第45話−積載過多
これは、ゴア王国の一件が起きて更に少しばかりの時が過ぎた頃の話となる。
カリカリカリ……
その部屋に響く音は筆記の音だけだった。
山盛りが幾つも積み重ねられた部屋の中、幾人もの海軍の軍人、その中でも事務処理方の人員+αがひたすらに書類を処理していた。
その+αの1人。
部屋の中でも比較的奥、というか一番奥の手前。基本的にこうした部屋は偉い奴程奥にいるからつまる所ナンバー2に位置する場所に座っていたアスラが声を掛けた。
「おつるさん」
「何だい」
どちらも視線は書類に向き、手は書類を処理し続けているままだ。
アスラに至っては1つの山が終わると、その山を九尾の一本……先端を器用にも手の形として、処理済みの場所に運び、また別の尾が新たな山を持ってきている。
かと思うと、時折最奥に座る大参謀おつるさんの手元に積みあがりつつある山を別の場所へと運んだりもする。
「矢張り、人員の増強は不可欠だと思うんだ」
「同感だね」
組織が出来れば、書類も出来る。
訓練1つとっても、申請なしでやれば事故が起きる危険も増えるし、必要な道具もある。
かくして、場所の申請、各種消耗品の申請、食料申請にどんな訓練を行なうかを記載した提案書などなど。終われば終わったで、破損した施設の補修申請に傷んだ武器の補充申請、怪我人がいれば報告書を書き、訓練の結果に関してまた報告書を書き……と何枚も書類が必要になる。
組織が巨大になれば、当然書類の量も飛躍的に増える。
ましてや、ここはマリンフォード。
全世界をカバーする世界政府直属組織、海軍の総司令部が置かれた海軍の島だ。
くだらない事から重大な事まで世界中の支部とから情報が集まり、更に本部や場合によっては世界政府からの情報も大量に入ってくる。
そして、その処理を行なう最高責任者はセンゴク元帥だが、1人で処理出来るはずもない。
かくして、大将や中将が間に入り、各部門の責任者として権限を与えられ、自分の権限の範囲で処理出来る書類は各個に処理していく事になる。
例えば、おつるさんは、大参謀と呼ばれているが、実態は現代風に言うならば、総参謀長と呼ぶのが相応しい。
一方、アスラは……これは一口に言うのは難しいが、後方勤務本部長とでも言えばいいのだろうか?事務方の実質的なナンバー1に何時の間にやら祭り上げられていた。
ではあるが、下手をすればまだ責務が増大しそうなのが、この世界の怖い所であったりする。
理由は簡単で、皆が確かに書類仕事を嫌がるというのはあるが、それ以上に出動が多いのが最大の理由であったりする。
海軍大将にせよ中将にせよ、各地への派兵は多い。
何しろ、世界中に海賊は多く、地方の支部で手に負えない海賊もまた必然的に多い。大抵の場合は、大佐クラスから少将クラスの派遣で何とかなるが、彼らが敗退でもしようものなら、今度は大将中将が出向かないといけなくなるし、ただでさえ新世界では大物の海賊達がうようよしている。こちらに備えて一定数の大将中将は駐留し、緊急時には出動しなければならない。そして、この緊急時、というのが存外に多かったりする。
結果、本部で書類処理を行なう人員は必要最小限に削られ、更に使えると分かれば、あれもこれもと役職という名の面倒ごとを押し付けられる事になる。それを出世したと喜ぶか、仕事が増えたと悲しむべきかはきっとその職に就いているか就いていないかで決まるだろう。早い話、就いてない者は傍から見て妬ましく思っても、実際に就けば、そんな気持ちなぞ吹き飛ぶという事だ。
少なくとも、アスラはそうだった。
きっと、この部屋にいる面々も同感だろう。
「まあ、問題はうちのどこを逆さにして振っても、そんな人員の余地なんてない事だね」
「そうですね、先だってやっと確保した人員も結局過労で倒れた人員の穴埋めで消えましたし……」
トップ2人の遣り取りに耳を澄ませていた事務処理方の一同から声にならない溜息が洩れた。
アスラ自身も悩みは多かった。
実を言えば、アスラはワンピース原作が結構お気に入りだったとはいえ、マニアというレベルではない。
何が言いたいかというと、細かい年表まで覚えていない、という事だ。
多少は覚えていた。例えば、海賊王が処刑されたのが原作の何年前か、という事だ。だが、そこからとなると、何年前に何が起きた、などいちいち覚えていない。
例えば、トムの事件にした所で、海列車の完成具合と司法船の運航状況を確認して、事件が起きる時を読んだ訳だし、アーロンにした所でジンベエが王下七武海の一員となる時期と追放された時期を見計らっていただけの話だ。
空島への行き方はアスラは聞いた事がないし、エネルが何時空島を制圧するのかも知らない。
そもそも、彼と自分とでは相性が最悪で、どうこう出来るかは正直自信がない。
(後、原作開始までに起きる出来事で、俺の原作知識って奴でどうこう出来る可能性があるとしたら……)
精々、アラバスタ編と後はモーガン、ワポルぐらいのものだろう。
モーガンにした所で、キャプテン・クロと遭遇しなければ、モーガンが少しでも歪まないように持って行くぐらいが精々だ。……彼は決して強くはない。海軍大佐とあっても支部大佐である彼は本部大尉程度。サンジに手も足も出なかった鉄拳のフルボディと同格だ。
……いや、まあ。フルボディもああ見えて、決して弱くはないのだが……そこらのゴロツキ海賊団程度なら2人で壊滅させる程だし。
それでも、斧で全力で斬りつけて、居眠りをしていたガープ中将に全然傷を与えられなかった、という時点で本部と支部の差は分かるだろう。
ワポルに関しては、海賊になった後なら、ぶちのめしても誰も文句を言うまい。
反面、海賊同士の問題に関しては手の出しようがない。
例えば鼻唄のブルック。双子岬のラブーンに真実を伝えるぐらいしか出来ない。
ゲッコー・モリアは王下七武海の一員であり、彼が海賊をどうこうする分には手出しが出来ないからだ。
(悩みばっか増えるなあ)
この年で若白髪を気にしないといけなくなりそうで、それもまた憂鬱になりそうなアスラに、おつるさんから声が掛けられた。
「アスラ、センゴクさんが呼んでるよ」
何だか、物凄く嫌な予感がした。
(予感的中)
そう思わざるをえなかった。
センゴク元帥の下に赴き、何か命令でも下るのかと思いきや、叙任。何に?と問われたなら片方は『世界政府外交官』としての肩書き。ぶっちゃけると、これまでも似たり寄ったりの事をしていて、中には結構重要な案件もあった。まあ、何が言いたいかというと、本来外交官でもないのに、外交問題に関わるような話をせざるをえなかった、という事だ。
世界政府としても、これは良くないと思っていたらしいが、現在のアスラの立場上、必要な事もまた事実。なら、いっそ正式に外交官にしてしまえ、という事になったらしい。いいのか、それで!と叫びたくなったアスラなのだが、五老星が決定したという以上、いいのだろう、きっと。
「それと、もう一つお前に任せられる事になった部署がある」
「お断りしていいですか」
『却下じゃ』
ですよねー。
ちなみに上からセンゴク元帥、俺、五老星の1人だ。
預けられる事になった部署、それは何とCP(サイファーポール)!何故そんな事になってしまったかというと……俺も絡んだ、トムさんの事件が原因らしい。
あのCP5による司法船への襲撃計画は大問題に発展した。
まあ、当然といえば当然の話なのだが。
で、本当の問題はここからで、念の為にとCPの内部監査を極秘に行なえば、出るわ出るわ、不祥事の山が次から次へと。矢張り組織というものは上にならえ、をするようで、これでもか!というぐらい汚職不正のオンパレード。やってないのは反乱と革命ぐらいか?というぐらいに上は強盗殺人から下は食事代の踏み倒しまで、してない犯罪を探すのが難しいぐらいだった。
さすがに、これは拙いという事で密かに逮捕を行なおうとしたが、そこは鼻の効くCP長官スパンダイン。自分の周りに司直の気配が蠢いたと悟るや、即効で逃げた。何しろ、自分の息子が襲撃かけようとした司法関連の人間だけに、これだけやっておいて許してもらえると思える程甘い考えは持てなかったらしい。……しかし、これから奴はどうするのか。革命軍でも拾ってくれないだろうし、海賊にでもなるか、どこかに正体隠して身を潜めるしかないと思うのだが。
とはいえ大多数は逃げ損ない、CPの人員も多数逮捕された。何しろ、全く逮捕者が出なかったのがCP9所属人員だけというから聞くだけで泣けてくる。
さて、そうやって逮捕者を除いて、まあ、訓戒や減給程度で済んだ者や無罪だった真面目君、汚職に興味がない趣味人らで再編した結果、何とCP(サイファーポール)はCP1とCP2だけになってしまったそうだ。
「……三分の一ですか」
『CP9を除けば、四分の一じゃな』
全く頭が痛い、と言っているが、センゴク元帥や俺も頭が痛くなりそうだ。
で、権力握ってた連中は軒並み逮捕された結果、とりあえず頭になれそうな奴がいない。
CP9のロブ・ルッチはと思ったが、何しろ表に出てこない連中なので、CP9からすぐに長官を出すのは難しいらしい。まずは表のCP1〜8のどこかに移して、そこで功績積ませて長官に、という事になるらしいが、何しろCP9はトップクラスのエキスパート集団だ。下手に他の部隊に移す事も出来ない。
『それでまあ、CP(サイファーポール)がこうなるきっかけを作ったお前に、当面面倒を見させる事にした』
「……俺、世界政府の直轄の諜報組織とは何の関係もないと思うんですが」
『何、お前さんは外交官、つまりは世界政府の役人でもあるじゃろう?(ニヤリ)つまりはワシらの命令を聞く必要もある訳じゃ』
……ハメラレタ。
と言ってもどの道逃げ場なんぞなかったか。……まあ、それに、悪い事ばかりじゃない。彼らがいれば、特にアラバスタの調査にはとっても役に立つだろう……そう思わないとやってられない。
……通話が切れた後、センゴク元帥から『……今夜は酒でも呑みに行くか、奢ってやるぞ』と凄く優しさの篭った笑顔で言われたのが何かムショウに悲しかった。