第25話−後始末
さて、何故ハンコックらが俺の家にいるのか。
その辺を語る為には、少し時間を遡らねばならない。
今回の出撃には各自が快速船を使用した。
当然だ、追撃戦闘となるのに大型の戦艦を使用する奴はいない。
脱走した海賊達の再逮捕もしくは殲滅そのものは迅速に行なわれた。
捕らえられた海賊達は、天竜人が希望した場合はその元に戻らされ、希望しない場合はインペルダウンへと送られた。……もっとも、どちらも海賊達にしてみれば選びたくない選択であったのは間違いなく、尊厳ある内に命を絶つ事を選んだ者は多かった。
まあ、海賊という道を進んだのも、こうした結末となったのも彼らの選択の結果だ。
おおよそ2週間。
一通り、逃げ出したと思われる海賊を討伐し終えた時には、それだけの時間が過ぎていた。
今回出撃した一同には交代で休暇が出た為、自分の順番となった際に気にかけていたシャボンディ諸島に向った。……まあ、結果から言えば、シャッキーさんが彼女らをバイトとして雇い、途中からはレイリーさんもいてくれた。
とはいえ、ハンコックらも相当迷ったらしい。
フィッシャー・タイガーは約束通り、シャボンディ諸島までは送ってくれたが、そこからは一切関与してくれなかったらしい。
まあ、仕方ないとは思うが。
そうして、俺は海軍だ。その海軍から渡された逃避先……確かに疑う余地は十分だろう。
行ってみれば、海軍がお待ちかねで、そのまま天竜人に引き渡されたら……そうも思ったらしいが、結局の所『行き先がない』という点が大きかったらしい。
彼女らは九蛇海賊団の一員だ。例え、捕まった時が見習いだったとしても、それは変わらない。そうして、彼女らの本拠地アマゾン・リリーはカームベルトの真っ只中。通常の船では命がけの航海になる。……少なくとも、彼女らの航海術と入手可能な船程度ではどうにもなるまい。
だからこそ、もし、騙されたのなら、その時はせめて九蛇の一員として恥じない最期を、とまで覚悟して向って今に至る、と。
……確かに、疑って来ない可能性もあったんだよな。まあ、結果良ければ全て良しとしよう。
さて、ここに到着して更に驚いた事があった。
……彼女らの背中だ。
天竜人の奴隷にされた人々の背中には『天かける竜の足跡』とか抜かす焼印が押される。……酷い話だよ、本当に。
だが、今の彼女らの背中には……。
「これは……刺青、なのか?」
彼女らの背中には或いは美しい華が、或いは獰猛な蛇が、という具合にそれぞれに違った形で描かれていた。
「驚いたかね?」
「さすがに」
レイリーさんが話を振ってくる。
どうにも、彼とは話があう。理由は分からない、俺が見た目20代でも中身は40突入したのもあるのかもしれない。
「まあ、あれだ。天竜人の奴隷から逃れたいと思う者は想像以上に多いという事だよ」
それは当然だろう。
「そうして、彼らが今のようになったのは何時からだと思うかね?」
少なくとも結構な時間が過ぎているであろう事は想像がつく。
世界政府が成立、というか、この世界に来て改めて歴史を確認したが、今の政府が成立したのが800年前。その時の20人の王の子孫が天竜人な訳だが……さて、人が腐敗せずにいられるのはどれぐらいだろうか?
権力を握った輩は腐敗する。
最早、これは必然といっていい。
増してや、彼らが握るのは世界の権力だ。最初の頃は真実を知っている者も多いだろうが、200年も経てば、その気になれば本当の歴史は隠蔽出来るだろう。
そうして、権力闘争を泳ぎきった連中やその子供ぐらいまではまだ、自分達の権力の脆さも自覚出来ているだろうが……何時しか元の世界の中世の貴族というものがそうであったように、何時しかそれを当然の権利と考えるようになっていくものだ。
元の世界での古代中国が割りと分かりやすいだろう。
大体200年から300年。そのぐらいで大きな勢力を誇った王朝、例えば漢も前漢がおおよそ200年、後漢も200年程度。唐や明もそのぐらいで、滅亡を繰り返している。
裏を返せば、それぐらいあれば腐敗するには十分だという事。
さて、現在の世界政府は成立して800年。
そうだな、300年ぐらいした辺りで、今の天竜人の行為が当たり前になっていったと考えると……500年か、それでも長いな。
そんな事を考えてながら聞いているレイリーさんの話は続いていた。
「まあ、正確な数までは分からんが、奴隷にされた人々の中にも逃げ出す者はおる。大抵は殺されるが、中には運の良い者もおる。そうして、元の数が多く、長い時間があったが故にその数もそれなりの数となる」
それはそうでしょうな。
レイリーさんの話によれば、そうやって逃げ切った人々が一番苦しむのが矢張り背中の足跡なのだという。
これがついている限り、その人は天竜人の奴隷という立場から完全に逃れる事が出来ないからだ。
何時しか、それを何とかしようという者達が現れた。
これもまた当然だ。逃げる事が出来た当の人々、或いはその家族や恋人。彼らに同情した善意からの人間もいるだろうし、単純に商売の気配を嗅ぎ取ったような奴もいるだろう。
とにかく、工夫を重ね……長い時間をかけて、彼らはそれを、背中の足跡を元に芸術として仕上げる事で偽装する形に完成させた。
タイヨウの海賊団が後に焼印を重ねて、足跡を太陽へと変えたように、彼らは足跡を元に背中に刺青という形で芸術へと変える。
無論、ばれれば天竜人ひいては世界政府から海軍に追われる事になるのは確実なので、彼らは深く潜んでいる。
……原作のハンコックらが彼らに接する事は逃げ出した当時は殆ど不可能だっただろう。彼らとて、本来ならば網を張って、逃げ出した奴隷達の前に密かに姿を現すらしいのだが、今回は逆に大規模すぎて出るに出れなかった。
こっそり、なら海軍も動かない。だが、今回は派手すぎて海軍も大規模に動き回っている上に、逃げ出した数が多すぎる。
かくして原作では彼らの事は知られないまま、ハンコックらは世界の海を彷徨い、やがてニョン婆と出会い、アマゾン・リリーへと帰還する事になる、と……。
そんな連中がいるって事を知ってれば探しもするだろうが、知らないから彼女らは以後10年以上に渡って、怯え続けたって訳か…。
一方、レイリーやシャッキーは当たり前のように、彼らの事を知っていた。
なので、ハンコックらがここに逃げ込んだ後、彼らの事を話した上で『どうするかね?』と尋ねたらしい。
……原作での事を思い返せば、彼女らがどう応えたのかは予想もつこうというもの。
かくして、レイリーさんが彼らに繋ぎを取り、ハンコックらの背中から足跡はその姿を消した……いや、正確にはわからなくなってしまった、というべきか。
見事なものだ。
「さて、アスラ准将。ここからは取引としての意味合いもあるのだが」
「何でしょう?」
「彼女らを君の家に置いてやってはくれないかね?」
「……理由を聞いても?」
要は一番安全な場所だという事だ。
まあ、普通逃げ出した天竜人の奴隷が、マリンフォードの海軍将校の家で暮らしているとは思うまい、との事。
まあ、確かにそれには同意だ。
加えて、まあ、俺が引き受ければ、この事を知っている当人の口からも洩らしにくいだろう、との事。
あー……匿ってる時点で、彼女らの事ばらせば、俺が処罰されるって事か。
そうだよな、天竜人の奴隷を家で世話してるってのがばれれば、それは確かに処罰の種になるよね。……まあ、それさえばれなければ、問題はない。彼女らにはまだ賞金なぞかかっていないからだ。
見習いの内に捕まってしまったので、まだ悪事なんぞ働いてもいないし。
後は、彼女らを引き取った理由づけだが……まあ、これは問題あるまい。ここで、俺が海賊か人攫いか分からないが、女性が襲われていたので助けました、彼女らは帰る場所もない、との事なので当面引き取りたいのですが。そう言えば、許可は出るだろう。
こう言っては何だが、彼女らは美少女だ。後にはああなるマリーゴールドも、今はまだ体型普通だし。
「ふむ……いいでしょう。彼女らが了承さえするのならば」
「そう言ってくれると思っていたよ。彼女らは既に承諾済みだ」
……さいですか。
しかし、何故俺の所に来る事了承してくれたのかね。
……まさか俺に惚れた?……いや、まさかね。
とにかく、そうした理由で俺は彼女らを家に置く事になった。海軍本部には前の通り、シャボンディ諸島で人攫いか海賊かは不明だが襲われている女性を見つけたので救出した、と言ったらすんなりOKが出た。相手は粉砕したのでペースト状になったのなら回収してきますが、と言ったら『いらん』と言われました。……まあ、この辺は俺がシャボンディ諸島に出張中、結構な数の海賊やら人攫い潰してたので、『ああ、またか』『(女性に関しては)そういう事もあるだろう』と思われたらしい。
以後は普通に彼女らは俺の家で……本当にかいがいしく働いてくれている。というか家事をこなしてくれている。彼女らの笑顔を見ていると、俺も元の世界で見ていた原作の悲劇を少しは変えられたのかな、そう思いたくなってくるな……いや、そうじゃない。
悲劇を変えていくんだ、俺の手の届く範囲だけでも。改めてそう誓えるだけの価値はあった。
……しかし、なんだ。これはルフィ×ハンコックのフラグへし折ってしまったかね。
ガープ中将がアレなので、家にいる3歳のルフィの面倒を案外手馴れた様子で相手しているハンコックを見ながらそう思った。