第46話−日常編2
SIDEハンコック
全員を送り出した後、ハンコックは動きやすい衣装に着替え、庭に出る。
余談だが、アスラ邸の庭は母屋を挟んで前後に存在しているが、前面が3に対して、後面の庭は1程度の比率しかない。ただし、どちらが綺麗かと言われたなら、間違いなく後面だろう。
というのも、前面の庭は完全な露地となっているからだ。
元々は、ここにも芝ぐらいは張ってあったのだが……軽い鍛錬の場として使われた結果、芝が持たず、気付けば剥き出しの地面。それならどうせ、剥げるから、とその後は完全に放置状態になっていた。
まあ、鍛錬に使うだけあって踏み固められてはいたが。ちなみに、ハンコックが出てきたのは、前の庭だ。
「さて、それではアリス、今日も頼むぞ」
「みゃあ♪」
ハンコックの声に、アリスは任せとけ、とでも言いたげな様子で、楽しげに鳴いた。
最初は普通に体を動かしていたハンコックだったが、最近は武術が楽しくなったのか、アリスに相手を頼むようになっていた。
アスラは最近物凄く忙しいし、エースやルフィにサボ、サンダーソニアにマリーゴールドは自分達自身が今、勉強中の身だ。教える側に回れる余裕はない。
……しかし、アスラが見たら内心で『さすがに別世界での王下七武海の1人』と思ったかもしれない。
前庭で鍛錬していた一同の動きを見、アスラの説明を聞き、アリスの実地を受けて、ハンコックは六式を使えるようになっていた。まあ、一応、というレベルでしかないが、2人の妹達がこれを見たら、物凄く落ち込みそうだった。
まあ、アリスに頼むようになったのはもう1つ真面目な理由があって、彼女の悪魔の実の力にアリスならば反応しない、という事もあったのだが。
ハンコックの食べさせられた悪魔の実は、超人系悪魔の実、メロメロの実。
この悪魔の実の効果を最大限に発した場合、男女問わず彼女にメロメロになった上、最終的には石化してしまう。その効果は、試しに発動させた結果、モモンガ中将すら石化してしまった程だ。無論、慌てて解除する事にしたが。
ちなみにだらしなくにやさがったモモンガ中将の石像を奥さんが見てしまった為に、後でえらい夫婦喧嘩が勃発したらしい。結果?どこも、惚れた弱み、怒った奥さんには勝てなかったらしい。
原作では、咄嗟に痛みで意識を逸らしたモモンガ中将だったが、こちらでは能力の使用実験という事もあり、そこまでやる事もないだろうと判断したか、見事に喰らったらしい。
なら使うなよ、と言いたい所だが、まだ制御が甘いらしく、激しい訓練を行なっていると無意識に発動させてしまう事があった。
だが、ここに唯一例外がいた。
メスであり、動物であるアリスは、とても賢いがさすがに人間の女性にメロメロになるような感性を持っていなかったらしく、普通にハンコックの相手をする事が出来た。
そして、アリスはそんじょそこらの海兵如きでは束になっても勝てない程の強さがある。鍛錬の相手としては十分だった。
「よし、では始めるぞ」
「みゃう♪」
ぐッ、と力を入れて宣言するハンコックに、アリスも頷いた。
……こんな仕草を見ていると、本当にこの子、人間の言葉きちんと理解してるんじゃなかろうか、と思うハンコックだった。
ドン!
と音を立てて、アリスが加速する、ただし空中で。
月歩と剃の複合技『剃刀』。
鋭い軌道で空を駆ける。
『嵐脚・乱!』
それをハンコックは無数の嵐脚を放ち、迎え撃つ。見る人が見れば、「殺す気か!?」と血相を変える所だろうが、ハンコックには焦りはない。
実際、殆どの刃をアリスは難なく交わし、命中したのは僅かに1つか2つ。それも常時発動状態の『鉄塊』で弾かれた。
嵐脚を放てばどうしても隙が生まれる。
本来ならば、嵐脚の連打で刃の壁を作るつもりだったハンコックだったが、高機動の動きに惑わされ、壁を作るには至らなかった。
その隙に、アリスが一気に距離を詰める。
「くっ!!」
咄嗟に『鉄塊』状態で上に交差させた腕で受け止めるが、ズシン!とした重みと共に足が地面に僅かながらめり込む。
『鉄塊』がかかった状態での掌の一撃、『鉄槌』が炸裂した。
もっとも、これでもアリスが手加減してくれている事をハンコックは知っている。
本気のアリスが上空からの打ち下ろしからの渾身の一撃……通称『天槌』を炸裂させでもしたら、ハンコックは地面に膝のあたりまでめり込み、交差させた両腕もへし折れていただろう。
実際、先だってアスラの配下に収まったCP9が挨拶に来た折には、同じ鉄塊拳法を使う身として気になったのだろう。
ジャブラと名乗る男……ちなみにいきなりサンダーソニアに求婚して、全員を唖然とさせたが……彼とアリスとが勝負をして、激戦の末に『天槌』が炸裂。空中で喰らったが故に踏ん張れず、ジャブラは肋骨数本を折る怪我をする結果になった。
もっとも入院中のジャブラ曰く『次は勝つ!そして、サンダーソニアさんに婚約指輪を!』と吼えているらしい。
なお、当のサンダーソニアの方は……これまで男性と余り縁がなかっただけに混乱しているらしい。
さて、場面を試合に戻そう。
『鉄塊・輪!』
両足を一直線に伸ばし、鉄塊状態のまま回転して、アリスへと一撃を加える。
ガン!と、とても、肉体同士がぶつかったとは思えない音を立てて、アリスが距離を取る。
無論、鉄塊に関してもアリスの方が熟練者な上に、鉄塊拳法なんてのを使える事から分かるだろうが、最も得意としている六式でもある。ちなみにアリスは正式には五式使いなのだが、あのロブ・ルッチをしてさえ『六つ全て使えてこその六式使いだ』との持論を展開せず、黙って最後まで真剣に見ていた所を見ると、それなりに認められていたと考えるべきだろう。
そうして、着地した次の瞬間。
アリスが突進した。
ただし、剃の速度で回転も加えて。
『鉄塊玉』
CP9のフクロウがそう呼んでいた技だった。
咄嗟に『鉄塊・剛』で受けたが……。
「くっ!」
何しろ、ハンコックとアリスでは重量に差がありすぎる。
大きく弾き飛ばされて、壁に叩きつけられた。
体が痺れているが、まだやれる、と思い、懸命に体を起こしたハンコックだったが……アリスはというと追撃をかけもしないどころか、ハンコックの方をそもそも見ておらず、顔を横に向けている。
とはいえ、ハンコックも別にそんな態度を怒ったりはしない。アリスが門の方を見ているという事は……。
「まま〜ただいま〜」
今年7歳になる娘のエスメラルダが学校から帰ってきたという事だ。
アリスはさすがに虎なだけあって、耳も人間より遥かにいいから、逸早く気付いたという訳だ。
「みゃあ〜♪」
早速アリスが撫でてと言わんばかりに擦り寄る。
どうも、エスメラルダは撫でるのが上手いらしく、撫でてもらうとアリスは何時も気持ち良さそうにしている。エスメラルダも小さい頃から一緒だったアリスにはすっかり懐いており、余所の子供ではさすがにおっかなびっくりのアリスにも普通に触れ合える。その間に、ハンコックも埃をはたいて、身だしなみを整える。
「おかえりなさい、おやつがあるから、手を洗いに行きましょうね」
「は〜い!」
ハンコックは縁側に寝かせていたカルラを抱えると、反対の手でエスメラルダと手を繋いで家へと入っていく。無論、アリスもまた尻尾をご機嫌良さそうに振りつつ、その後をついていった。