第35話−待ちわびた日
さて、東の海へ向かえるまでに、何があったのか、ざっと書き記してみよう。
当初は通常の任務だった。
俺の任務というのは、基本は各地の支部では対処不能な所への支援だ。更に俺の場合は、この地位に上がってからというもの、新造された艦船のシリーズ、所謂病院船やレスキューシップ、工作船の責任者にもされてしまった。
当初こそ、俺の戦艦みたいに、高価でも一隻にあれこれ詰め込んだが、さすがに無理があると看做されて、専門の船を安く建造して、それを護衛つきで派遣する、という体制に変わった訳だ。
どういう事かというと、最悪海賊に襲われて崩壊した街の再建、その始動段階における海軍側の総責任者にさせられる事だってあるという事だ。
街が海賊に襲われ壊滅的被害を受けた。
よし、じゃあただちに病院船と工作船を護衛つきで派遣する。
護衛に俺もつく、となる場合もあれば、後方から指示を飛ばす時もある。
お陰で、場合によっては同格の中将に護衛のお願いをしに行く事もある。
重要な場所だと(少なくとも現場の支配者である貴族とかがいて、ややこしい場所とかってケースもあるんだ、これが)、俺が直接行って、貴族達と会談、場合によっては国王とかと話をするってのも決して珍しい話じゃない。
……うん、王様とか貴族とかと話す機会も増えたんだ。
そうして、実感した事。こいつら大部分は腐ってやがる……。
偶々会えたアラバスタ王国コブラ王などは積極的に民と交わり、同じ目線で話しが出来る好人物だったが、殆どの連中は普通の民を人とも見ない傲慢な連中がゴロゴロしてた。
なんで、この職になっても、元の世界の如くストレスで悩まされにゃならんのだ……以前と違い、おべっかを使う必要はないとはいえ、話すのが苦痛な相手とにこやかに会談しなければならない、というのは辛いのだよ。
こんな仕事で1年余り追われてる時、その事件は起きた。
医療大国と謳われたドラム王国における医師の大量追放。
うん、新たに王位を継いだワポルによってイッシー20を除く医師が追放されたのだ。この追放された医師を積極的に受け入れたのが、病院船などの登場で船医不足が慢性化していた海軍だった。
……そして、当然のように、俺が責任者にされた。
結果、この間はろくに世界情勢を落ち着いて調べる事さえ出来ず、たまにある休暇もどっかの海に出かけるなんて余裕はない、というか休暇が取れたら、家族と一緒にいないと、普段なかなかいられないのだから、という生活だった。
新たに大量の医師を雇用し、それを配属して……。
それらが終わり、世界情勢もとりあえず落ち着いている、という状況になってようやっと、俺は纏まった休暇が取れ、東の海に向かったという訳だ。
ちなみに今回は、家族一同も連れて来ている。
念の為に言っておくが、ちゃんと許可は取った。さすがに働かせすぎたと思っていたのか、センゴク元帥や大参謀おつるさんの目が妙に優しかった気がしたのは、きっと気のせいだ。
とりあえず、引き受けてくれたサカズキ大将(基本この人は後方勤務が増えた)に後事を託して、俺は久方ぶりの休暇に出た。
……とはいえ、休暇になるかは分からんが。
まあ、精神的にずうっと……小骨が刺さったように気になり続けていた事を片付けると考えれば、いい話なのだろう。
ココヤシ村。
とはいえ、真っ当に戦艦で乗りつけるのはどうかと思うので、周辺の支部(ネズミ大佐の所なんぞ泊められるか!)にて情報収集。
……既に確認した話では、プリンプリン准将が指揮下の部隊を率いて討伐に向かい……返り討ちにあったそうだ。元々見た目には少々アレだったとはいえ、この辺りでは有数の実力者だった事は確かで、それがあっさりと返り討ちにあった事と、残る中では最高位に位置するネズミ大佐が交渉に当たっている、そうしてとりあえず暴れ具合も見境ないというはない、という事で、放置状態になっていたらしい。
……『ノコギリ』のアーロンが。
まあ、分からないでもない。
仮にも元は億越えのグランドラインの海賊だ。正直に言ってしまえば、この辺の海兵では太刀打ち出来まい、という気持ちがある。
だからこそ、彼らは事なかれに走ってしまったのだろう。……だが、それも今日で終わらせる。
その信念を持ち……だが、海軍が来たと知られては、ネズミ大佐が隠蔽工作に走る可能性もある、と敢えて少数でココヤシ村のアーロンパークへと向かった。
ちなみに服装は何時もはどこかのマフィアのようなスーツ姿だが、今日はカウボーイハットにカウボーイみたいな上と…まあ、下は普通のズボンだけど、色は統一してるぞ、そんな格好で向かった。
「シャハハハハ!いいって事よ、何を今更水くせぇ!いい世の中ってのは金がうまく回るもんさ!」
「チチチチチチ、いや、今回もありがたく受け取らせてもらうよ」
その頃、新たに築かれたアーロンパークでは、アーロンと海軍第16支部責任者ネズミ大佐が正に癒着そのものの光景を展開していた。
アーロン一味の幹部たる立場に置かれているナミだったが、この光景を見る度に苛立ちが募る。
裏切り者と看做されようとも、アーロンから1億ベリーで、この島を買い取るという約束をしたが故に、彼女としては海図を描き続けるしかない。力で太刀打ち出来ない以上、ある意味この光景は彼女にとっては金さえ溜めればと信じられる光景でもあるのだ。
「じゃあまあ、頼むぜ?」
「チチチ……任せたまえ、海軍本部には何時も通り、何も問題はないと伝えておくとも」
アーロンにしてみれば、この金で海軍本部から厄介な相手が派遣されてこなければ、それで十分元が取れる。
グランドラインにいた頃のアーロンは嘗て天竜人の奴隷とされていた事もあり、人という種族に憎悪を抱いている1人だ。だが、海軍の上層部というのは極めて厄介な相手が揃っている。それを認めない程アーロンは馬鹿でもない。
魚人海賊団にいた頃は、大将クラス相手とかはともかく、十分に対抗可能な戦力があった。
しかし、今はそうではない。
元々、タイヨウの海賊団に入った後、ジンベエと肩を並べていたと言われていたが、確かに単純な実力では最初はジンベエと肩を並べていたかもしれないが、何時しかその差は開き、魚人海賊団でも信望はジンベエに集まり、アーロンは魚人海賊団のジンベエの配下の1人として周囲からは看做されていた。
この辺の事情を軽く説明すれば、人という種に憎悪を抱き、なまじっか自分の力に自信のあったアーロンは魚人の能力頼りの喧嘩殺法で暴れてきた。
一方、人にも認めるべき相手はいる、という姿勢を持つジンベエは、フィッシャー・タイガーに師事して魚人空手と魚人柔術の達人となっていった。
あくまで喧嘩殺法のアーロンと達人からきちんと武術を学んだジンベエ。その実力差は同じ魚人であるが故に次第に明らかなものとなっていった。とはいえ、アーロンは人を憎悪する反面、同じ魚人の事はきちんと認められるだけの理性がある。だからこそ、アーロンは嘗ては肩を並べたジンベエがフィッシャー・タイガー亡き後、自分の上に立つ事も認めた。
ただ、王下七武海に入る事は許せなかった。
それは人に膝を屈する事になるように感じられたからだ。
無論、アーロンとて頭では理解している。このまま魚人が世界政府の敵と認識されるのは拙いと。ただ、理性と感情が一致するかは別問題だ。
だからこそ、ジンベエが七武海に入るのを悩みぬいた末に決断した後も、同じように納得いかない面々と暴れ回っていた。とはいえ、これは同時に、ジンベエの七武海就任に納得いかない者を、感情を理性で抑えられない者を自分の元に集めていたという面もある。
そうして、自分はそうしたある意味魚人のハズレ者となった者達を引き連れて魚人海賊団を出た。そのお陰で、ジンベエの七武海就任において、これ以上海賊団内部に騒乱は起きなかった。
別に犠牲になったつもりはない。ジンベエに謝られても、却って腹が立つ。現状はあくまで俺が納得した上で、選んだ結果だからだ。誰に強制された訳でもない!
とはいえ……。
その結果として、選んだ道が唐突に終わりを告げる事になるとは、アーロンも……そして、同席していたネズミも考えもしなかった。
「見つけたぞ」
突如として現れたカウボーイスタイルの男性、顔もまた大きめの帽子に隠れてはっきりとは見えない。
「2000万ベリーの賞金首『ノコギリ』のアーロン……と海軍第16支部のネズミ大佐か」
「シャハハハハ……なんだ、賞金稼ぎか?」
ゆらり、とアーロンは立ち上がる。
こうした連中は決していなかった訳ではない。嘗て自分に懸けられていた賞金額からすれば、今の賞金額は5分の1以下だが、それでもこの平和ボケした東の海では最高額クラスだ。さすがにネズミ大佐も彼の懸賞金を無しにする事は出来なかった。
身の程を知らずに首を狙ってくるものはいるが、まあ、実際問題としてグランドラインの賞金稼ぎ達にしてみれば、割が合わない。億越え級の実力者を倒して得られるのが2000万ベリーでは、わざわざ東の海まで行く気が失せる。
かといって、普通に2000万ベリーを高額と思って、やって来る程度の賞金稼ぎにやられる程アーロンは弱くない。
ただ、言おう。
今日ばかりは彼は運が悪かった、と。