第218話−それぞれの状況
「しかし、船長。いいのか?」
「あん?」
ヴァン・オーガーの問いはエース捕縛によって七武海になれるのか?というものであった。
彼は確かに天竜人を殺したという点では交渉材料となるだろうが、それで七武海入りの条件を満たすかと問われると少々辛い。エースは如何に名が売れてきたとはいえ、一介の賞金稼ぎに過ぎないからだ。
「ゼハハハハハハ!かまわねえ。俺に必要なのは交渉材料だったからな」
実際、黒ひげの実力を現すというだけなら、白ひげ海賊団四番隊隊長サッチを殺し、四皇の一人、赤髪のシャンクスの顔に傷をつけた自然系悪魔の実の能力者、と言えばそれで十分なはずだ。
実際にはサッチを殺せたのは不意打ちな面も多々あるのは確かだが、それでもそれだけで普通の海賊に警戒感を抱かせるには十分すぎる。そこに四皇の一角シャンクスへつけた傷、というものが入れば、いや、そもそもシャンクスと戦って生き残っている時点で十分すぎるだろう。
ヴァン・オーガーも納得した所で一同は更にエースを求め、先へと進んだ。
(賞金稼ぎ共は海賊と違って、自分達が追われる側になる経験が少ないからな……)
お陰で、情報屋から奴らの足取りを買い付ける事は案外簡単だった。
何とか、海軍より先に奴の身柄を押さえなけりゃならねえ。
さて、その黒ひげに首を狙われるエース達はというと、現状、エースとサボの両名のみが船にいた。
「「……………」」
その二人はと言えば、静かな緊張感が張り詰めている。
サボは全身に撃ち込まれた銃弾の為に未だ包帯が巻かれてはいるが、そこは彼も常識外のグランドライン、その中でも上位の戦闘力を誇る海軍大将やら中将に鍛えられただけあって、既に動きに支障は全くなくなってはいる。
そのサボの心境を一言で表すならば、「何故俺を見捨てなかった」という事に尽きる。
とはいえ、サボも冷静になって考えてみれば、エースと自分の立場を置き換えてみれば自分も同じような事をするであろうと予測がつくだけに言い出せないでいる。
エースはエースで、止められていたのに飛び出した挙句、よりにもよって世界貴族を殺してしまった為に何かと言い辛い雰囲気が漂っている。
そもそも、彼らがこうして二人だけ船にいるのは別にゾロ達が彼らを見捨てたからではない。
むしろ逆と言うべき話であり、ゾロにせよ、たしぎにせよ、サンジにせよ今回の天竜人殺害においては誰も顔も見られていない。
海賊ならばその戦力を海軍なりが詳細を把握しようと構成員の把握にもやっきになるが、賞金稼ぎの場合はそこまで詳細を探る必要がない為にゾロ達が構成員という事もアスラ達彼らの事をよく知っている極々一部の連中を除けばばれる事もないだろう。
本当は、こうした賞金稼ぎ達から海賊に転落する事も多い為(海賊に返り討ちになって命を助けられる代わりに寝返るとか、純粋に食っていけなくなって)、海軍としては賞金稼ぎ達の構成も詳細に把握したいのはやまやまなのだが、何しろ世は大海賊時代。まだ何の罪も犯してない連中の事を詳細に探るような人手も時間も圧倒的に足りない故、後回しというのが実情だ。
それらを知っている(知る事が出来る)環境にいたからこそ、エースもその時点で意識を失っていた、けれど天竜人の取り巻きから報告がいっている可能性の高いサボのみを連れて、密かに三人を置いて船を出航させたのだ。今頃彼らは怒っているだろうが……こればかりは仕方ないと諦めている。
エース自身はこれからどうするか、だが革命軍に連絡を取っていた。
以前に革命軍と接する機会があった際、渡された連絡先だ。
既に彼らも天竜人殺害の話と、その事情も把握していたようで、すぐに了解が得られた。むしろ、余りにあっさり了承が得られたせいで、連絡したエースの方が困惑したぐらいだ。
「けど、いいのか?」
「………今更、だ」
サボの言葉にエースは目を閉じて、何かをこらえるように呟いた。
サボも革命軍に世話になるのが、革命軍の一員となるしか今は道がない、というのは理解している。
それが嫌なら海賊になるしかない。
だが、いずれにせよ、それはこれまでの知り合いと敵対するという事に他ならない。
サボの師であるミホークはまだいいだろう。
だが、アスラも、ガープも海軍本部中将だ。そして、彼ら二人の弟でもあるルフィも海軍大佐……。
更に彼らがよく知る人々、海軍元帥センゴクや海軍最高戦力たる三人の大将、可愛がってくれた海軍本部の人々の顔が脳裏に浮かぶ。
何時しか無言になった彼らはそれでも、あわただしく出航した為に不足する水などの補給の為に彼らが知っている無人島へと進路を向けた。
そんな重い空気を漂わせる船の傍ら、静かにボコリと一つ泡が浮き、そして消えた。