第30話−計画通り
夜の闇に紛れ、彼らは再び廃船島を訪れた。
正確にはその一角、30隻以上放置された『BATTLE FRANKY』の確認だ。
初期のものは使い物にならず、最近のものも……おそらく、あの子供の言う事が本当ならば、海王類を相手にしてきた為だろう、どの船も破損が多かれ少なかれあり、それでも割りと最近のものから4隻程が武装・船体共に使えるレベルである事が確認出来た。
「くっくっく、これなら問題なさそうだな?」
スパンダムはニヤニヤと笑って船を撫でる。
彼の計画はこうだ。この船を持って、やって来る司法船を攻撃する。
当然ながら、この船を造った、あの小僧は捕まるだろう。司法船に攻撃を仕掛けた船と武器の製造を行なったとなれば、トム同様罪に問われる事は確実だ。ましてや、そんな強力な武器を搭載したまま放置していたとなれば尚更の事。
後は、あの小僧の命を助けてやってもいい、という事を囁いて、トムからプルトンの設計図を手に入れればいい……。
「しかし、スパンダム隊長。本当に設計図を手に入れたら、あの小僧を助けてやるのですか?司法船に攻撃を仕掛けたとなれば、それを覆す手続きも面倒なものになると思いますが……」
「ああ?何で、そんな事をしてやらなくちゃならんのだ?俺は『してやってもいい』と言ってるだけであって、『してやる』とは一言も言うつもりはないぞ」
そう、そのつもりだ。
自分に砲弾を命中させた、あの小僧は死刑にでも何でもなってしまえとスパンダムは本気で思っているし、設計図を手に入れれば、あんな小汚い小僧の事などどうでも良かったとも言える。
そして、設計図を手に入れれば、俺の功績は出世するのに十分なものになる……。
そんなバラ色の光景をスパンダムは夢見ていた。
準備を整え、後は司法船を待つだけ、という所まで用意すると、彼らCP5はその場を離れた。
……彼らが離れたと確信出来るぐらいの時間が経った後、付近の高台の一角が動いた。
「……撮れたか?しかし、矢張りあいつらあの4隻を選んだな」
「ええ、もちろんよ。それにそうなるように誘導したんだし。それより貴方、このまま禁煙したらいいと、ヒナ思考」
「だが、断る。それじゃ、アスラ中将に連絡しとくか」
「仕込みも万全、後は待つだけ、でも忙しかったわ。ヒナ疲労」
そう呟くと、2人は速やかに道具を片付けると、その場を立ち去った。
後には廃船と、出番を待つ4隻の船だけが残された……。
そうして、司法船がやって来た。
裁判長は機嫌のいい様子で、トムが約束を果たしたという事から、無罪を告げるつもりらしい。
元々、この裁判長はトムの罪で死罪とは、やりすぎだと感じていた1人だった。
こうした、武器や船を造った事で責められるのは、間違っている。責められるべきは、あくまでそれを使って、悪事を働いて連中であって、造船技師にせよ武器職人にせよ彼らはそれを作るのが仕事だ。
そういう意味では、今回は珍しく全てが上手くいったと言えるケースであり、1つだけ除けば晴れ晴れした気持ちだった。
そう、1つだけ。
顔馴染みのアスラ中将から伝えられた司法船への攻撃計画。
裁判長にとっては、まったくもって腹立たしい話だが、何より腹立たしいのは、その罪をトムへと擦り付けようとする、その汚さだ。だが、まあ。こうした計画とは秘匿されてこそ意味がある。事前に分かっていれば、こちらとて対策も取れるし、その為にアスラ中将が乗艦している。
見張りも目立たぬように増員され、周囲を警戒している。
と、予想通り奴らはやって来た。
「右舷に小型船4隻を確認!事前連絡を受けていた艦と特徴が一致します!」
この時、当たり前だが、襲撃船に乗っているCP5の面々は襲撃の成功を疑っていなかった。
この襲撃の肝は、世界政府の司法船に襲撃を掛ける馬鹿などいる訳がない、という思い込みにある。それがあるからこそ、襲撃船は司法船からも帆の文字が見えるぐらいに十分に近づく事が出来る。だからこそ……全ての前提が間違っていた時、襲撃が上手くいく筈もなかったのだ。
海王類にさえ打撃を与える砲撃が次々と放たれ……。
その全ては司法船の甲板から伸びた銀の尾に捕獲された。幾つかは取り込まれた後爆発したようだが、尾はびくともせずそこにある。それどころか、砲弾を受け止めた4本の尾に続き、更に4本の尾が襲撃船に伸びてきた。
慌てて、CP5の面々は脱出する。
彼らは自分達が捕まった時、主官たるスパンダムが自分達を庇ってくれるなどとは微塵も思っていない。それどころか、自分達が捕まったとなったら、全ての責任を自分達に擦り付けて、知らん振りをするに決まっている!と全員が確信を持って断言出来る。
はっきり言ってしまえば、利害以外に互いを結びつける関係がない連中だった。
とりあえず、結果から言えば、アスラの尾が到達する寸前に彼らは何とか海へと飛び込む事に成功し(距離がある程度あったのと、迷わず即座に逃げたのが幸いした)、尾は船4隻を丸ごと持ち上げて、司法船へと運び去った。
CP5の面々は任務を完全に成功させる事は出来なかったが、司法船に対して『BATTLE FRANKY』というトムの弟子の作った船が攻撃を仕掛けた、という事実は作ったと自分を納得させて、迅速に撤退していった。
「……と、思っているでしょうね」
「うむ、まあ、まさか犯人が奴らだとは思わなかったが……」
CP5が一応作戦成功と思って必死に逃げている頃、司法船ではアスラ中将と裁判長の間で、そんな言葉が交わされていた。
そうして……全ては計画通りに事は進んでいた。
トムと、アイスバーグ、それにカティ・フラムが裁判長の前にいる……が、彼らは拘束はされていない。
トムとアイスバーグは怪我を負ったりはしていない。
原作では司法船が攻撃を受ける様に、廃船島にフランキーの船を確認しに行って、スパンダムによって攻撃を受ける訳だが……。
まあ、ある意味当然の話で、4隻のみがまともに使える船であり、その4隻で襲撃を掛けたという事実に加えて、それこそあっという間にフランキーの戦艦が司法船に回収されてしまったので、何か行動する間もなかったのだ。
だが……司法船に対して、フランキーの船が攻撃を仕掛けたのは確か。
「凶器を存在させた責任を問いかけてんだと何度も言っただろうが、バカンキー!!!」
だからこそアイスバーグは激怒する。当然だろう、折角上手く行っていたのだ。
もう、無罪は間近だった。
それが……。さすがにフランキーもアイスバーグの怒声に何も言えずに俯いてしまう、何か言えるはずがない。
「これでトムさんが政府に連れて行かれる事になったら……おれはお前を!!!一生許さねェぞ!!!フランキーー!!!」
フラッキーの胸倉を掴むアイスバーグだったが、そこへ嫌らしい声がかけられた。
「残念だったなあ?お前らはここで終わりだ!」
群集の中から部下を引き連れ出てきた、ニヤニヤと笑みを浮かべながらスパンダムが告げる。
お前がやったんだろう!とフランキーがスパンダムをなじるも、司法船を政府機関が襲う訳がないだろう、とスパンダムはとぼける一方、街の住人もまたそれもそうだと信じてしまう。……何しろ証拠が全くないのだから当然かもしれないが。
だからこそ……フランキーは悔しかった。
自分のミスで……自分がアイスバーグの言う事をきちんと聞かなかったから……こんな事になってしまった。
だからこそだろう、フランキーが思わず……。
「あんな事をする船なんて……俺の船じゃねえ!」
そう叫んでしまった次の瞬間。
フランキーは物凄い力で胸倉を引っ掴まれた。掴んだのは……トム。
余りの迫力に、周囲の住人もスパンダムでさえも何も言えない。
「いいか、どんな船でも………造り出す事に"善"も"悪"もねェもんだ……!この先お前がどんな船を造ろうと構わねェ!!……だが生み出した船が誰を傷つけようとも!!世界を滅ぼそうとも…!!生みの親だけはそいつを愛さなくちゃならねェ!!生み出した者がそいつを否定しちゃならねェ!!」
それはトムの理念。
オーロ・ジャクソン号という彼の傑作を駆った海賊王ゴールド・ロジャーの為に、罪に問われながらも歪めない信念。
「造った船に!!……男はドンと胸をはれ!!!」
周囲は呆然としていた。
何時しか忘れていた船大工の理念。すっかり寂れてしまっていた、このW7に未だ残っていた船大工の心意気を示したトムに、もうW7の市民からは誰からも責め立てる声は出なかった。
「ふ……ふん、だが、な、今更そんな……」
「そうだな、今更手遅れだな」
スパンダムが気圧されつつも、口に仕掛けた時……群集を割って、海兵の一団が姿を現した。
先頭に立つのは……海軍本部中将アスラ。
「罪人を捕らえるのは我々の仕事だ……裁判長」
「うむ」
と、頷いた裁判長の姿を見て、ますます増長したスパンダムは『そうだなあ、これでおしまいだな』とそう声を掛けた。
そう、誰もがそう思った。トムもアイスバーグもフランキーもW7の住人も、そしてスパンダムも。
「ああ、そうだな……終わりだ」
そう告げて、アスラが指を鳴らすまでは。
一斉に海兵の銃口が上げられ……それがスパンダムとCP5のメンバーを指向するまでは。気付けば、既にCP5は完全に包囲されていた。逃げ場は、ない。
「なっ……な……」
慌てたように周囲を見回すスパンダムに、アスラは冷厳に告げた。
「CP5主官スパンダム、及びCP5隊員一同に告げる……貴様らを司法船襲撃の犯人として拘束する」