第37話−魚人アーロン
アスラとアーロン。
両者の激突はアスラの踏み込みが早かった。
『剃』
無言のままに、瞬時に自身の間合いの内へと踏み込み。
『指銃・黄蓮!』
片腕による指銃の連射を行なう、が。
「……浅いか」
間を詰められたと気付いたアーロンが瞬時に筋肉に力を入れ、『鉄塊』そのものには及ばないものの、恐るべき頑強さを発揮した。
確かに刺さりはしたが、それはいずれも浅く、筋肉を貫くには至っていない。そして、アーロンはと言えば、この一撃で相手の素性を察しつつあった。
「今のは……成る程な、手前の正体読めてきたぜ」
アーロンは先だってまで、グランドラインにいた海賊だ。
当然、その中には海軍の人間もいたし、六式(の一部)の使い手もいた。
先程の技は間違いなく六式の1つ、指銃(シガン)。その応用技。
六式は海軍の技だ。少なくとも、全く関係のない海賊が使うような技ではない。となれば、目前のこの男の正体として可能性は幾つか上げられるが、うち1つは退役した海軍将校。だが、退役したにしては技の切れがある。
そもそも、六式の1つを使ったと仮定するならば、先程の踏み込みも同じだろう。
六式の内2つを使い、片方に至っては応用技を使えるような相手をほいほい手放す程、海軍は暇ではあるまい、だからこの可能性は最も低い。
もう1つは、こいつが海軍を脱走した相手だという事。だが、そんな輩は普通は海軍から手配されて海賊となるし、そもそも自分とやり合う必要などあるまい。
となると可能性の高いのは2つ。
1つは政府系のCPなどの組織による自身の抹殺。
もう1つが現役の海軍将校による……自分の行動を知っての討伐か…いや、単なるそれなら私服の意味がない。休暇かそれとも、ネズミの行動を知って、そちらもまとめて捕縛する為か……。
まあ、ネズミが破滅しようが、知った事ではないが……改めて海軍将校を買収するのは面倒だ。
この辺りを瞬時に脳裏で計算し、改めて全身に力を入れる。最早、彼には油断も手抜きも存在しなかった。
一方アスラはアスラでこう考えている。
先程の反応は、早かった、果たしてこんな奴に原作初期のルフィが太刀打ち出来るのだろうか?
『原作より強いんじゃないのか?こいつ……』
だが、少し考えてみれば、当たり前かもしれないと思いなおした。
何しろ、今目の前にいるアーロンは1年程ちょっと前までグランドラインにいた。これに対して、原作のアーロンは8年近くに渡って東の海に位置し、周辺を支配して、強者と戦う事もなかった。
当然、如何に自分で鍛えようとも、なまじ正当な武術ではなく、喧嘩殺法で戦ってきただけに鍛え方も自分流とならざるをえず、実戦から遠ざかったとなれば、その力量はどんどん落ちていく。
そうすると……今目の前にいるのが、最強の頃に近いアーロンという訳か……。
面白い。
ならば、しばし純粋な武術のみでお相手させてもらおうじゃないか。
『嵐脚・断!』
連撃を考えずに放たれる嵐脚が一直線にアーロンへと向かうが、アーロンはこれをかわす。
「鮫・ON・DARTS!」
瞬時に襲い掛かってきたアーロンの歯の一撃を。
「紙絵」
ひらりとかわし、更にカウンター。
それをかわし、牽制とばかりに掌に掬った水を弾丸の如き一撃で放ってくる。
かと思うと、アーロンが取り出した巨大なノコギリ『キリバチ』を振るってきたが、こちらは『鉄塊・剛』でその歯ごと砕く。
確かに、強大な腕力により吹き飛ばされはしたが、それだけだ。
アーロンはミホークの剣術に遠く及ばない。いや、そもそも剣術を修得していない。魚人の能力に、その中でも一際優れた腕力を誇る自らの身体能力にあぐらを掻き、正当な鍛錬を怠った。
人という種は魚人のように怪力を持たず、水中で自在に行動出来る訳でもない。
海王類に比べれば、遥かに矮小。
しかし、それを技で、技術で、数で克服し、世界政府として、この海だらけの世界で魚人や人魚をも支配体系に組み込んでいる。
周囲を見回せば、アリスが早々に決着をつけて、こっちを興味津々に見ていたのは知っていたが、どうやら一番梃子摺っていたマリーゴールドも終わったようだ。
「そろそろ終わりにしよう、アーロン……どうやら周囲の決着もついたようだしな」
「抜かせ……!」
アーロンの形相は凶悪なものとなっている。
部下が全員やられた、というだけではない。
既にアーロンにも分かっていた。この目前の男は強い。それこそ自分が手加減される程に……!
おそらく、こいつはまだ何かしら力を隠している。そう見たアーロンの予想は正しく、これまでアスラはあくまで六式のみを使い戦っていた。悪魔の実の能力も一切使わず、攻撃の無効化も行なっていない。その全てを受け止め、かわしていた。
単なる喧嘩殺法で六式とやり合う。その凄まじさはアスラも認めていた。成る程、グランドラインの億越えにこれなら値する、と。
だが。
それだけだ。
アーロンからすれば、水中へと逃げ込んで、自身へと有利にしたかったが、アスラはそれを許さなかった。
何しろ、移動速度で言えば、六式を使うアスラが遥かに優位に立つ。
剃で回り込み、水中への道を断ち、空中から飛び込みを図れば、月歩で空を舞い、動きの制限されたアーロンを内陸へと吹き飛ばす。
荒い息をつきながら、アーロンは水中への逃亡は断念せざるをえなかった。これ以上水中へ飛び込む事を狙えば、それが自身の隙となり、体力を削られ続けるだけ……。
なら、己の最高の技で葬るのみ……!
「受けてみろ…!鮫・ON・歯車(トゥース)!!」
全身を捻り、回転しながら突進する。
自らの身体能力頼りの喧嘩殺法を得意としてきたアーロンの最強の技、自らの肉体による全力の一撃をアスラは。
「鉄塊……真剛!」
真っ向より受け止めた。
単なる剛、ではない。自らの肉体を悪魔の実の能力によって金属とした上で行われる鉄塊・剛。その強度は本来鉄を砕く威力ならば粉砕される鉄塊を遥かに上回るものとなる。基本の強度がタンパク質で構成される肉ではなく、重金属が基本となるのだから当然かもしれないが、結果。
「ガッ………!?」
アーロンの一撃をも弾いた。
自慢の鼻もへし折れ、よろけるアーロンの懐に踏み込み。その一撃を拳に籠める。
「拳砲」
それは己の最高の一撃。
欠かさず積み上げられてきた鍛錬の結晶。
だが、それだけではない。単発故に足りなかったものをここに籠める…!
「斉射三連!」
大気を引き裂き、音すら置き去りにして放たれた一瞬の三連撃。
撃ち込まれ、アーロンが吹き飛んだ後になって、正に砲撃の如き轟音が遅れて響き渡る。
転がったアーロンが起き上がる気配は、もうなかった。