エースと黒ひげ。
二人の戦闘は激化していたが、やや黒ひげが押し気味だった。
これはある意味仕方ない面もある。
確かにエースは海軍本部できちんとした訓練と武術の指南を受けた。それは本来彼が辿るはずであった歴史に比べ、彼の実力の基礎を築き、将来における大きな成長要素を構築した。
我流で鍛えるより、きちんとした訓練を受けた方が基礎はきっちりと出来る。
そして、頑丈な基礎の方が、その上に建てられる建物はより良いものが出来るからだ。
だが反面、弱体化したのも確かだ。
黒ひげはグランドライン後半の海で四皇と呼ばれる大海賊、その中でも最強と称される白ひげ海賊団。その中で長年戦ってきた経験の差は大きい。一方、エースは訓練で海軍の中将・大将クラスとの対戦経験もあるが、実戦経験に関しては精々がグランドライン前半の海賊達だ。
海賊が、グランドライン前半を終え、グランドライン中間点であるシャボンディ諸島に到達してもまだ「ルーキー」とされている事からどれだけ後半の海が過酷かその一端が分かるというものだろう。
そう、現在の黒ひげとエースの戦闘が黒ひげ優位に推移している最大の原因は戦闘経験の差だった。
「くそっ!!」
「ゼハハハハ!!甘えぜ!!」
二人の戦闘は完全な接近戦闘だ。
これは黒ひげの【黒渦】の効果を知ったエースが遠距離戦闘を危険と判断したからだ。
無論、それだけではない。
原作のエースははっきり言ってしまえば能力に頼っていた部分があった。
仕方のない事だろう。明らかに自然系:火の能力は強く、応用が利く。それを使った戦闘を繰り返していれば、どうしても能力を活用した戦闘を得意とする事になる。
だが、海軍はそう甘くはない。
忘れているかもしれないが、悪魔の実の能力者とは本来希少な存在なのだ。それなのに『能力者じゃないから戦えません』『能力者相手だから勝てません』では話にならない。必然的に海軍は能力を持たない者が能力者に勝てる技術を追求してきた。
その成果、完成形の一人とも言えるのが後のドフラミンゴの配下であるヴェルゴ中将と言えるのはある意味皮肉な訳だが……。
エースもそれを仕込まれていた為にその戦い方は知っている。
問題は今のエースは未だ海軍の中将・大将に勝てず、一方黒ひげは白ひげの部隊の副隊長として、海軍中将クラスとも遣り合って、逃げ延びてきた男だという事だ。
そう、黒ひげからすれば、エースの戦い方はよく見知っているそれであり、彼らのそれと比べて未だ未熟なそれでもあるのだ。
故に……。
エースのパンチを回避し、カウンターで拳を叩き込むといった事も出来る。
だが、黒ひげも少々エースを過小評価していたようだった。
「ッ!ちいッ」
叩き込まれた一撃は誘いだった。
覇気をまとった一撃は自然系であるエースにも普通に叩き込まれるが、それを【紙絵】で凌いだエースはそのまま腕を抱え込む。
普通ならばそこからの攻撃とは投げか間接技だ。そして、なまじ海軍との戦闘経験が豊富な黒ひげはついそれを防ぐ為の動きを取ってしまった。
「【火祭・紅蓮衣装】!!」
「うぐあああああああああああああッ!!!!???」
一気にエースの体が燃え上がる。
ただの燃え方ではない。事前に十分に体内で練り上げ、一気に解放した青い炎だ。
それを黒ひげはまともに喰らった。
如何にヤミヤミの実もまた自然系といえど、その実は他の自然系と異なり、攻撃の完全無効化は行えない。吸収は出来るが、痛みを感じてしまうのだ。
黒ひげの全身ごと飲み込んだ炎に、懸命にエースをもう片方の腕で殴り飛ばそうとして、そのまま投げられる。
「!ちいいっ!!【解放】!!」
いや、投げられようとした瞬間、体から岩を複数【解放】する。
「うおっ!?」
自然系の能力者は基本回避を行わない。
最も油断とは実は異なり、それは回避や咄嗟に攻撃に対して反応してしまう事によって生まれる隙をなくす為の訓練の成果だ。
目に向けて指を差し込もうとされたらどうだろう?
咄嗟に顔を指からかわす事に集中してしまうはずだ。
武器で攻撃されたらどうだろう?
思わず攻撃を防ごう、回避しようとしてしまうはずだ。
それらの反射行動を抑制し、無視して攻撃する。それが海軍の自然系の訓練プログラムに組み込まれており、だからこそ海軍大将らは目の前で砕かれ、ショットガンのように襲い掛かってくる破片に対しても平然と無視して、相手の動きに反応出来るのだ。
だが、エースはまだそこまでには至っていない。
これもまた仕方がない。
如何にそんな訓練があるとしても、ある一定以上の実力がなければ覇気をまとった攻撃などに対してまともに喰らってしまう事になる。その為には回避に関するオンオフの切り替えが大事になるが、そうするには相手の脅威度をきちんと測れなければ意味がない。早い話、エースはまだ未熟と判断されていた訳だ。
結果として。
突如として顔面に岩が向かってきたエースは咄嗟に黒ひげの腕を離し、回避してしまった。
無論、これらはただ闇の中に飲み込まれた岩を解放しただけなので、覇気など纏っている訳ではないのだが、そこは反射的なものだ。
再び双方の距離が開いた。
未だ黒ひげの体には火の残り火がくすぶっているがすぐに消える。
今回はエースが一矢報いたものの、それは実際のところ、これまで一度ならずやられた故にエースが反撃のタイミングを掴み、一方黒ひげは幾度か上手くいっていた故に油断しただけの事。二発殴られる間に一発入れられた、ではエースの割が合わないのは当然の事だろう。
「「ぜえ……ぜえ…」」
双方とも息が荒れている。
それを互いに整えようとする中、黒ひげが嘲笑とでもいうべき笑いを浮かべ、言った。
「へへ……けど、お前も馬鹿な奴だな」
「ああ?」
何がだ、そう言いたげなエースに黒ひげは尚も言葉をつむぐ。
「決まってる、お前が天竜人を殺した経緯さ」
ピクリ、とエースが反応する。
その反応に、黒ひげは『かかった』とばかりに言葉を続ける。
「そうだろ、飛び出した馬鹿を一人見捨てりゃお前は助かったってのによ。海軍のお偉いさんに直結した昇進コースが目の前にありながら捨てて飛び出したかと思えば、コネなんかを全部放り出して馬鹿を一人救う為に世界のお尋ね者だ。こいつを馬鹿って言わずして何と呼ぶんだあ?」
挑発だ。
だが、同時に黒ひげの本音でもある。
彼が情報屋で掴んだ情報によれば、エースが天竜人を殺した理由は天竜人に嬲られていたクルーの一人を助ける為。
そのクルーとて天竜人が一般人をいたぶるのを怒鳴りつけた上で飛び出したというから馬鹿としか言いようがない。
実際には怒鳴ったのはゾロであり、サボは彼らを守る為に飛び出したのだが、そこまでの詳細を黒ひげが知る訳がない。
だから、それを挑発に使い、押し黙って俯いたエースの姿に黒ひげは挑発の成功を確信した。大体、こんな様子の奴はこちらの挑発を許せないと思ったか、或いは的外れに大笑いするかのいずれかだ。だが、エースから立ち上る怒気が後者ではありえないと告げている。
そんな黒ひげの前で、エースは静かに口を開いた。
「……あいつとは、サボとはな、本当にガキの頃から一緒だったんだ」
「あん?」
突然昔の事を語りだすエースに訝しげな声を上げる。
「俺が世の中を恨んで、周囲とも打ち解けなかった中で初めて仲良くなれた友人だったんだ。それから一緒に馬鹿やって、一緒に暴れて、ずっと一緒に育ってきた一番古い兄弟だったんだ。それを……」
「……」
次第に顔を上げていくエース。
その顔にある気配に黒ひげが無意識の内に押されていた。
「それを……家族を目の前で甚振られて、嬲り殺しにされるのを黙って見ていられるかあああああああ!!!!!!」
大声で怒鳴られたその声に、思わず黒ひげが一歩下がったその時。
一つの声が響いた。
「グラララララララ……いい答えだ、気に入った」
低いその声。
だが、妙にその場に響き渡った。
その声にエースは驚きからだろう、怒気を浮かべた顔が一瞬きょとんとしたものへと変わり、声の方を向き。
一方、黒ひげは……その顔にびっしょりと冷や汗を浮かべていた。
彼にはその声に聞き覚えがあったのだ。
長らく聞いていた故聞き間違いではありえない、その声。
だが、ここで何故聞くのかと信じられない思いで、おそるおそる視線を少し離れた横手の崖の上へと向ける。
そこには長身の老人が一人。
巨大且つ見事な装飾の施されたグレイブを片手にドン!と立つその姿は威風堂々。
その髭は真っ白だが、ピン!と半月を上向きに描いている。
その背後には見るからに歴戦たる猛者達を従えるその男こそ、新世界で、いや世界で最も怖れられ、同時に尊敬される男。
「何故、何故だ」
その男の名は。
「何故、てめえがここにいるんだ、白ひげえええええええ!!!!」
四皇最強白ひげ、エドワード・ニューゲートという。
何だか久々にして、ようやくこの場面が書けた感じです
ずっと前からこの場面は頭にあったんですけど、やはり時間がかかりました
しかし、最新のワンピース見てて思った事が一つ……
ローってシーザーに心臓を渡していた訳ですが……スモーカーの心臓って言って渡したものの、本当にスモーカーのそれなんですかね?
確か、ローの心臓を預かる代わりに、ローに誰かさんの心臓を渡していたような……?
現在の展開を見るとひょっとして、と思ってしまいます