第217話−論外
その声が響いた瞬間、全員が臨戦態勢に突入した。
最速の黄猿は既に声が聞こえた窓の傍にいて、指をつきつけており、赤犬はマグマが、青キジは冷気を漂わせ、アスラは水銀が既に展開している。
唯一動いていないのはセンゴク元帥だが、これは他の面々で十分と信頼しているからだ。
無論、それだけではなく、ここにいる全員が全員、既に彼の存在に気付いて、会話を交わしつつも視線が僅かに窓に向けられていたり、と、実際はいつでも動けるよう対処済みだったからに他ならない。
さしがにこの場にいる面々を誤魔化すのは不可能だったようで、当人も急ぎ弁解を口にした。
「おお、申し訳ありません!私、此度は喧嘩を売りにきた訳ではありませんのでお話だけでも聞いて頂けませんか?」
窓にいたのは一人のシルクハットを被りステッキを手にした男。
彼自身も自分の腕に自信を持ってはいるだろうが、さすがに海軍の最高戦力の揃うこの場で力でどうこう出来るとはさすがに考えてはいないのも確かなのだろう。
僅かに顔が強張っていた。
「誰だ、貴様は」
ようやくジロリ、と視線を向け睨みつけるセンゴク元帥に大仰な仕草で一礼をした。
「これは申し訳ありません。私、黒ひげ海賊団航海士のラフィットと申します」
海賊、という段で一同の視線が一層鋭くなる。
特にアスラの視線は厳しい。この男が何を提案しに来たかを理解しているからだ。
「実は次の七武海に我が海賊団の船長を推薦したく思いまして」
その声が届いた瞬間、ラフィットは必死の思いで飛来した銀の刃をかわした。
元より本気で当てる気はなかったのだろう。本気であれば、今頃自分の首から上は消えていた。ラフィットが背中に冷たい汗を流しつつ、そう思えるぐらいの鋭さで。
そして、次の瞬間にはその一撃が彼を殺す為のものではなかった事を悟った。悟らざるをえなかった。
自身の背後、窓の外に銀のドームが窓を覆い隠すように展開していたからだ。
……これでは如何に空を飛べる自分とはいえ、この銀の壁を突破しなくてはならない……逃げ道を完全に塞がれた、そう理解させられた。
無論、その一撃を放ったのはアスラである。
「アスラ中将、どうした」
センゴクも殺意がなかったのは理解しているのだろう。
落ち着いた様子で問いかける。
「大体予想がつきましたので。この男の提案も、如何なる相手なのかも」
アスラはラフィットを軽い笑みを浮かべて視線を向ける。
口元に笑みこそ浮かんでいても、その目は全く笑っておらず、ラフィットは思わず足を一歩引きかける。
「おおかたエースの捕縛を功績に、王下七武海に推薦したい、そう言うのだろう?生憎、貴様らの船長の事を考えれば話にもならんな」
そう告げ、アスラは黒ひげと呼ばれる男マーシャル・D・ティーチの事を語る。
白ひげ海賊団の傘下にありながら、四番隊隊長サッチを殺害し、逃走した男の事を……。
「事実か?」
センゴクの問いかけに、ラフィットは無言のまま素直に頷く。
実際、アスラは一切嘘を言ってはいない。
が、口を開かなかったのは全員から放たれる最早殺気に近いものをひしひしと感じているからだろう。
……まあ、この場合事情が事情だったから当然とは言える。
実の所、ラフィットはエースの育った環境に関してまでは知らなかった。彼が知っていたのは天竜人殺害の犯人が生まれたという事実のみ。
まさか、その犯人がこのマリンフォードで育ち、アスラを実質的な養父とし、元帥や三大将とも交流があったなどと考えてはいない。考えていたらさすがに、『小さい頃から貴方達が知っている子を捕らえて来ますから、七武海に入れてもらえませんか?』とは言えなかっただろう。
そもそも原作とは状況が大きく異なるのだ。
「成る程、つまり……その男を七武海にするっちゅう事は白ひげとの戦争を行うっちゅう事じゃのう」
「ふうん、生憎今、そんな事をする予定はないね」
赤犬、青キジが口々にそう告げ、殺気が次第に強まる。
そう、この世界ではエースは白ひげ海賊団の二番隊隊長ではない。
だから、彼を捕らえたとしても、白ひげとの開戦を意味する訳ではないのだ……。原作ならば、エースの捕縛=白ひげとの戦争を意味していただけに、その白ひげに関する情報源として、白ひげから逃れ続けた腕を買って七武海となった面があった訳だが……こちらでは黒ひげをそこまでして迎え入れる意味はない。
それにそもそも、エースを育てたのは海軍だ。
だからこそ、彼を捕縛するならば、海軍自身が行わねば海軍の立つ瀬がない。
「論外だな……それで、アスラ中将。この男自身は?」
「西の海の元保安官ですね。度を越えた暴力で指名手配され、国を追われました」
ふん、とセンゴクは鼻を鳴らす。
他の大将一同も醒めた表情だ。
「お待ちを!確かにそうですが、私共は……!」
それでもラフィットは口を開いた。
自分の提案が失敗に終わりかけていると気付いただけに、その声には必死さが混じっている。ここで『不要』と判断されれば一瞬で殺される。そう思ったからだ。
そして、口に自信があるからこそ、なのだが……。
直後彼を水銀が襲った。窓枠にいる彼を前後から。
何一つそれ以上口を開く事も出来ず、水銀によって目と鼻を残し覆われる。
目だけを必死に動かしてもがこうとするラフィットに冷たい視線を向けたまま……。
「……とりあえず、インペルダウンに放り込んでおきましょう」
そう呟いたアスラの言葉に全員が頷いた。
【その頃】
「船長、ラフィットの奴は上手くやったかな?」
「ゼハハハハハハハ!なあに、海軍の奴らがどうこう言おうが、こういうのは早い者勝ちよ」
ヴァン。オーガの問いかけにティーチは豪快な笑い声を上げた。
「海軍が納得しなくてもかまわねえ。天竜人殺しをやった奴の身柄さえ確保すりゃあ……」
後は海軍の上、世界政府と交渉すりゃ済むこった。
そう【黒ひげ】マーシャル・D・ティーチはうそぶいた。
……とはいえ、さすがにラフィットが捕まったとは彼も想定外だったのは確かだろうが、それを知る術は今の彼にはなかった。