第43話−ココロノソコ
「大丈夫か?怪我は?」
どこから来たのか、ブルージャム海賊団の一味には分からなかった。彼らの眼からすれば、まるで海軍中将が空から舞い降りたように見えたからだ。
現実は事実そうなのだが、所詮東の海の田舎海賊の悲しさというか、まさかそんな相手がいるとは思わず、何かトリックを使ったのだと思い込む事で平静を保っていた。が、当の海軍中将はといえば、彼らの事を完全に無視して、子供達の事を気に掛けている。
「おいっ!手前、何無視してやがるっ!」
苛立った海賊の1人が怒鳴ったが、完全にアスラはといえば、無視を決め込んでいる。
むしろ、子供達の方が余程ブルージャムらを気にしている。
「あ、うん、大丈夫」
「あすらー」
エースと、ルフィは気にしつつも、アスラに答える。
部下が苛立ったお陰で、却って平静になれたのだろう。ブルージャムが周囲を部下らに包囲させて話しかけた。
「こいつはいい所に来てくれた……どうやらここまで来たって事はこの状況を何とか出来る方法が何かあるんだろう?それに…」
あんたが、ここに来たって事は軍隊連中も大門を開けて、対応せざるをえないだろうからな。
船長のその言葉に一同の目の色も変わる。
ブルージャムの『貴族どもに復讐してやる』という言葉は何も彼1人に当て嵌まる言葉ではない。ブルージャム海賊団の誰もが多かれ少なかれ持っている気持ちだ。
だが。
「さて、それじゃ帰ろうか」
ブルージャムらがいないかのように、アスラは笑顔でエースとルフィを抱え上げる。
さすがに、これにはブルージャムもまた、額に青筋が走った。海賊連中が襲い掛からないのは、ブルージャムの言った、この状況を何とか出来る方法がある、という言葉が押し留めているに過ぎない。
「手前、いい加減に……!」
ゴッ!!!
ブルージャムが怒鳴りかけた瞬間、海軍中将からそんな音を立て、風が吹いたように感じた。
無論、実際はそよとも吹いてはいないが、その効果は劇的なものがあった。次々とブルージャム海賊団の面々が倒れていく。
ブルージャム本人は何とか耐えたものの、一瞬意識が飛びかけた。
「手前ッ……何をしやがった……!」
余裕を失い、ブルージャムは銃を向ける。
先程起きた事を知っている者が見れば一目瞭然。覇気をアスラが放ったのだ。原作でもエースが同様に無意識の内に放った訳だが、こちらはきちんと制御出来る者が、その意思を持って放った。結果、ブルージャムにも影響が及んだという訳だった。
「ほう、耐えたか……ところで、知っているかね?」
「……あん?」
「銃というものは詰まっていると撃てないどころか、暴発するものだという事をだ」
くくッとブルージャムは笑った。
下手な脅しだ。いや、そう思いたかったのかもしれない。得体の知れない技によって部下達は全員意識を失った。先程まではこちらが圧倒的優位と思っていたが、今では一対一だ。
「じゃあ、試してみるか」
そう言って、ブルージャムは引き金を引き。
直後破裂した銃がブルージャムの右手の指を吹き飛ばし、破片が彼の顔に食い込んだ。
「……ッ!?」
「嵐脚・袈裟懸」
一瞬の間をおいて襲ってきた激痛に、残った左手で顔面を抑えて叫ぼうとしたブルージャムが声を上げる前に。
振られた脚がX字型の傷をブルージャムの体に刻んだ。
そうして、今度はブルージャムもまた、ゴミ山の上へと崩れ落ちた。
仕掛けは簡単だった。会話をしている間、ブルージャムは銃を右手に持ったままだらりと下げていた。
静かに細く伸びた九尾の尾は、銃身に潜り込み、水銀の塊でもって銃の中を塞いでいた。結果、それを嘘と判断して引き金を引いた結果として、銃は破裂したという訳だ。
「行くぞ……この状態では俺も動けん。一旦街の中へと戻る」
何か言いたげな2人を押さえ、アスラは再び空を駆けた。
……残されたブルージャム海賊団を炎はやがて、火をつけた当人達も区別する事なく、包んでいった。
一旦大門の内へと舞い降り、サボと合流。
引き渡すと、アスラは引きとめようとする軍隊を無視して、再び炎の海へと戻った。
「さて、しかし、どうするか……」
せめてブルージャムの海賊船が使えれば楽だったのだが。
ブルージャムの一味は『貴族になるなら、足がつきそうな証拠隠滅』とばかりに船にも火が回るようにしていた。お陰で、見事に業火に包まれて、彼らの船はまるで使える状態ではない。
かといって、アスラの能力と炎では相性は余りよろしくない。
いや、大量の水銀で押し包めば消して消せない事はないのだが、それをやれば間違いなく大量の水銀蒸気が発生する。
自身から自然蒸発しないよう抑える事は出来るが、さすがにこれだけの広大な範囲にそれをやって、蒸気を発生させない自信はない。そして発生すれば、助けても重篤な水銀障害で多数の死者が発生するだろう。
その時見えたのは。
一隻の船と。
船首に立つ1人の男。
ドゥン!!!
轟音を発して、ゴミ山が炎ごと吹き飛んだ。
結果として、ゴミ山には一筋の道が出来る。
海までの道、船が待つ脱出路の誕生によって、ゴミ山の住人達は一縷の望みを賭け、船へと走る。
幼い子供を親が背負い、老婆を子供達が支え、足を引きずる怪我人に肩を貸し、懸命に船へと向かう。
「はっ……彼らの方が、あの腐れ貴族どもより、余程人間らしいじゃないか……さて」
ふわり、と船の舷側へと舞い降りるアスラ。
幾人かはぎょっとするが、逆に動じる様子のない者が3名。
1人は王下七武海の一角たる者、『暴君』バーソロミュー・くま。
1人はカマバッカ王国の女王(永久欠番)エンポリオ・イワンコフ。
そして、最後の1人。
革命軍のトップ、ルフィの実の父親、モンキー・D・ドラゴン。
「自然系……風か。ドラゴン」
「何か御用かな?海軍本部中将『銀虎』のアスラ殿」
平然と返してくるのは、さすがに未来において世界最大の犯罪者と世界政府が呼ぶだけの事はある。
「いや、ただ単に感謝をね」
ゴミ山の住人を救ってくれた事に礼を言うと言うアスラに面白そうな表情になる。
「ほう?てっきり我々を捕らえにでも来たのかと思ったが」
「俺は休暇中だ、本来はな……それに」
その後の言葉は呑みこんだ。
思っても、アスラの立場では口にしてはいけない。……奢り昂ぶった貴族どもなど滅んだ方がいい、など。
アスラの心の奥底では常に、その声は喚き散らしている。
貴族や王族との付き合いが深まる程に、そんな思いが、嘗ての少なくとも名目上は平等を標榜していた社会を知るが故に、そうして性根が腐り果てた貴族らの姿を知るが故に湧き上がり、そうしてそれを押し殺して、笑顔で応対してきた。
今の革命軍に海賊を抑えるだけの力はない。今はまだ、世界政府の、海軍の力は世界の不条理に眼を閉ざしてでも必要とされているからだ。
「……今回は救援活動中という事で立ち去らせてもらおう。……縁があればまた、会おう」
それだけ告げ。
アスラは再び空へと舞い上がった。ドラゴンの能力ならば、撃ち落す事も出来たかもしれないが、それが行なわれる事はなかった。
翌日、街を回る事なく、戦艦は抜錨。表向きの理由として、ゴミが燃えただけとはいえ、しばらくは片付けが優先されるであろうから、として出航し、フーシャ村へと移動、後グランドラインへと帰還していった。
その途中に掴んだ情報を聞く限り、あの場に革命軍がいた事を知る者は誰もいないようだった。
「さて……あいつらは、この腐った世界を変えられるのかな」
戦艦の甲板でそう呟いたのを聞いた者は誰もいなかった。