第33話−信念
決着のついた、その晩の事。
トムズ・ワーカー本社、階段の裏側にある隠し部屋のような場所で、1人トムは人を待っていた。
既に、アイスバーグもフランキーも帰り、コロロも今頃は夢の中だろう。
司法船も明日には出港して、帰還の途につく。
部屋の中には幾つもの棚がある。
そこには、多数の資料がきちんと整頓して収められている。
先だって、CP5の面々が調べていった資料だが、むしろ却って整頓されたぐらいだ。当たり前の話だが、探し物をする時、ドラマかどこぞのように、片端から床に落として散らかしていくという手法は間違っている。
それは時間がない時、手っ取り早くないかどうかざっと漁る時や、或いは警告として行なうべきものに過ぎない。
想像してみるといい。
何百枚かの白紙の紙を床にばらまいて、確認していく光景を……。
きちんとまとめて、冊子のようにしてから確認していくのと、1枚拾ってはまた床に捨て、また次を拾って確認……どちらが効率的かは言うまでもない。これは終わった、こちらはまだ、という具合にはっきりさせていく必要があるのだ。
海列車を作るには、10年の月日がかかった。
その全てがここにある。
「……待たせたかな?」
「いや、構わんわい」
そうやって棚を見ていると、待ち人が来たのだろう、声が掛けられた。
トムは立ち上がりながら、そちらに向き直る。
「ようこそ、トムズ・ワーカーへ。アスラ中将」
そこにいたのは、同じく明日にはこの地を離れる海軍本部中将アスラの姿だった。
双方が用意していた酒を準備して、呑む。
しばらくは双方素直に今日の事について、或いは酒の味について話をしていたが、やがて落ち着いたと思えた頃、トムが口を開いた。
「今回の件には礼を言う。お陰でばれんかった」
そう言って、頭を下げる。
いやいや、と手を振るアスラは棚に並ぶ資料に目をやった。
「……プルトンの設計図、それ自体は確かに燃やされた、それは事実だが」
「別の形で残しておらんとは言うとらんかったのう」
たっはっは、とトムが笑う。
実は、今回の件に関しては、もっとずうっと早い時期から始まっていた。
トムと接触し、プルトンの設計図の事を指摘したアスラは、既に政府組織CPによって薄々感づかれている事を伝え、それを複写する事を勧めていた。
それもただ複写するのではなく、幾つにも分割して、だ。
最終的にそれを受け入れたトムは密かにプルトンの設計図を複写、分割した。例えば、機関だけ取っても、配管の一部、駆動装置の一部という具合におおよそこれだけで100枚を越える。
その上で、それらは分けて、海列車の膨大な資料に紛れ込ませてある。木を隠すなら森の中、と言わんばかりに隠されたそれらの資料を見破るには、船の知識を豊富に持ち、海列車の構造を理解し、設計図がそのように分けられているという前提を持って、1枚1枚探してゆく、そうして『これは違うのではないか?』という設計図を見つけ出し、更にそれを一定の組み合わせで組み合わせる事によって初めてプルトンの設計図が浮かび上がる。
スパンダムらCP5はさすがに、船の知識も海列車の構造も理解しておらず、更には『プルトンの設計図』というものがあると思っていたが故に、幾度もプルトンの一部を実際に目の当たりにしながら、遂にそれに気付く事はなかった。
当然だろう、アイスバーグでさえ、その為にプルトンの設計図を何度も見ながら、気付く事がなかった。海列車の資料の中には失敗例も多数残されている。とはいえ、その失敗の中から成功に至る鍵が生まれた事もあり、研究成果の全てがここに収められている為、アイスバーグという専門家でさえ、誤魔化されてしまった。
そうして、スパンダムが来るほんの4日程前に全ての複写は完成し、プルトンの設計図本体は焼却されたのだった。
「しかし、よかったんか?こんな事をして」
トムの言葉はもっともだ。
海軍本部中将という立場の人間が、それも出世街道を驀進して、次代の大将ともみなされている相手が、何故ここまでの危険を犯して、自分に肩入れしてくれるのか。
むしろ、プルトンの設計図というものを、CPに先駆けて知ったのならば、自分の身柄を押さえて、手柄とすればいい筈だ。
そんなトムの思いを込めた視線にアスラは静かに口を開いた。
「……武器というものにはね、際限がないんだ。より強い武器を生み出した所で、相手はそれを上回る武器を持とうとする、もしくはそれに匹敵する武器を持とうとする。そうして対抗可能な武器を持てば、また相手は……とね」
特に、こんな世界では尚更。
アスラの脳裏にあるのは、元の世界の軍拡競争だ。誰もが相手を上回る、ないし相手に匹敵する武器を持とうとし、相手に馬鹿にされない、一目置かれる武器を持とうとし……気付けば、世界を滅ぼすに十分な核兵器で世界は埋め尽くされた。
そうして今も、世界のあちらこちらで、核保有競争は続いている。
情報を独占してしまえばいいではないか、と思う者もいるかもしれないが、所詮1度表に出てしまった兵器はそう遠くない内に、対抗する為に相手の組織も持つ。
そう、核兵器も、その情報をアメリカが厳重に秘匿しながら、それでもスパイによって嘗てソ連が手に入れたように。
プルトンがどれ程恐るべき破壊力を秘めた古代兵器なのかは、アスラもまた知らないが、それを世界政府が手に入れ、そして建造したが最後、間違いなく革命軍もまた、それをいつかは分からないが手に入れる、そう思っている。
後は……どちらかが倒れるまで、或いは双方が矛を収めての和議を結ぶまで果てのない軍拡が待っている。
アスラの思いたる『平和な海』、たとえそれが利き手にナイフを持って後ろ手に隠したような平和であっても、構わない。
その為には、プルトンなどという兵器は邪魔なのだ。
元の世界の事まで詳しく語った訳ではないが、トムもアスラの想い自体は受け取ってくれたらしい。
「たっはっは。まあ、ええわい。男が決めた事ならそれでええ。ドンと胸を張っておればええ」
「とはいえ、秘密は守ってくれよ?俺には嫁さんと子供もいるんだ」
それ以上はこの事について双方とも語る事はなく、翌日にはアスラもまた、海軍の部隊と共に帰還していった。
この数年後、W7にはガレーラ・カンパニーが成立。世界政府御用達の大企業となっていく。トムもまた、アイスバーグの想いと信念に賛同し、一応は名目上はガレーラ・カンパニーの要職に就く事になったが、実際には経営にはまるで興味を示さず、殆ど設計と建造の現場を走り回っていた。
また、フランキーは、こうした会社に入れなかった、あぶれ者達を、その本来の親分肌から拾い、アイスバーグと喧嘩をしつつもフランキー一家としてガレーラ・カンパニー御用達の解体業者としての地位を確立していく事になる。
そうして……帰還したアスラは、センゴク元帥より1つの儀礼への参加命令を受ける事になる。
新たなる王下七武海、『海侠』のジンベエの就任式典である。