第34話−幕間
『海侠』のジンベエ。
魚人海賊団船長、懸賞金額2億5000万ベリー。
それが、新たなる王下七武海となる者の名前。
魚人海賊団は、聖地マリージョアを襲撃したフィッシャー・タイガーが設立した【タイヨウの海賊団】の正当なる後継者とでも言うべき海賊団だ。
3年前、フィッシャー・タイガーが亡くなった後、タイヨウの海賊団は幾つかに分裂した。
その中でも最大の勢力を維持し、更に分裂した幾つかをもその後吸収したのが、魚人海賊団となる。
これらをまとめあげるにあたって、大きな存在となったのが、ジンベエだった。
元の世界風に言えば、昔ながらの任侠の大親分とでも言うべき、仁義に厚いジンベエはそれ故に慕われ、信用されていた。単なる実力だけでなく、それこそがジンベエを魚人の海賊の中でも一際図抜けた大海賊に押し上げたと言ってもいい。無論、その実力自体も王下七武海に任じられるのに十分なものがある。
世界政府としても、魚人といい加減にある程度の和睦を成し遂げたかったという事もある。
魚人島はマリージョアの真下にあり、フィッシャー・タイガーの侵入以降警備は強化されたとはいえ、やはり一番警備上危険な場所にある事には変わりない。
ましてや、海中では魚人と人魚に敵うと考える程、世界政府は能天気ではない。
人魚や魚人の希少価値から、少しずつ数が海賊やら人攫いやらに削られていくのなら、まだ問題なかっただろうが、白ひげが魚人島に対して『ここは俺の縄張りにする』と宣言して以降、海賊の襲撃も人攫いの襲撃もパタリと止んだ。
最終的に、魚人との和睦の条件として世界政府が提案したのが、王下七武海への編入。
これによって、タイヨウの海賊団以来の魚人海賊団への懸賞金を消し、魚人のリーダー的存在たるジンベエに世界政府に措いて一定の地位を与える事で、和解を成し遂げる事になったという訳だ。
ジンベエとしても、向こうが譲歩したのに、何時までも意地を張っても仕方ないという事もあり、双方が折り合った……というのが表向きの筋書きだ。
実際には、まあもっと色々とドロドロした駆け引きがあっただろうが、軍人である俺は知らん。
さて、ジンベエ自身は問題ない。
原作において、彼自身は白ひげへの恩義の為に、自らの地位も命もいともあっさりと賭けた。逆に言えば、それだけ信義に厚い、一度友誼を結べば向こうから裏切るような相手ではない、という事でもある。
むしろ、俺にとっての問題は、この七武海への就任に伴い魚人海賊団から解き放たれた男の事だ。
『ノコギリ』のアーロン。
懸賞金額1億1000万ベリー→2000万ベリー。
……おかしいとは思ったんだ。
嘗てジンベエと肩を並べたとまで言われた男がたったの2000万ベリーしか懸賞金がかかっていないなんて、と。
調べてみれば、理由は簡単だった。
ジンベエは義理人情に厚い男だ。それ故に、世界政府からの条件として、アーロンを魚人海賊団から追放する形となったが、その際に彼にも魚人海賊団への王下七武海と同様の処置を望んだ、らしい。
正確には、その一部、というべきか。
最終的にそれは認められ、それまでアーロンにかかっていた懸賞金は一端リセットされ、0ベリーとなった。
2000万という額は、その後追放されたアーロンが東の海へ流れていく過程で、改めて懸けられた懸賞金額だった、という訳だ。成る程、1度0になってから再スタートしたとなれば、その懸賞金額としても納得がいくというものだ。
……そう、既にアーロンは解き放たれている。
東の海へ入った事は確認されており、既にココヤシ村近辺に勢力を張りつつあるという……。つまりは既にナミの義母であるベルメールは……おそらく生きてはいない。
ちょっと調べてみたが、あの地域担当の海軍支部の責任者は、ネズミ大佐。
調べてみると、実力というか武力でのし上がったのではなく、献金や上へのゴマスリで昇進……どう考えても、アーロンに買収されてるよね!アーロンに対抗可能な武力持ってないのに、特に潰されたりしてないんだから。
俺には打つ手がなかった。
この事件とW7での事件はほぼ時期的に重なっていた為、W7の案件が解決を見た頃には、既にアーロンは東の海へと流れていった後だった。
そして、海軍本部中将を最も平和な海へとほいほい出させてくれる程、海軍は暇な組織ではない。
まあ、今は、ジンベエの就任式に出席しているが。
実の所、これだって、W7から帰還後すぐに行なわれたものではない。
新たなる王下七武海の誕生はある種の一大イベントだ。無論、黒ひげティーチのように比較的地味に行なわれるものもあるが、基本としてプレスにも公開されるし、一定以上の海軍大将ないし中将らの出席もある。特に今回のような、魚人との和解という意味合いもあるものとなれば、尚更の事だ。
さすがに、他の王下七武海は誰も来なかったが。
何が言いたいかというと、俺が帰還してから、しばらくは待機になった訳だ。
いや、実際センゴク元帥からすれば、休暇代わりという意味合いはあったんだろう。今回の件は余り公に出来る話ではないから、表立っての表彰は出来ないものの、司法船への襲撃を防ぎ、権力を乱用した連中によって無実の者が罰せられるのを救うという功績を挙げた事は事実だ。
任務に出ている他の中将ら(の内、式典に参加予定の者)が全員揃うまでにもう少しかかるから、どのみちそれまで任務に出す訳にもいかない。だから、家族とゆっくりしてろ、という温情な事は疑いないし、実際ハンコックや娘のエスメラルダとも久しぶりにゆっくりと一緒にいれたし。
……なに?娘の名前の由来?これは、ハンコックの妹2人が共に花の名前(うん、サンダーソニアもれっきとした花の名前なんだ。ちなみにユリ科な)なので、当初俺はサクラと名付けようと思ったんだが……何だか幸薄くなりそうな気がしたので桜と同じバラ科の品種の中から選んだ。
……こんな名前を知ってたのは、親父がバラが好きで、庭で栽培してたから、幾つか知ってただけなんだけどね。決して、宇宙を行く女海賊の名前から取った訳ではない事だけは断言しておく。
とはいえ、今頃東の海で何が起きてるか知ってる身としては……どこか心にそれがあったらしく、ハンコックからは心配された。というか、心配をかけてしまった。
まあ、今回の事件の事で、と乗り切ったんだが。まあ、完全に嘘じゃない。そうすぐに、世界政府が古代兵器プルトンの設計図をトムは燃やした、と信じてくれるとも思えんからなあ……。うまく隠蔽出来るといいんだが。
……更に問題なのは、俺にはこの休暇後、式典に出た後も任務が入っていた。
ある意味仕方のない話だ。W7は確かに意義のある仕事ではあったし、センゴク元帥も『予想とは違ったが、よくやった』と言ってくれた。別段頭痛をこらえているような様子もなかった。彼には彼なりの正義があるからこそ、権力を使って好き勝手するような輩は許せないという事だろうか。
とはいえ、自分の判断で入れた仕事だけに、他の仕事をこなさなければならない。
今回の式典では、ジンベエと話が出来た。それはいい事だ。
見た目は厳つくとも、原作同様漢気のある、好漢だと話をすればすぐに分かった。……あれは味方にいれば頼もしいが、敵に回せば物凄く厄介な相手だ。
そして、原作同様、もし海軍が白ひげと戦う事態が発生したとなれば……彼は矢張り原作と同じ選択をするだろう。
既にエースとは将来の話をした所、素直に海軍に入るのは未だ拘りがあるらしく、かといって海賊になる、という気持ちにはなれないらしく、しばらく賞金稼ぎをして腕を磨きながら、数年程の間に結論を考えてみる、という話になっている。サボはというと、エースに付き合う、という事らしい。
まあ、すぐにではないが、そうなると原作とは展開が異なるし、将来は海兵となれば……白ひげとも無駄な衝突をしなくてすむのだが。今はまだ、白ひげがいた方が間違いなく、海は平和であり続ける事が出来るんだ。
……そうして、俺はこの式典の後1年余りの間、東の海へと向う事は出来なかった。
そうして、『ノコギリ』のアーロンの消息はぱったりと途絶えた……つまりはそういう事なのだろう。
俺が東の海へと向かう事が出来たのは、翌年、ルフィらの故郷へ向かう里帰りに合わせてだった。