第40話−ゴア王国
SIDEハンコック
東の海で最も美しい国と呼ばれる国、「ゴア王国」。
最も、アスラに言わせれば、『天竜人の真似事を悪い意味でしている国』『東の海で最も心が腐敗した国』だという。
確かに、国の都の内部は美しい。
こうして、歩いていてもゴミ1つ落ちておらず、浮浪者の姿もなく、活気に満ち溢れている、ように見える。だが、その実、王国軍による通称ゴミ狩り部隊によって、人さえもゴミと看做し都の外に捨てている、確かに人を人として見ない腐った国だ。
この国の貴族達は天竜人を確かに、思い出させる。
彼らもまた、いや、天竜人こそが本家なのだが、自分達とそれ以外で区別し、人を人として見ない点では同じだ。
そもそもアスラ自身は余りこの都には来たくなかったらしい。
彼の目的自体はフーシャ村であり、そこに住む村長や酒場のマキノら、ガープ中将と知り合いであり、エースやルフィにとってのもう1つの家族とでも言うべき人達だ。
だが、今のアスラの立場がそれを許さない。
実際、フーシャ村に直行する事も出来ず、まずはゴア王国王都にやって来たのは挨拶の為だ。本当の目的は黙っておいて、表向きは海軍本部による表敬訪問という形になる。
アスラは現在海軍における後方勤務本部長とでも言うべき職責にある。
当初は病院船や工作艦などの支援艦全般の扱いだったのが、何時しか補給の為の艦艇まで押し付けられ、当然その護衛部隊に関してもある程度独自の権限を与えられている。銀河英雄伝説など未来のそれと異なるのは、本人が最近は偶に、になってしまったが、なまらない程度に前線に出たり戦闘訓練を積んだりしている事ぐらいだろう。
実の所、海軍内部においても、現在のアスラが有する権限は相当にでかいが、地味な裏方な為、あれもこれもと押し付けられて気付けばこうなってた、というのが正しい。
これに関するアスラ自身のコメント、『まるで旧日本帝国海軍みたいだ』。
まあ、補給の重要性が理解出来てない訳ではないのだが、やはり派手で見栄えがする前線勤務に就くのを好む者が多いのは事実だ。
話を戻そう。
とにかく、その職責と立場などからアスラは各国王侯貴族との面識も深くなり、知名度も上がりつつある。
ただし、別にこれが羨まれているという訳ではなく……書類仕事が忙しい事を理由に他の大将中将に頼んだりしているのだが、最近は皆何だかんだで逃げてしまうから、しょうがなく国際会議やらに出席している面もある。
これに関する以前に代わりに出席したオニグモ中将曰く『精神的に物凄く疲れる、メシも喰った気がまるでせんかった』だとか。
まあ、何が言いたいかというと、アスラ中将という本人が望むかどうかはさておき、王侯貴族の間でネームバリューが高まりつつある人間が、まあ、本人に言わせれば『俺は世界政府の外交官じゃねえんだぞ!?』になるが、別に向かう場所があって補給に立ち寄っただけ、ならともかく、そんな人物が王国にやって来て、ろくに知られてない村の人間に会いに来ただけで、はい、サヨナラ、なんてやらかしたらゴア王国の面子丸潰れだ。
結果、アスラは、全然用事もないのに、ゴア王国王都にやって来て王族に挨拶に向かい、今晩は今晩で晩餐会に出席予定になっている。
一応、明日は家族サービスを兼ねて、王都を回る事にしているようだが……本当はさっさとフーシャ村に行って、のんびりしたい、というのが本音だろう、としがらみが多くなったものだとハンコックは苦笑する。
ちなみに、本日ハンコックは王都の中心街に子供達と一緒に出向いている。
もちろん、彼女らだけではなく、サンダーソニアとマリーゴールドがついてきている。アリスは残念だが、何しろ見た目が見た目なので戦艦でお留守番だ。
娘のエスメラルダは今年6歳。新たに生まれた息子、カルラはまだ1歳になったばかりだ。
(ちなみに息子の名前はアスラが自身の名前から取った阿修羅と同じ八部衆の内、彼が覚えてた名前から取ってたりする)
エースやサボはもう14歳、もうじき15歳になる。サボは詳しい年齢を言いたがらないが、同い年ぐらいだろう。ルフィもはや11歳だ。……まあ、ルフィはガープ中将の性格を本当に受け継いだ、というか……何故こうもガープ中将に似たのだろう?と皆不思議がっている。
サボは、このゴア王国には余り来たがらなかったのだが……今回はうちの家族全員がしばらく出かける、という事でついてきた。あの屋敷に一人ぼっちなのは寂しいだろうし、かといって同僚に預けようにも、始終誰かが海に出ている状態なので、誰かに任せる、というのが難しかったからだ。
とりあえず、エース達は王都の外、『不確かな物の終着駅(グレイターミナル)』に行くつもりらしい。
まだ、フーシャ村にいた頃、信じられない話だが、エースはガープ中将に山賊に預けられていたらしい。……型破りな人ではあるが、本当に何をしていたんだか。
それで、当時色々と見つけて隠していたりした物などをルフィに見せてやろう、という事らしい。
……正直、ゴミの山という事で余り行かせたくはないのだが、汚いからといって止めるのは、そこに住む人々、その中には捨てられた人達もいる、を否定するようで、嘗ての天竜人の奴隷だった身としては言いづらい、というか言いたくない。まあ、女の子であるエスメラルダは連れて行かないという事だし……これは純粋に治安が悪いからだ。親の欲目を差し引いても、エスメラルダは綺麗な子だし。
だから。
「しょうがないわね、余り遅くなりすぎないようにするのよ」
そう言うしかなかった。
が、直後駆け出そうとした、サボがぎょっとした顔で急に立ち止まると、私の後ろに隠れた。
何かあったのだろうか?エース達も『ん?』という顔になっているが、当のサボはブロックサインで『すまん、先に行っててくれ』と、どこか焦った様子で合図している。
ルフィは正直、余りというか全く空気が読めない子だが、エースはきちんと読める子だ。
だから、ルフィが大声で『サボー、どうしたんだ?』と言い掛けたのを『サ』の段階で口を塞いで引きずっていった。
さて?と思った所へ、声をかけてきた相手がいる。
「これはこれは、美しいお嬢さん。失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいですかな?」
シルクハットに燕尾服。
ちょび髭の小太りの男だ。だが、着ている物はかなり上質だし、身のこなしそのものは洗練されており、卑しさはない。おそらくはゴア王国の貴族だろう、と素早く推測する。
しかし、自分が美女の部類に入る事は客観的な視点から見ても否定しないが、だからといって、赤ん坊を抱いている女性に対してそんな言葉をかけてくるか、と密かに思う。まあ、実際は原作にはない柔らかさと、日々が幸福に満ちた生活が送れている為に原作以上の人を魅了する美女っぷりだったりするので、男性からすれば、いや女性から見ても物凄く魅力的で子供を抱いていようが何だろうが気にもならない程、お陰で周囲からの視線が凄かったりするのだが、ハンコック自身はそうした視線に慣れてしまっていた為に全然気にしていなかっただけだったりする。
「ハンコックと申します。現在入港中のアスラ海軍本部中将の家内ですわ」
とはいえ。
これを告げれば、まあ普通は引くのだが。誰だって海軍本部の人間を敵に回したくはない。これでも平然と手を出してくるのは天竜人だけだろうと思うし、だからハンコックは絶対彼らがいそうな場所、いる場所には行かないようにしているのだが。
実際、この時も貴族と思われる男性は、『そ、そうでしたか。いや、私はこの国で貴族を務めている者でしてな、それなら今晩の晩餐会でお会い出来るかもしれませんね』と言って、そそくさと離れる。
無論、ハンコック自身も『ええ、そうですわね』と当たり障りのない答えを返してはいるが、無論出るつもりは毛頭ない。
あんな魂の腐ったような連中がうようよしているような場所はもう2度と顔を出したくはない。
ちなみに男性はサボには目も向けなかった。
まあ、大体ハンコックの傍にいれば、男性は彼女に視線が行ってしまい、まだハンコックすら上回る背丈と体格を持つ美形であるアスラならともかく、サボのような子供にはまるで注意がいかなくなる。
ちなみに、どこか天然な雰囲気を持つエスメラルダは、と言えば、サボ『お兄ちゃん』に手を繋いでもらって、ニコニコとご機嫌だった。少女本人も実に可愛らしいのだが、何しろまだ6歳だ、成人男性となるとハンコックにどうしても目が行くのはしょうがない。
さて、男性の姿が雑踏に紛れたのを確認した後で、ハンコックはサボに問いかけた。
「さて……行ったようじゃが、どうする?エース達の後を追うか?」
「えーと……いや、やめとく。今日は素直に船に帰るよ」
サボがそう答えたのは、無論まだ、あの貴族の男性が傍に——そう、ハンコックは薄々察して黙っていてくれたが、あれはサボの父親だった——いる可能性があったからだが、それ以上に。
「お兄ちゃん、行っちゃうの?」
と寂しげな瞳で、そうまるで捨てられる子犬のような瞳で悲しげにサボの顔を見上げたエスメラルダのせい、というのが正しいだろう。まあ、エスメラルダを泣かせたら後が怖い、というのも間違いなくあるだろうが。
結局、この後彼らは家族揃って、中心街を回り、美味しいものを食べて、買い物をして、と楽しんだ後軍艦へと戻る事になる。エースとルフィは帰って来なかったが、夕方になると『不確かな物の終着駅(グレイターミナル)』から王都へ入るのは非常な危険を伴う事から、ついつい遊びすぎて帰りそびれたのだろう、明日帰って来たら叱らなければ……そう考えていた。
その晩、グレイターミナルが業火に包まれるまでは。