第32話−布石
船大工トムへの判決は簡単に終わった。
『無罪』
無論、その前にトムが問われた罪が何か、やら、けれどそれに対して功績がどうこう、双方を云々で無罪という流れになってはいるのだが、重要なのはその一点だ。
そして、誰もが、この判決は結果を理解していたから、誰も驚かなかった。
問題はその次、フランキーへの判決である。
「さて、ではまず理解しておらねば意味がないから聞こう。船大工カティ・フラム。君が何故裁かれねばならないか分かるかね?」
「それは……俺の造った船が司法船を攻撃したから、です」
裁判長の問いにフランキーはぼそぼそとした声で、それでもはっきり聞こえる声で答えた。
周囲の人間も、それが彼の罪なのだと思っていたが、裁判長はやれやれ、とでも言いたげな様子で首を振った。
「そうではない……そうではないのじゃよ」
え?と皆が裁判長を見る。その中にはトムやアイスバーグもいた。
では、フランキーは何故裁かれているのか?
「お前さんが裁かれているのは、純粋に造った船を放置していた事じゃ」
裁判長が順々にその理由を語っていく。
「司法船を攻撃したのはあくまでもスパンダムの罪。お前さんの罪ではない。じゃが……あの船はお前さんが誰の為でもなく、お前さん自身の目的の為に造っていたと聞いた。それに相違はないか?」
「……はい、間違いありません」
そう、あの戦艦はいずれもフランキーが海王類を倒す為に、それだけの為に造ってきた戦艦だった。
誰かが何を成し遂げる為ではない。フランキー自身が成し遂げる為の船達だった。
それを聞き、うむ、と頷くと裁判長は続けた。
「あの船は誰でも使えるような状態で転がっておった。アスラ中将らが細工して、4隻以外はまともに使えんようになってはおったが、確認した所武器だけとか一部が使える船なら当初はもっとあったそうじゃ」
その上で、裁判長は問う。
『その攻撃力がW7の民に向いた時はどうするつもりだったのかと』
別段、戦争で奪われたとか、そんな事を想定せずともいい。
もし、子供達が廃船で遊んでいる時に、遊んで弄くっている時に武器が発射されたらどうするつもりだったのかと。
大人でもいい、廃船島で使えるものがないか探している時に、武器が誤作動を起こして発射されたらどうするつもりだったのかと。
W7の住人達も、すっかり頭から飛んでいたその可能性に気付いて騒ぎ出す。
事実、廃船島で海兵らが作業している間にも、子供達の姿は周囲に確認する事が出来た。
子供達にとって、廃船島は格好の遊び場だ。
そんな中、形の残っているフランキーの戦艦を遊び場にして、そうして遊んでいる中で武器が発射されるような事態になったら……それは決して架空の話ではない、現実にありうる事態だった。
それをかみ締めるフランキーの脳裏にアイスバーグから言われ続けた言葉が浮かんでいた。
『凶器を存在させた責任を問いかけてんだ、バカンキー!!!』
造るのはいい。
だが、造った以上は責任を持たねばならない。
船大工の場合、それがきちんと設計通りの力を持っているか、という事になるが、今回のフランキーのケースで言えば、彼が製作者なだけでなく、オーナーなのだから、きちんと管理にも責任を持たねばならない立場だった。
今回はアスラ中将が仕掛けを作っていた為に助かったが、もしそうでなければどうなっていたか……?中将が出てくる前に、スパンダムが言っていたように、トムまで巻き込んで処罰を受けていただろう。
ぎりっ、と歯を鳴らすフランキーの様子を見て、裁判長は言った。
「……理解出来たようじゃの。それでは判決を言い渡す。と言うても、お主にはいずれかを選んでもらう」
選ぶ、という言葉に一様に「はて?」という様子になる。
「1つ目は、今後10年間、解体を担う事。設計図を描くまでは許すが、模型も含め、一切の船の製作は許さん」
造るのではなく、解体を専門にせよ、という事。
今回、管理をきちんと行なわなかったが故に起きかけた事を反省させる為の処置。
設計図を描いてもいい、というのは温情に見えるが、その実かなりきつい。
例えるなら、漫画を買ってきてもいいが、読んではいけない。ゲームを買ってきてもいいが、プレイしてはいけない。そんな意味的な処罰を含めた処置だ。
「もう1つは、海軍にて奉仕。お前さんの武器そのものはかなりの威力とコンパクトさを持っておった。それを考え、今後10年間、武器開発部で研究と製造を行なう事じゃ」
こちらは純粋に彼の能力を評価しての事。
既に海王類をも倒す武器を完成させた事自体は評価出来る。
しかし……それは船には一切関われない、何かを壊す為のものを作り続ける道。
最終的にフランキーが選んだのは……。
…………………
結局、前者を選んだか。
ある意味原作通り、とでも言うべきか。
裁判の後、アスラは1人の人物と会っていた。
「今回は、ありがとうございました」
そう言って、頭を下げるのはアイスバーグだ。
「しかし……一体何の為に?」
自分に会いに来たのか、疑問に感じているらしい。
まあ、もっともだろう。アイスバーグはトムの件にも、フランキーの件にも直接関わっていない。だが、俺の用は彼でなくてはならない理由がある。
「ああ、君に頼みがあってね……」
「頼み、ですか?」
そう、俺が話したのは、原作のガレーラ・カンパニーだ。
このW7の造船所をまとめ、1つにする事で、それまで他に足元を見られていた木材や鉄の購入をも有利とし、W7を活性化させた方法だった。
現代でも、このような方法はある。
複数の企業が並び立っていれば、売る側は他が高く買うなら、そちらに売ってしまう。逆に買いたいと希望しても、そのお値段では……他の造船所からは〜でという話が来てまして、で余計に高く売りつける。
競争原理が働かないという欠点などはあるが、少なくとも今のW7を活性化させるにはそれしかないだろう。
しばらく考えていたアイスバーグも同じ考えに至ったらしい、何度も頷いていたが、ふと顔を上げて、真剣な顔つきで尋ねてきた。
「2つ聞きたいのですが」
「どうぞ。答えられる範囲なら」
もっとも、聞きたい事は大体想像がつく。
「では、1つ目ですが……何故私に?」
矢張り予想通りだった。
答えは簡単だ。他に人がいない。確かに、トムは誇りある優れた船大工だ……だが、それだけとも言える。彼には、会社を大きくしようとか、そういう欲も意思もない。ただ、優れた船を造りたい、正に職人の鑑だが、今回の件には不向きだ。
フランキーは論外。今後10年間は解体専門だし、そもそも彼は街の人達から少々アレな目で見られている。
そうして、トムさんの咆哮で多少は活が入ったとはいえ、まだまだ、この街の他の住人には、そこまで何とかしようという気概は未だ、ない。
今回の件では、まず人の信頼を得なければならない。
諦めずに、前へ前へと進む気概を持ち続けなければならない。
おそらく、それが可能なのは目の前のアイスバーグのみ。
その辺を説明すると、『そこまで見込まれるとは……これは、やるしかなさそうですな』、そう言って、ニヤリとお互いに笑いあった。
「で、もう1つの質問なのですが……貴方は何故このような事を考えたのです?海軍中将が、このW7の復興の事など考える必要などないはずですが?」
ああ、矢張りそれか……それはだね。
「それは……秘密です」
矢張りこの言葉を言う時は、人差し指を口に当てて、片目を瞑るポーズだな。
一瞬、アイスバーグは呆気に取られた顔をして、苦笑を浮かべた。言うつもりがないと判断したんだろう。
……まあ、俺からすれば、別段大した意味合いはない。原作通りにしたいと思ったのだと思う奴も……まあ、他に原作を知っている奴がいれば思うかもしれない。
それもある。
ただ、それ以上に、今後この街にある程度の発展の基礎が築かれなくては、海列車一発で終わってしまう。
海列車は優れた技術だが、余りに天才によって築かれた芸術品過ぎて、トムが亡くなった後は誰も作れなくなった。建設に携わっていたアイスバーグは残っていたのに、それでも、だ。
無論、トムが生き残った以上今すぐ途絶えるという事はないだろうが……海列車といった技術は受け継いでいかねばならない。
1度途切れた技術は復活させるのが大変だ。
俺は1度夢見た事がある。今は、船に頼るしかない、ログポースでログを溜め、航海するしかないグランドラインを、島と島を結び疾走する海列車の姿を……。それが出来た時……きっと海はまたもう少し平和に近づける、そう思うのだ。
例え、そうなる前に……おそらくは起きるであろう、大きな争いが。
それでも……技術が残っていれば。
きっと残った側が、より平穏な世界を作ってくれると信じるから。