第41話−動く者達
地位や立場というものは厄介だと思う。
元の世界でサラリーマンをしていた時代は早く上へといきたいと思っていた。それが子供が早く大人になりたい、と同じものでしかなかったと気付いたのは、こちらの世界に来て何時の頃だったか。
子供の頃早く大人になりたい、と願っていた者でも、実際に大人になると子供の頃に戻りたい、と思うのはよくある事だ。
そして、俺は現在の地位、海軍本部中将となってから、何度めか知れないが、『もっと気楽だった頃、階級が低かった頃に戻りたい』、今更そうもいかないと分かっていても、ふとそう思う時があるのだ。
特にこんな、貴族連中と腹の探りあいをしながら、ろくにメシも喰えずに会談してる時なぞは。
実際、彼が今までに出会った王族の中で、真っ当な人間は2人。1人はアラバスタ王国国王コブラ。もう1人は昔の名前は捨てたと言っていたが、話と外見からするに原作でカマバッカ王国にいって帰って来たらオカマになって国が崩壊したという王、だったオカマ。
だが、偶然から話を聞けば、彼の心は、彼の瞳に写るものは違っていた。
よくよく考えれば、息子がいたのだ。彼がおかしくなったとしても、本来は息子たる王子がいれば国は存続出来たはず。たとえ無能であっても、周囲にいた貴族達が祭り上げれば、王国の存続には問題なかった筈なのに国の崩壊にまで至ったのはカマバッカ王国女王エンポリオ・イワンコフの思想に触れたから。
後に革命軍として知られる思想に賛同し、(色々な意味で)目覚めたからこそ協力して王や貴族によって支配される国を崩壊させた。
もっともそんな相手は僅かな例外のみ。支部の海兵とて、大概の貴族達にとっては小間使い程度の感覚でしかない。
だが、それが海軍本部中将となれば話は別、立派な王国でも一定以上の礼儀を持って扱われる。
はっきり言ってしまえば、本当の意味での将官は『偉大なる航路(グランドライン)』にしかいないからだ。いや正確には生きている者は、というべきか。先だって、アーロンに殺されたプリンプリン准将は殉職と認められ、海軍本部准将の地位を正式に贈られている。死後に、だが。
二階級特進とかはないのか、と思うかもしれないが、元々支部と本部では実質的な扱いとしては三階級相当の地位の差がある。
先だっての第16支部長ネズミ大佐も、一度『偉大なる航路(グランドライン)』に入れば、大尉相当としてしか扱われない。
従って、支部の人間が殉職した場合は海軍本部の正式将官として認められる、というのが正式な扱いになっている。ちなみに佐官までは支部所属相当で二階級特進(支部大佐の場合で支部少将)となるのは、その方が遺族年金とかが良いからだったりする。
まあ、何が言いたいかというと、海軍本部中将というのはかなりなステータスだという事だ。
だからこそ、突然の訪問にもこうして晩餐会などが開かれたりする。もっとも、俺の場合はもう1つ事情があって、昨今の諸事情のお陰で海軍の交渉ごとの顔になっているせいもあったりする。
……逃げるんだものよ、皆。
とはいえ、そのせいでこちらに挨拶してくる面々に応対していた為に、俺から離れた所で相談している者達には気付かなかった。
『どうする、まさか本部中将が来られるとは』
『なに、街に出られるのは明日だという。今晩の内に片をつけておけば問題はない』
『若いが、海軍における重鎮であり、海軍の外交担当とも言える御仁だからな。このゴア王国でゴミが転がっているという話を持ち帰られては困る』
『左様、世界政府のお役人、ましてや天竜人様に声が届いたらと思うとぞっとするわ』
『既に手筈は整っておる。ゴミはゴミに片付けさせるのが一番じゃて』
笑いあうその姿からは、ごく普通の老人達による雑談にしか傍からは見えなかった。そこには命を奪うという緊張感がまるでなかったからだ。
そして、貴族達がその内容を耳にした所で、気にもとめなかっただろう。何故なら、彼らにとってそれは当たり前の話だったからだ。彼らに人の命を奪う、という感覚はない。
彼らにとって、『不確かな物の終着駅(グレイターミナル)』に生きる人々も、手駒となって動く……偽りを信じ、貴族となれると思って動く海賊ブルージャムも、いずれも自分達と同じ人だと見えていない。彼らはゴミであり、道具でしかない。それならば、不要になれば焼却するのは当然だからだ……。
そうして。
その日の夕方、グレイターミナルから一斉に火の手が上がった。
SIDEサボ
サボは必死に街の中を走っていた。
エース達はまだ帰って来ていなかった。そして、この暗くなる中燃え上がった炎。それは轟々と音を立てて、壁の向こうを真っ赤に染めている。ゴミは多数の生ゴミを含有している。言い換えるならば、多湿でそうそう簡単に燃えるものではない。熾火のように自然発火によって燻る事はあっても、あれ程の大火となる筈がないのだ。
では何故、走り抜けた中心街の中で広がる噂ではブルージャム海賊団の仕業なのだという。海軍本部の戦艦が来た事で、彼らを帰らせる為に大規模な火事を起こしたのだと噂されている。
だが、サボは薄々悟っている。
そもそも、あれだけの大火となれば、大門にまともに近づく事さえ出来ない筈だ。それなのに、何故ああも確定したかのような噂が広まっているのか。
……おそらく、黒幕はこの国の貴族達。
大門の前に到着したサボは、壁の向こうにきっと人がまだいるであろうに、救援活動も何も行なわず、水も持ち込まれず、大門を閉鎖して、ただ武器だけを持って壁の向こうを警戒している軍人達を見て、確信した。救出活動を行なうつもりがあるのならば、例え火の勢いが激しくて消火を諦めざるをえなかったとしても、消火の為の水ぐらいはそこらに置きっ放しになっていてしかるべきだからだ。
必死になって、サボは兵士に訴えたが、邪魔だと突き飛ばされ、殴られた。
如何に同年代に比べれば鍛えているとはいえ、所詮サボはまだまだ子供。複数の軍人相手では到底太刀打ち出来ない。
どうすれば、そんな時、空を駆ける人影に気付いた。
SIDEアスラ
くそ……っ。
引き止められて、高町に泊まる部屋を与えられた俺は自分の迂闊さを呪っていた。
夕方暗くなる頃に突如燃え上がったグレイターミナル。
そうして、問い合わせた貴族から発せられた言葉。
『いやいや、ただ単にゴミを焼却してるだけでして……世界政府には我が国にはゴミなどないとよろしくお伝え下さい』
あそこにも、人は暮らしているのではないか、という問いにも平然とした……いや、何故そんな事を言うのか分からない、という顔で彼らは答えた。
『人?確かにあそこに住み着いている生ゴミはいますが……気にされるような事ではないでしょう?』
……この瞬間俺は悟った。
長年の教育の結果として、彼らの価値観、視点は根本的に俺と異なる。彼らにとって、この国における『人』とは高町に暮らす人間で、百歩譲って中心街で暮らす人間まで。グレイターミナルの住人は彼らにとって、元の世界でゴキブリを潰すのと感覚的に変わらないのだと理解せざるをえなかった。
……正直、悪寒が走った。
目の前の貴族という存在が、自分とは全く別の生物にしか見えなくて……。
俺はその場を離れ、月歩で背後からの引き止めるような声を無視して天を駆けたが、それはこれ以上この場にいる事に耐えられなかったのも間違いなく、ある。
そうして、天を駆けた俺が大門の近くまで来てみたが、矢張り門の外は業火に包まれている。
ふと下を見ると、サボの姿が見えた。
軍隊に突き飛ばされた姿を見て、即効で降りて、おそらく執拗に食い下がっていたのを鬱陶しく思ったのだろう、いい加減にしろとばかりに銃床で殴り倒そうとする軍人を逆に蹴飛ばしておく。
少々これまでの苛立ちが篭っていたせいか、10mばかし飛んだ気もするが、まあ死んではいないだろう。
「大丈夫か?サボ」
「アスラ……エースとルフィが……2人がまだ帰って来てないんだ……!きっとまだ壁の向こうにいるんだ!」
すがってくるサボの言葉に鋭く舌打ちする。
無論、ついつい夢中になって遅くなっただけ、という可能性もあるが……この状況から考えるに一番可能性が高いのはブルージャムらの会話なりを耳にして、拘束された可能性が高い、か。殺されてはいないと信じたい所だが……。
「アスラ、これってやっぱり……この国の貴族とかが?」
「……ああ」
隠しても仕方がない。俺はサボもまた、この国の貴族の出身である事を知っている。
それだけに、薄々察しているんだろう。
当初現れて仲間を蹴り飛ばしたた俺に銃を向けたが、俺の正義のコートを見て困惑して銃を下げたゴア王国軍に事情を説明する。『英雄』ガープの孫が壁の向こうにまだいる、という事を知り、最初は困惑し、次第に混乱してゆく。
まさか、『遊びに行ってた海軍中将(それも知名度が物凄く高い)のお孫さんをまとめて焼き殺しちゃいましたあ』となったら、まず責任を取らされるのは……この国の貴族達ではなく、作戦実施の責任者である軍人達だ。
混乱しつつも、責任者と思われる軍人が泡を食った様子で俺に説明、という名の言い訳をしてくる。
あれこれ言っているが、要は。
『今更この状態じゃ消火の手段もないし、かといって大門を開けて捜索活動も無理』
という事だ。
となれば、方法はただ1つ。
「ならば、いらん。……サボ、お前はここで待っていろ」
そう告げ、俺は月歩で空へと再び舞い上がり、壁を越えた。
……ここで、エースやルフィを死なせる訳にはいかない。原作では助かった、だからこの世界でも助かるとは限らないのだから。
SIDE???
大騒ぎになっている軍人達から私は少し距離を取っていた。
先程空を駆けていった海軍中将の姿はもう見えない。
空を駆けてゆく彼の姿に、六式なんて知らないゴア王国軍人達はマスクのせいで顔は見えなかったが、どこか唖然とした雰囲気をしばらくは漂わせて、海軍中将の姿が壁の向こうに消えていくのを見ていた。
彼らに止めようはなかったとはいえ、これで彼が死んだりしたら、彼らの首は物理的に飛ぶ事になるからだろう。
そのせいで、今大騒ぎになっている。
と、先程海軍中将が声を掛けていた少年が走り回っていた軍人に突き飛ばされる形で吹き飛んだ。私の方に飛んできたのを受け止める。
「大丈夫か、少年」
名前を知らないので、とりあえず、そう呼びかける。
すがるようにして、少年は私に語りかける。
「おっさん……この火事の犯人は王族と貴族なんだ……この町は壁向こうのゴミタメよりイヤな匂いがする……!人間の腐った匂いがするんだ……!」
血を吐くような叫びと言えばいいのだろうか、苦悩がその声には詰まっていた。
きっと誰にも言えなかったのだろう。この後の言葉を聞けば、それはあの海軍将校にも言えなかったに違いない。言えば、帰る家があるならば、戻るよう勧められるかもしれないから。
「俺はこの国の貴族の生まれなんだ……けれど……俺は貴族に生まれた事が恥ずかしい!」
その言葉にショックを受けた。
この少年が貴族の生まれだという事ではない。遂にゴア王国が、子供にコレを言わせた事にショックを受けた。
「分かるとも……俺もこの国に生まれた、けれど、まだ俺にはこの国を変えられる程の力がない……!」
「……俺の話聞いてくれるのか……信じてくれるのか」
「ああ……忘れない」
信じるとも、そして忘れない。
その言葉に込められた悲痛な想いを、魂の独白を疑ったりなどするものか。
後に世界最悪の犯罪者と呼ばれる革命軍の指導者モンキー・D・ドラゴンは背後よりかけられた声、同胞であるオカマ王エンポリオ・イワンコフの『準備が出来た』と呼ぶ声に応えながら、そう誓った。