第215話−引き金を引いたのは
「失礼します」
センゴク元帥の部屋へとアスラが入った時には、既に他の全員が揃っていた。
もっとも、これはアスラのせいではない。ただ単純にアスラの部屋の位置がアスラと三大将とでは明らかにアスラの方がここから遠いだけだ。
原因はアスラの場合、事務方からして世界政府の外務関連にサイファーポールを本来の海軍としての職務以外に担当しなければならなかった。
当然、通信機能も増設せねばならず、事務の人間もその分増える。
結果、通信室と部屋を最終的に増設する事になったのだが、何しろマリンフォードは島であり、その空間は限られている。
尚、アスラの部屋が遠いのは別に遠ざけられているからではなく、その職務の関係上、通信室を増設した上でそこから近い場所に執務室を設けたら、結果的に遠くなっただけである。
「どうしたんじゃあ。四皇が何ぞしおったか?」
アスラが入室するなり赤犬大将がそう言ったのは理由がない訳ではない。
現在、四皇最強と謳われる白ひげが活発に動いている事はよく知られている。
原因は白ひげの配下では絶対の禁忌とも言える仲間殺しである事は分かっているし、元々白ひげは四皇の中では赤髪と並び穏健派だ。余計な手を出さなければ、どこぞの街をむやみやたらと襲撃する、という事もないだろう。
とはいえ、矢張り四皇が動くというのは海軍は緊張せざるをえないのである。
白ひげとは仲が良くないカイドウ辺りが動かないとも限らないし、そちらを白ひげとは仲の良い赤髪が牽制しているという話もある。四皇同士が小競り合いでも起こせば、それは最悪を警戒して海軍も臨戦態勢に移らざるをえない。
最後の一人、ビッグ・マムことシャーロット・リンリンは我関せずを貫いてはいるが、何かの拍子に動きを見せれば四皇全員が動きを見せる事になり、なまじ現在他の四皇がそれぞれに動きづらい状況だけに厄介な事になりかねない。
四皇が動くというのはそれだけ海軍にとっても重大事なのだ。
「……いえ、それとは別件です」
苦い表情で応えたアスラに全員が訝しげな表情になった。
「まず結論から申し上げます。天竜人が殺害されました」
ピクリ、と全員の眉が動いた。
だが、驚きはしない。
「久方ぶりだな」
感慨深げにセンゴクが言った。
実を言えば、天竜人の殺害は決してない訳ではない。当り前だが、あんな事をしょっちゅうしていれば、恨みを買って当然だからだ。
表立っては知られていない事だが、場合によっては奴隷として連れ去られた人間が自身が連れ去られた際に家族を皆殺しにされた恨みから閨で天竜人の喉笛を食い千切ったという例もある。
最も、天竜人には護衛がついているし、その後に何が起きるかを理解しているから普通は手出ししない。手を出すのは死を覚悟した者だけだ。
そして、手出し可能な四皇クラスの海賊は逆にそんな事に関わる気がない。もっとも、もし、天竜人の機嫌を損ねるような事があっても、世界政府が上げる報告としては「始末しました」と告げるだけだ。天竜人は自分達の命令がその通りに行われると信じている上、直接の護衛達も四皇クラスに手を出したくはない。彼らはおこぼれで美味しい思いが出来ればそれでいいのだ。
世界政府が命令に従わないと喚いた挙句、『お前達行って、奴らの首を持って来い!』などとなったらたまらない。
結果、天竜人を騙す事は大して難しくはない。
とはいえ、ここ近年はそれもなかったのだが……。
「誰がやったんだい〜?」
黄猿大将の問いかけに、苦い表情のままアスラは書類を配ってゆく。
その書類に視線を向けていた四人の顔もまた、みるみる険しい表情となった。
「……アスラ中将。これは本当の事、なのだな?」
「……はい」
やがて、全員が書類を置いたのを確認して、センゴク元帥が重い表情と声で確認した。
その上で、今一度センゴク元帥は書類に視線を落とした。
先に述べた通り……単なる殺害事件ならば彼らは動じない。
大抵はその場で護衛達に始末される。でなければ、物理的に彼ら自身の首が飛ぶのは確実だからだ。
なので、世界政府や海軍に来るのは「こういう事が発生した」という報告のみ。
海軍が出張るのは、四皇とそうした死覚悟の人間が起こした事件の間にいる者達の起こした事件。
護衛達では勝てなかった四皇には及ばないけれども大物の海賊。
運良く逃げ出した者。
そうした人間・魚人或いは巨人に世界政府は多額の懸賞金を賭け、海軍もまた追う。
では今回は誰だったのか。
『世界貴族、天竜人の殺害事件の発生』
そう題名の記された書類……そこに記された犯人の名を【火拳のエース】といった……。
だからこそ問題だった。
エースはこのマリンフォードで育った。
それはすぐに世界政府にも分かるはずだ。
故に、海軍はその面子にかけて、エースを捕らえなければならない。
それが分かるからこそ、四人とも苦い表情になっているのだ。
しかし……。
「どういう事か説明してもらおうか。判明している詳細部分だけでも、な」
さすがに最新報告が届いてすぐであった為に書類に記されていたのは概要だけであった。
故に持ってきた最新情報が記された書類を片手にアスラは口を開いた……。