第52話−日常編6
——海賊王と呼ばれた親父の事が嫌いだった。
なのに、俺が選ぼうとしたのは海賊の道だった。
自由な海賊に、平和に暮らしている人々は襲わない、と謳った所で、一般人から見れば、海賊は海賊に過ぎない。以前にアスラに指摘された事だが、食っていけなくなった時、どうするのだろうか?
それでも平和に暮らしてる人達に迷惑をかけまいと飢え死にするのか、それとも襲うのか。
それにさえ、自分は答えを出せなかった。
母は、俺が最初に海賊になろうと思っていた事を知ったら、どう思ったのだろうか?
『お父さんに似たのね』と笑うのだろうか……。
エースはこれからの道を悩んでいた。
1度は海賊になろうとしたが、現実をああも見せ付けられては、何も言えなかった。
何より、エース自身があの少女の叫びへの答えを持っていなかった。
かといって、海軍にすんなりと入るのには引っ掛かりがある。
そういう意味では、ルフィやナミが羨ましいと思う。
ルフィは祖父に英雄と呼ばれるガープ中将を持ち、一時はルフィもまた海賊に憧れていたが、何しろ小さい頃からマリンフォードという海軍本部で育てば、そんな幼い憧れなぞどこかに消えてしまう。
何しろ、仲のいい友達の、ルフィ自身も可愛がってもらった海兵のお父さんが海賊との戦闘で亡くなって……という事だって実際に1度ならず起きている。
そんな状況で生活していれば、自然とルフィも何時しか海賊を嫌うようになっていった。
アスラがまだ時間に余裕があった頃、俺達と同じく海賊に襲われた町への災害救助に連れてった事があったが、そうした事が余計に海賊を嫌う思いを強めたようだった。
『赤髪』のシャンクスとの出会いで、海賊にも中にはまだマトモな相手がいるのだという事を知りはしたが、だからといって、なりたいなどと考えを改める事はなかった。
ある程度の年齢までは基礎固めだったが、それを過ぎた頃から技を取得し、今では六式を使いこなすようになった。
最近はハンコック姉さんやアリスが相手してくれてるが、ハンコック姉さんはともかく、アリスにはまだまだ勝てない……っていうか、ハンコック姉さん、何時の間に六式使えるようになったんだ?
悪魔の実を食った事もいい方に働いているようで、順調に実力をつけつつある。
このままいけば、本人の望み通り海兵になれるだろう。
ナミは『自分の目で見た世界中の海図を描くこと』とはっきりした夢を持っている。
その夢を叶える為には、海軍の測量部隊はある意味最適の所だ。
最近では、自分で行きたい所に行けるように、と航海術も学びだしたらしいが、こちらにも才能を発揮しているらしく、何より天候を体で感じるというか予兆を逸早く感じ取れる天性の才能があるようで、最近は海軍の航海科から引き抜きがかかっているという話だ。
彼女はアーロンという魚人海賊団から弾き出された存在によって、母を殺された。
そして、アスラという海軍軍人によって生まれ故郷の村は救われた。
当初こそ、何故もっと早く来てくれなかったのか、という思いを抱えていたようだが、元よりナミは聡明な子供だ。
わかってはいた。わかってはいたが、それでも誰かに言わずにいられなかった。
それを理解していたからこそ、アスラは黙ってそれを受け止めた。
そうして、今ではナミはルフィに次いで海軍に入る事を考えている。まあ、今の所スカウト合戦が激しいようだが、海賊に関しては嫌な思い出がある事もあって、憎んでいる、ようだ。まあ、母親殺されて、更にここ、マリンフォードに来てからはルフィと同じ思いを体験してるからな……そうなって当然だろう。
そう、2人とも進む道を決めている。
はっきりと、『自分はこうするんだ!』『こうしたいんだ!』っていう誇るものがある。
……サボ?サボは俺と同じだって言って笑っていた。
あいつも、1度は海賊ってものに夢見て、それを砕かれた人間だ。
だけど……あいつは貴族の生まれだ。だからどうだって訳じゃないが、少なくとも出生を知られた所で、まあ本人の希望で海軍に入るのには何も問題はない。
……けれど、俺はどうだろう?
俺は表向き、ルフィの兄であり、ガープ中将の保護下にある。正式には。まあ、実際はアスラが保護者やってる訳だが。
けれど、俺の本当の父親は……海賊王ゴールド・ロジャー。
もし、それが知られたら、海軍に入れる訳がない。いや、最悪、俺を捕らえにアスラが、ルフィが来る事になるかもしれない。
ジジイはさすがに、誰にも言ってないみたいだけど……俺が賞金稼ぎって道を考えたのも、結局逃げてるだけなんだ。
そんな事を思いながら、寝付けずにアスラの家の縁側に座って裏庭をぼんやりと眺めてた。
アスラ曰く『日本庭園』とか言ってたけれど、この裏庭は表と違って、緑豊かだ。1度ジジイとサカズキ大将の喧嘩で大被害を受けたけれど、今じゃすっかり直った。
……何だか、静かにぼんやりしたい時、ここにいると何だか落ち着くんだよな。
とはいえ、時間が時間だ。
もう、深夜といっていい時間だし、起きてる奴は誰もいない……そう思ってた。思ってたけど、横に座る奴がいた。アスラだ。
「……まだ、起きてたのかよ」
「というか、仕事が長引いて今帰った所だよ」
……どんだけ仕事大変なんだよ、もう日が変わってるぞ。
アスラは最近、めっきり帰りが遅くなった。
ハンコック姉さんは寂しそうだけど、その分お休みの日には家族サービスしてるみたいだし、忙しい理由も分かってるからな……。
「で、どうした。何か悩み事みたいじゃないか」
「……何でもねえよ」
つい、ぶっきらぼうに言ってしまう。
アスラはエースにとっては兄のような存在だが、だからといって今考えているような事を……。
「何だ、自分が海賊王の子供だから海軍には入れないって悩んでるのかと思ったよ」
驚愕して、アスラの顔を見たけど、声は出さなかった俺偉い。
危うく寝てる皆を叩き起こす所だった。
とはいえ、我慢できたからって驚きが消える訳じゃない。
「うん?何だ、その様子だと知らないとでも思っていたか?」
思っていた。
っていうか、何でアスラが知ってるんだ?一瞬ジジイが教えたのかと思ったけれど、さすがにそれはないと思い直した。幾等ジジイが迂闊でも、あれでも海軍本部中将だ、言っていい事と悪い事の区別ぐらいはついてる筈……多分。
「……何時から知ってた?」
「割と最初からかね」
最初から……まさか、と思った俺にアスラはけれど、伸ばした尾で持ってきたお茶を淹れながら、続けた。
「ああ、言っておくが、別に監視のつもりなんてものはないからな?俺がお前達を引き取ったのは、ガープ中将のやり方が無茶苦茶だと思ったのは本当だし、それが原因なのも本当だ」
ほら、と淹れたお茶を渡してくる。
この時間になると昼は暖かくなったと言っても案外冷えるもので、あったかいお茶は結構美味かった。
「……それでアスラはどうするつもりなんだよ」
「別に何も……お前が海軍に入りたいなら、入ればいい。俺とガープ中将が後見役だ。お前自身も強いし、十分上を目指せるだろうよ」
「……俺、海賊王の息子だぞ?」
「ルフィは、今世界政府が世界最悪の犯罪者って呼んでる男の息子だけどな」
「へ?」
聞けば、ルフィの親父さんはドラゴンっていう名前の、革命軍のリーダーらしい。
世界でもっとも危険な男って呼ばれて、莫大な賞金がかけられているとか……いいのかよ、ジジイ……そんな息子がいるのに平然と海軍本部中将やってて。
ただまあ、その後もアスラと色々話したけれど、俺でも海軍に入っても大丈夫だって事は分かった。
まあ、そりゃあゴールド・ロジャーの息子って事は黙ってなけりゃ拙いけどな。
ただ、道が少し広がったような気がした。
……気のせいかもしれないけれど、賞金稼ぎをやろうと思うのは変わらないけれど、きっちり将来って奴をもう一度考えてみるとすっか。