不機嫌さを隠さず発している気は海軍士官達にもきついのだ。
「失礼します!」
アスラのみならず部屋の全員が待っていた報告が届いたのはそれから一時間弱した頃だった。
密封された明らかに機密書類と思われる書類を手にしたアスラはしばし、中身を確認し……。
深い溜息をついた後、その右の引き出しの一番上を開いた。
そこに何が入っているのかを知っている古参の者が緊張する。
僅かな操作。
その後、アスラは立ち上がった。
「……センゴク元帥の所へ行ってくる。緊急の要件報告があれば、そちらへ回せ」
そう告げ、アスラは部屋を出て行った。
………
アスラの姿が見えなくなってすぐ、部屋には深い溜息が幾つも洩れた。
誰もが張り詰めた空気に緊張していたのだ。
「……一体何があったんですかね?」
若手の一人が不安そうな表情で誰に聞くともなく呟く。
それに答えたのはアスラの副官的な立場を務める古参の中佐であった。
「分からん……が、おそらく高度に政治的な何かの案件なのは間違いないだろう」
どういう事ですか?
そう視線で問う若手達に古参はアスラの机に視線を向けながら言った。
「お前達も先程、アスラ中将が引き出しを開けたのは見ただろう?」
頷く一同を確認して、話を続ける。
「あの引き出しには三匹の電伝虫が入っている」
そこには赤、青、黄の三色の電伝虫が入っているという。
この内、赤は最上位の警報を発するものである。
それはマリンフォード全体への警報であり、この警報が発令されればマリンフォード駐留の海軍全軍が警戒態勢へと突入する。この電伝虫を持つのはアスラ以外には元帥と三大将、それにおつるさんぐらいだ。
次に青は召集命令の発令。
ただし、その必要性に応じて召集の程度は異なる為、この電伝虫は通話機能も備えている。
発動後、召集がかかったのは士官以上なのか、佐官以上なのか、将官以上なのか、或いは中将クラス以上なのかを改めて指示する。
「もう分かったと思うが、赤なら今頃警報が島全体に響いてる。青なら通話を行わなかったのはおかしい。となれば使ったのは残る黄色だ」
そして、最後の黄色が意味する所。
それは海軍元帥と三名の大将への緊急事態発生の通報。
「単なる海賊の事ならわざわざあれを使う必要はない……とすれば」
厄介事なのは間違いない。
そうでないなら、アスラ中将は自身で処理している。
とはいえ……指示が来るまで彼らにこの一件に関してすべき事はない。する事も出来ない。
手は休めず、だが口であれこれと推測しながら彼らは仕事をこなしてゆくのだった。