第36話−戦う者達
アーロンとアスラ。
両者の踏み込みはどちらともなく、ほぼ同時だった。
互いに真っ向からの拳の一撃。
ほぼ互角に跳ね飛んだ両者だったが、これだけでも、双方とも互いの力量を感じ取っていた。
『さすがアーロン。殴り方は力任せなのに、これでもこちらと真っ向やり合うか。魚人の怪力は侮れんな』
『ちっ……技で俺の力と相殺しやがった。こいつ、単なる自信過剰なんかじゃねえ』
表面上は変わらぬ素振りを見せつつも、空気は緊迫の度合いを増した。
早い話が、双方とももう少し本気を出す事にしたという事だった。
その一方で蹂躙されている者達もいる。
もちろん、子分達はアーロンの事を信頼してはいたが、信用する事と何もしないのは違う。
特に幹部と呼ばれる面々の中でも武闘派の面々、タコの魚人であるはっちゃん、エイの魚人であるクロオビ、キスの魚人であるチュウの三者は、しかし、翻弄されていた。
誰に?
それぞれを見ていこう。
「にゅっ!?」
めこり、とはっちゃんが地面に叩きつけられた。
先程から同じような展開が続いている。
目の前には、ちょこんと不思議そうな様子で、アリスが座り込んでいる。
「ま、まだまだ……にゅっ!?」
諦めずに起き上がろうとした所を、いいから寝てなさい、とでも言わんばかりにはたかれて、また地面に沈んだ。
軽くやっているように見えるが、当初はっちゃんは自慢の六刀流で斬りかかったのだが……。
「蛸足奇剣!」
「ふみゃあ!」カキンカキンカキンカキンカキンカキンカキン
「にゅ、にゅっ!?」
と、鉄塊で弾かれた所へ、鉄塊がかかったままの前足で一撃。爪は立てていないが、何しろグラン・タイガーの魚人すら上回る怪力でもって、しかも鉄塊つきの一撃だ。アスラが『鉄槌』と呼ぶ、この一撃ではっちゃんは地面にめり込み、以後は意識が戻って起き上がろうとする度にはたかれるという光景が続いていた。
ちなみにアリスの周囲には、はっちゃんを助けようとした他のアーロン一味の魚人達がこちらは起き上がる事さえ出来ずにめり込んだままになっていた。
一方、クロオビを相手どったのはサンダーソニアだった。
ちなみにこちらも一方的なものと化しつつあった。
原作で披露した覇気の力で相手の動きを読む、という手法を既に身につけていた彼女は、結果クロオビでは到底太刀打ち出来なくなっていた。
というか、まあ、修行する事を選んでから鍛錬してもらった相手は海軍本部の佐官以上に、場合によっては将官まで加わる。
更に実戦経験を積むと称して、アスラに連れられてグランドラインの海賊達とやり合う事もあった。
お陰で、こうして、クロオビの攻撃にも冷静に対処が出来る。加えて、彼女にはもう1つ有利な点があった。
『……先だって、魚人空手の達人という方にお相手していただけたけど……あの方と比べると遅いわね』
威力、速度、練りこみ具合全てが格下だった。
とはいえ、これはクロオビを責めるのは酷だろう。何しろ、サンダーソニアが先日相手をしてもらった相手というのは他ならぬ王下七武海の一人、ジンベエだったからだ。
偶々、海軍本部に用件があってやって来たジンベエを見つけたアスラが、この後取れる予定の休暇でおそらくアーロン一味と戦うだろうと考えていた事から、彼女らに稽古をつけてもらえるよう頼んでいた。
ジンベエとしては別に断っても良かったのだが、就任式以来の知り合いであるアスラの頼み(実はアスラは王下七武海の面々、特に武を誇るミホークとジンベエの2人とは積極的に接して、鍛錬密度を上げていたりする)である事と、サンダーソニアとマリーゴールド2人が鍛える願いが、姉を姉の子供を、自分達の家族を守れるだけの力を手に入れたいと知り、そういう事なら、と軽くではあったが、稽古をつけてくれたのだった。
結局、この後もクロオビは翻弄され続け、息切れした所を狙って獣人化した彼女の蛇スラムの一撃でクロオビはその意識を刈り取られる事になった。
チュウを相手どったのはマリーゴールドであり、こちらは3名の中では一番善戦していた。
マリーゴールドだが、実は外見は原作とは大分異なる。
食事とトレーニングによって体を作った……要は相撲取りと同じやり方でやったのではなく、純粋に海軍の鍛錬方式で体を作った彼女はかなりすらりとした体を保っており、最近では海軍中佐の1人といい雰囲気な所が密かに目撃されたりしてたりする。
「水鉄砲!」
「紙絵!」
もう1つの理由として、チュウの戦い方もある。
チュウの戦い方は基本は銃砲使いと同じ遠距離攻撃、一方マリーゴールドの攻撃は基本は格闘戦の距離だ。
つまりは、距離を取られるとマリーゴールドとしては毒液ぐらいしか、戦い方がない。
かといって、姉程覇気の扱いが得意でない彼女は、動きの先読みも難しい。
どちらかといえば、マリーゴールドはサンダーソニア以上に六式に適正を見せ、現状鉄塊・紙絵の二式使いとなっていた。防御を優先して覚えたのは、密かにいざとなれば姉の盾となって、という覚悟を持っていた為だったりする。
幸い、使う機会はなかった訳だが、今はその機会を存分に発揮していた。
とはいえ、接近戦闘に持ち込まねばどうにも手の出しようがない。剃でも覚えておくべきだったかと悔やみつつも、マリーゴールドは焦りは見せる事なく……というか焦りを見せたが最後、上の力量の相手からは完敗を喫してきた為にあくまで心の動揺を抑えつつ、隙を窺っていた。
優勢に戦いを進めているチュウだが、こちらはこちらで焦りを内包していた。
何しろ、自分の攻撃が通用しない。
距離を取りすぎればひらひらと避けられ、偶に命中コースに乗っても、弾かれる。自分の不調かとも思ったが、ハズレ弾の着弾痕を見れば、そんな事がない事も分かる。となれば、相手が何らかの力量でもって、自分の攻撃を凌いでいるという事になる。
『悪魔の実か?』
とも思ったが、変身した姿を見れば、ヘビヘビの実系統の1つ、おそらくはモデル:キングコブラ。
どういう仕掛けかと思ったが、なまじ自分の技に自信を持っていた事もあり、チュウは今度こそ、とばかりに攻撃を仕掛けた。
そして、それが勝負を決めた。
焦りを心に仕舞い、冷静さを保ち続けたマリーゴールドに対して、焦りから彼女しか見えていなかったチュウ。彼らの決着はチュウの水が切れる、という所からチュウが破綻を迎えた。
水の補給を忘れ、カラになった事に気付いて、そちらに意識が向いた一瞬に、マリーゴールドが間を詰めた。
『蛇神憑き、炎の蛇神!!』
ここが決め所とばかりに、試しに開発しつつあった技でもって全力で叩き込まれた一撃は、見事にチュウを直撃。
これを沈黙させた。
そうして、それぞれが決着をつけた頃、アスラとアーロンもまた、決着がつきつつあった。