第29話−身勝手な策謀
その事件そのものは順調に進んだ。
進みすぎた。
……それ故に、もう1つの事件に措いては悔いしか残らなかった……。
赤髪のシャンクスとの出会い、ルフィがゴム人間となった、あの日から気付けば3年弱。
アスラは今度こそと正式に引退する中将の跡を継ぎ、中将となっていた。当人からすれば、これで孫相手にのんびりという気分だろうが、アスラにしてみれば最近めっきり目立つようになった嫉妬の視線が痛い。おまけに、仕事が忙しくなったせいで、子供の相手が十分に出来ないのがまた、痛い。
結局、子供は娘が産まれていた。ルフィは妹が生まれたと喜んでいたが、初めての自分より下の子に興味深々だ。
アリスは……すっかり懐かれて、最近ではよくルフィ共々背中に乗せて歩いているのを目撃する。……俺ももっと接してやりたいんだが……ちなみに、最近ハンコックは2人目を妊娠した。
今度は男の子がいいな、と2人で話している。
さて、少し話を戻すが、嫉妬されていると言っても上や同格からはそうでもない。
問題は下からだ。僅か10年少々で海軍最高幹部の一角へと昇りつめたアスラへの嫉妬は激しい。奥さんが物凄い美人で、夫婦仲は熱愛続行中、子供も生まれて私生活は順風満帆となれば尚の事だ。
もっとも、ではアスラ以外の人員を中将に、とするには問題があった。
海軍の大将が海軍最高戦力と呼ばれるように、海軍で一定以上の地位を得る為には、強さが不可欠だ。それも上へ行けば行くほど、それは並大抵の強さではすまない。特に中将ともなれば、大将に空きが出来た時にはその席を埋めねばならないから、尚更だ。
何が言いたいかというと、アスラを却下して、その席を埋めるのに周囲が納得出来る程の実力を持つ者がどこにもいなかった。何しろ、少将大佐級でさえ、今のアスラが相手ではまとめて吹き飛ばされるだけという意味合いでは一般の海兵と変わらない。
シャンクスとやり合って以来、シャンクスを通じてミホークとも縁を作るのに成功し、鍛え続けたアスラは更に力をつけ、現在の中将の中では最強の一角と看做される程になっていた。
というか、組み手の相手が3大将や世界最強の剣士だ。しかも、大将連の内、サカズキ大将とは諸々の事情により無理だが、他2人とは遠慮も何もいらない、覇気だけは使用不可、という実戦さながらの試合が出来る。
事実、黄猿大将とやる時は『本気でやるなら、どこぞの無人島、それも岩礁みたいな島を使え』と通達が出る程だった。
理由は単純明快。
この2人がやりあった結果、少々熱くなりすぎたお陰で、訓練施設が複数壊滅した、言ってみればそれだけではあるのだが……。何しろ2人ともそうそう簡単には死なない体だ。
ただ、海軍としては、毎度訓練の度にこんな事が起きてはたまらない。
尚、この件に関する黄猿大将のコメント、『ちょ〜っとした運動じゃあないかねぇ〜?』。アスラ中将のコメント『その点は申し訳ありませんが、偶には大将含め全力で鍛錬する事も必要なのではないかと、互いに怪我をしない範囲で』。
怪我をしない範囲が覇気を使わない場合、物凄く広い者同士がやるとどうなるか、判明したのだった。
さて、アスラ自身が後悔するようになった事例の始まりは海列車の開通にあった。
この海列車の開通に合わせ、司法船が赴くと聞いたアスラはセンゴク元帥に1つの報告を行なった。
「……司法船へのテロ行為の予兆だと?」
「未だ可能性の段階ではありますが……」
センゴク元帥にしてみれば、どういう話だと思いきや、最近開発に成功した海列車、そのW7とエニエスロビーを結ぶ列車開発を成功させた造船技師への司法決定を下す司法船が今度W7へと向う。その判決そのものは、無罪になるだろう、という事で、海列車が当初計画通りの性能を発揮している現在、順調に行けば更に海軍本部も結ぶ事で交通事情は大幅に改善されると期待されていた。
その向う船へのテロ行為が計画されている、という話がある、となれば放ってはおけない。
「……確かに、司法の船への攻撃は可能性としてはありえるだろう。自業自得とはいえ、裁かれた内容に恨みや不満を持つ者もいるだろうからな。だが、何故今なのだ?」
「……今ならば、ちょうど責任を押し付けられそうな人材がおりますので」
「……船大工のトム、か?だが……」
「これを」
差し出したのは廃船となった多数の小型の船が写った写真だ。
これは何だ、と疑念と共にアスラへと視線を向けるセンゴク元帥に対して、これがトムの元で修行している若い船大工見習いの作ったものなのだと説明する。
「問題は、この作成者の目標が海王類を仕留められる船、なのです」
「!この武装に見えるのはそれか……という事は」
「はい、その船を再生利用すれば……司法船を攻撃した責任は彼に押し付けられます」
「…………」
センゴク元帥は唸り声を上げる。
海王類は巨大な魚類だ。それにある程度打撃を与える事が可能な船となれば、確かに司法の船を攻撃する威力は十分だろう。いや、そもそも攻撃した、という事実があれば、それで十分だ。とはいえ……。
センゴクは決してアスラが全てを語っているとは思っていない。とはいえ、まるきり嘘を言っているとも思っていない。おそらく、アスラが偶然か何かは分からないが言っている通り、襲撃が行なわれる可能性があるのは確かなのだろう。
そして、それが本当に拙いものならば……そう、分かりやすい例でいえば、天竜人が遊びで行うような話なら、わざわざトムに責任云々とは言うまい。彼らがそれをやったとしたら、堂々とやらかして、それを咎める者などいない。そうすると……。
(……政府の裏方か?或いはどこぞの貴族か王族辺り、か?)
だが、それならそれで、政府の方からさりげなく元帥である自分には指示が来る筈だ。
拙いものならば、さりげなく止めてなかった事にせよ、と。或いは見逃せ、と。
そうしなければ、最悪同士討ちになる。それがない、という事は……いや、最悪独断の可能性もないではないが、それまで気にしていては、手遅れになる。
それに……船大工トムの海列車は今後、世界政府にとって有益なものになる筈だ。腕に関しては、かの海賊王ゴールド・ロジャーがグランドライン一周を成し遂げた船、オーロ・ジャクソン号の建造で証明されている。
「よかろう、ならば……少数による作戦を許可しよう。司法船にはお前から伝えろ。ただし」
中止命令が届いた場合は、ただちに捜査を停止して帰還する事。それだけを告げて、センゴク元帥はアスラ中将による行動を許可した。無論、その点に関しては事前予想済みだ。
後はセンゴク元帥に確認を取ったが、極力極秘に当たる事で了承を得られた。……センゴクにしてみても、きちんとした理由もなしに騒動を起こすなら、そいつが政府の人間だろうが何だろうが罰するに躊躇はない。
海軍でも、時折特に支部の人間に多いが、犯罪を犯す者は必ず出る。その同類ならば、捕縛はむしろ当然だろうと思っている。
「で、俺達が動員ですか?」
「文句言わないの、きちんと仕事しないとヒナ怒るわよ」
さて、アスラが今回連れて来たのはちょっとした部隊と将校が2人。スモーカー少佐とヒナ少佐。この2人も順調に昇進し、現在は少佐となっていた。実の所、真面目さの度合いではヒナ少佐の方が明らかに上だ。逆に言えば、素行には問題があるのに、同じ階級にいるという時点で、スモーカーの優秀さが分かる。
また、司法船には既に顔見知りになった裁判長を通じて事情をこっそり伝えてある。
「まあ、そういうな。実の所、やらかしそうな奴は目処はついているんだ」
既にW7に上陸して、確認した。
この時、CP5主官をを務めていたスパンダムの姿を……。無論、きちんとどのような相手なのかの確認は離れた所から尾行を行い確認を取った。
サカズキもそうであったが、それぞれに事情はある。
原作でのヘルメッポが、後に反省し、きちんと迷惑をかけた相手に謝罪し、立派な海兵となったように。
原作では非情に見えた赤犬大将が、こちらの世界で実際に話をしてみれば、確かに犯罪者に対しては非情であっても、部下や一般人に対しては情の深い人物であったように。
しかし……まあ、はっきり言って下衆だった。
無論、ヘルメッポ同様改心する余地はあるかもしれないが、それは1度自分のやらかした事を反省させてからの話だ。
「あれ、じゃあその人今すぐ捕まえたら、終わるんじゃないかと、ヒナ思考」
「同感ですな」
「……生憎、現段階では何もしていないのでね……加えて色々厄介な裏事情って奴があるのさ」
とはいえ。
予定通りならば、奴はやらかすだろう。
だからこそ……。
お前にはここで一旦退場してもらうぞ。
誰のせいでもない。俺自身の為に。
SIDEスパンダム
「くそっ……」
CP5主官を務めるスパンダムは苛立った声を上げて、地面を蹴り飛ばした。
彼自身の望みは、更に上へと上る事。
彼の父親は嘗てオハラで世界政府に関わる重大な問題を事前に把握し、功績を上げた。そうして、現在彼はCPの長官として君臨している。スパンダインは息子であるスパンダムが地位を継ぐ事を望んでいるが、まあ、これは本来余りよろしくない話ではある。だが、スパンダムが誰もが認めざるをえない功績を立てれば、それも可能となるだろう。
だからこそ、スパンダムはこの地へとやって来た。
船大工トム、彼の弱みを掴んだと思ったからだ。そうすれば、彼が持っているとされる古代の兵器プルトンの設計図を入手する事も出来るというもの……。
だが。
彼の目論見はいともあっさり砕け散った。
船大工トムへと『海賊王の船を造ったそうじゃないか、これが世界政府にばれたらどうなると思う』と言ったはいいが、奴はあっさりと『そんな事とっくに知られてる』と返してきた。
そう、そんな事はもう10年以上前に知られているという事実。更には、もう数日もすれば司法船が正式にトムへの無罪を告げにやって来るだろう、と噂される現実……。
加えて、自分を吹き飛ばした砲弾……。
バトル・フランキーと呼ばれるその船の祝砲によって、彼自身は吹き飛ばされた。
悪意がなかったとはいえ、だから許そうなどと言える訳がない。誰だって痛いものは痛いのだし、当人の行動で大怪我させられかけたとなれば、普通は怒る。
ただ、あの時はより重要な案件があったから、それでもまだ、そちらを後回しに出来たというのに……。
(何かないか、いい方法は……奴を追い詰める為の方法は……)
その時、スパンダムの目に写ったのは廃船島に放置された多数の小型船……そして、その帆に残る『BATTLE FRANKY』の文字……。
……そういえば、あの船には強力な武器が搭載されていたな。
彼なりのよい考えが思い浮かび、ニヤリとスパンダムは笑みを浮かべた。
……その行動が既に予測されている事など想像だにする筈もなく。