第26話−帰る場所
「おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
迎えてくれたのは、最近ご近所ですっかり『若奥さん』と認知されてしまってるハンコックだ。
あれから更に1年程が過ぎ、俺は少将となった。
そうして、今年伝わってきた重大ニュース。
『海列車の初航海成功』
そう、トムズ・ワーカーによるパッフィング・トムの処女航海が成功裏に終わったのだ。
これで海賊王の船、オーロ・ジャクソン号の建造による世界的凶悪犯への加担という罪の償いは一旦緩和され、残る目指すは全線開通。計画によるとあと4年。
……つまりはスパンダムによる事件まで、あとそれだけだという事だ。
しかし、もったいない。
何故、彼を捕らえないといけないのか、と思う。船大工が依頼によって船を造るのは当然の事だ。それが凶悪犯になるかどうかは、結局の所使い手次第……。まあ、武装船って時点で海賊と気づけ、海賊と気付いて船の建造を断れ、という事かもしれないが、それにしたって処刑なんて話が出たのは、矢張り世界政府がそれだけロジャーを恐れていた、という事なのだろう。
……そして、スパンダムのドアホのせいで、未来にトムは処刑され、海列車は結局W7とエニエス・ロビーを結ぶに留まる……もし、トムが生きていたら、海軍本部とも結ぶ事も可能だっただろうに。物凄くもったいない。
昨今、エニエスロビーで司法勉強と言って立ち寄るようにしているのも、その目的は裁判長との面識作りだったりする。
あと、一応嘘ではないぞ?
デッドオアアライブ、手配書に記されている生死を問わず、の一文。これが記されている海賊はまだ、分かりやすい。
だが、手配書に記されていない海賊、或いはその海賊に無理やり仲間にされたような人員などはどうするのか?この辺がどうにも微妙なのだ。
いや、サカズキさん辺りなら『問答無用』で全部やっちゃいそうなんだけど。
結構この辺、将官の裁量に任されている。お陰で聞いたら、全員が全員違う答えが返ってきた。
「ふむ、そのあたりは各自ごとに違うな。だが、悪事を働いていた者で手向うならそれは仕方あるまい、素直に投降するならまた話は変わってくるが」
「そんなもん、適当でええんじゃ」
「そうだねぇ〜……悪事を働いてた奴は処分しちゃってもいいんじゃないかねぇ…?」
「ん?攻撃してくるなら倒す、降伏するなら捕虜で、後は専門に任せりゃいいんじゃない?」
なのでまあ、一応司法の責任者に裁判の参考例として、話を聞いている。
しかし、なんだね……。
ハンコック、最近ますます……色気が増してきた。さすが未来に措いて世界一の美女と謳われただけの事はある。
とはいえ……彼女らにも彼女らなりの道がある。……俺がその道を歪める訳にはいかない。
SIDEハンコック
アスラが帰ってきた。
思えば、彼との初の出会いは、余りいいものではなかった。
フィッシャー・タイガーによるマリージョア襲撃。
あれが、彼との馴れ初めだった……。
あの襲撃の時、私と妹達はこれが最後の機会とばかりに逃げ出し……天竜人の護衛に捕まった。
抵抗はしたが、何しろ私達の技術は覇気こそ修得していたとはいえ、12歳の時から停止していた。それから4年、まともな武術の鍛錬さえする余地がなかった。
そんな環境下で、護衛故に体を鍛えているような相手に勝てる訳がない。
抵抗はしたものの、私達は捕らえられた。せめて悪魔の実の力をコントロール出来ていれば、また話は違っていたのだろうが、生憎連中が私達に悪魔の実を食べさせたのはあくまで余興の為。
普段は、海楼石が嵌められて悪魔の実の力は封印され、妹達は蛇に変身して踊らさせられた。従わねば、私が海水を満たした器へと突き落とされた。
逆もまた然り。
……そんな環境で、精密な悪魔の実の制御が出来る訳がない。
最後の希望もこれで断たれたか、そう思い、最早これまでかと諦めかけもした時、彼らは現れた。
フィッシャー・タイガーの一撃で護衛は即死した。
その後、出てきたアスラはフィッシャー・タイガーと戦闘を繰り広げた。
これだけで終わっていれば、彼が負けていれば、きっと私達は彼との縁はなかった。だが、彼が引き分け、そうして私達に道を示してくれた事から事情はまた変わった。
きっと、あそこで彼が私達にシャボンディ諸島でお世話になったお2人を紹介してくれなかったら……私達はきっと背中の竜の足跡に怯えながら、世界を逃げ続けていただろう。
それはきっと私達の心を歪めていたに違いない。
こうして、穏やかな気持ちで、料理を作り、隣人と会話し、買い物をして、洗濯をして……。これまでの時間が時間だっただけに、そんな普通の生活が何より愛しい。普通、きっとそれはその有難さを知らない人達にとってはつまらないものなのだろう。
だが、非日常が幸せなものだと誰が決めただろうか?
私達が空想によって平穏な、天竜人に捕まっていなかった時を想像したように、平穏な何もない生活を送っている者は逆に波瀾万丈な、或いは海軍に入って、或いは海賊となって活躍している光景を想像するかもしれない。けれど、彼らはもし、そうした道に踏み込んでいたら、逆に海賊に捕まって拷問されたり、海軍と戦ってインペルダウンに放り込まれたりしていたかもしれない、という未来を想像したりはしない。
……当たり前だ、誰が空想でまで辛い事を想像するだろうか。
だからこそ……空想が叶った私達は、今が楽しい。それをくれた、アスラにも感謝している。無論、そのきっかけをくれたフィッシャー・タイガーや、シャッキー、レイリーにも感謝している。
ただ、1つだけ不満なのが、アスラの態度だ。
アスラは未だ私に手を出しもしない。……私なりに体に磨きはかけてきたつもりだけれど……私には魅力がないのだろうか?
SIDEアスラ
サンダーソニアとマリーゴールド。それにエースとサボから問い詰められた。言い方は違えど、彼らが言うのは要は……。
『ハンコックの事をどう思っているのか』、という事に尽きる。
……うーむ、あんな美人に元の世界で好意を寄せてもらえるなんて事なかったからなあ……。
正直、実感が沸かなかった。
なので、『いや、美人だと思うし、好意も持ってるよ?けど、彼女ならもっといい人もいるかと…俺に縛られる事もないだろうと思ってたんだが』と応えたら、全員に溜息つかれて、『鈍感』呼ばわりされた。
ちなみにルフィだけは全く、何の事か理解出来ていなかった。
その晩の事に何があったかは秘密にさせてもらおう。
ただまあ……ハンコックが最近時折見せていた陰が消えた事と、後は……太陽が黄色かったとだけ、な。
「それじゃ行ってくる」
「行ってらっしゃい」
キスを交わす俺達を、物陰からエースとサボはにやにやしながら、ルフィは全く何をしてるのか分かってない様子で、そして、サンダーソニアとマリーゴールドは嬉し泣きして見てた。……あいつらめ。
だが、まあ……悪い気分じゃないな。
ついでながら、一緒に出かけるアリスは横で不思議そうに俺達を見ていた。
「それじゃアリス、彼の事をお願いね?」
「みゃあ♪」
撫でられて、機嫌良さそうに鳴いたアリスと共に俺は再び出航する。
……帰る所がある、待っていてくれる人がいる、というのは嬉しいもんだな。