第54話−契約
世界会議より遡ること少し。
西の海より、1人の女性がグランドラインへと突入に成功した。
彼女の名はニコ・ロビン。
嘗てバスターコールで滅ぼされた考古学の聖地オハラ出身の少女だ。
オハラは、正にその性質故に滅んだ。
失われた歴史を知る為には、歴史の本文(ポーネグリフ)と呼ばれる巨石を調べるしかない。だが、それを調べる事は世界政府が禁止している。彼らは嘗ての失われた時代の事を隠蔽したいと願っているからだ。
彼女もまた、本来ならば抹殺されるはずだった。
そもそも、オハラの民は全て、脱出した民さえも赤犬大将ことサカズキ中将によって脱出船ごと砲撃によって抹殺された。
ニコ・ロビンの元へも現在の青キジ大将ことクザンが迫っていた。
だが、ある意味、このサカズキ中将の行動が青キジの行動を変えた。友であった元・海軍中将ハグワール・D・サウロ。彼の問いにクザンは答えられなかった。サカズキの行動を彼もまたやりすぎだ、と感じていたからだ。
サウロは海軍の軍艦をまとめて沈めた事で目立ちすぎた。彼を見逃す事は出来ない。だが、1人の少女だけならば……他の考古学者達は最後まで学者である事を選び、燃え盛る叡智の樹から一冊でも本を逃れさせるべく、命をかけて奮闘した。
だから、1人を見逃しても、気付かれぬかもしれない。
……そう思い見過ごされはしたが、結局彼女の逃亡は気付かれ、7900万ベリーの賞金がかけられた。……僅か8歳の少女に、だ。
彼女は悪事に手を染めつつも、懸命に生き延びながら、自らの願いを。
嘗ての仲間達が目指した歴史の本文(ポーネグリフ)の解読を果たそうとして……やがて真の歴史の本文(リオ・ポーネグリフ)がグランドラインにある事を知り、突入を狙っていたのだが……。
本来ならば、それにはもう少し時間をかける筈だった。
だが……そんな折、偶然にだが、1つの情報が入ってきた。
『政府諜報組織CP(サイファーポール)が機能不全に陥った』
……ロビンにとって、このCPは嘗て、彼女の故郷を滅ぼす原因となった男が支配する組織だった。
それ故に、彼女はそこの情報は優先的に集めていたのだが……それが幸いした。
スパンダインが地位を追われ、逆に犯罪者として息子はインペルダウンに収監され、本人も逮捕を逃れ逃亡した、との話はロビンにとっては少し気が晴れた思いだった。
そして、CPが立て直される前の、この時期は千載一遇のチャンスだった。
それ故に彼女はグランドラインへの突入を決定し……成功した。
「ふう」
そうして、彼女はある島へと侵入を成功させ、潜んでいた。
ここまで来るまでに大分苦労をした。
だが、かなりの確率で、ここには間違いなく歴史の本文(ポーネグリフ)がある筈、なのだが……。
「……問題は、どうやれば見れるか、ね」
この島の名はサンディ島。
グランドラインでも相当に大きな部類に入る島だが、その島の大部分を砂漠が占めている。
この地を統治する王国の名はアラバスタ王国、グランドライン有数の大国だ。
そして、おそらく歴史の本文(ポーネグリフ)がある場所は……。
「アラバスタ王国王都アルバーナ……」
それもおそらくはアルバーナ宮殿の中。
この国の王族は民に慕われている名君と呼ばれる王だが、さすがにお尋ね者の自分が世界政府に禁じられている物を見せて下さいと出向いた所で見せてもらえる訳がない。
さて、どうすべきかしら……。
適当にカジノで賭け事をしながら、彼女は考える。
悪魔の実ハナハナの実の能力者である彼女は好きな場所に手や目を生やす事が可能だ。逆に言えば、使い方次第で相手の手札を見たりする事も用意だという事。なまじっか稼ぐ手段が限られている事もあり、こうした事ばかり上手くなってしまった。
とはいえ、今は目立たないようそこそこに儲けすぎないようにやっていた、筈だった。
「お客様」
「……私かしら?」
ボーイがやって来て、声を掛けてきた。
何かしら、特にイカサマとかした覚えもない。目をつけられるような事はしていない筈だけど……。
「はい、お客様にオーナーがお会いになりたいと」
……!ここ、レインベース最大のカジノ、レインディナーズのオーナーと言えば……!
とはいえ、目をつけられたとなれば、今逃れるのは困難だろう。……王下七武海の一角、サー・クロコダイルが相手では部下も幾人いる事か。
「……分かりました、案内してくださるかしら」
何より、ここで暴れれば、それだけで目立つ上完全に彼を敵に回す。
……ここは、会ってみるしかなさそうね。
【SIDE:クロコダイル】
「手前が、ニコ・ロビンか」
俺の目の前には、1人の女がいる。まあ、美人っていっていい女だが、こいつの価値はそこじゃねえ。
俺の情報にアラバスタ王国の歴史の本文(ポーネグリフ)の情報が引っ掛かったのはしばらく前の事だ。
そいつには、世界政府ですら警戒せざるをえない兵器の情報が記されているという。そいつを手に入れれば、俺は王下七武海を越え、世界政府と対等の立場になれる、所詮今の立場は奴らのおこぼれに預かってるだけだからな。
だが、問題があった。
歴史の本文(ポーネグリフ)って奴は読める奴が殆どいない。
何しろ、そいつに触れる事自体を世界政府が禁じてやがる。そんな代物を読める奴となると、普通はお尋ね者だ。表の世界からは隠れてやがる。
だが、この目の前にいる女は、その数少ない例外だ。
『オハラの悪魔』ニコ・ロビン。
世間にはこいつの過去の写真の手配書しか出回ってねえが、そこら辺は蛇の道は蛇って奴だ。まあ、度胸は据わってるみてえだな、俺を目の前にしても、動じた様子はねえ。はったりだとしても、大したもんだ。
「それで、私に何のようかしら」
ふん、声も震えてねえか、とりあえず合格だ。
「簡潔に言おう、俺に手を貸せ。代わりにお前の望むもんを見せてやる」
「………あなた……」
「歴史の本文(ポーネグリフ)、それが読みてえんだろうが」
こいつは考古学者だって事らしい。
オハラは、考古学の観点から歴史の本文(ポーネグリフ)を解読してて、その結果として世界政府にとって拙いもんを明らかにしちまったらしいな。
そう、知られりゃ全て吹き飛ばしたくなるような代物を。
「分かって言ってるのかしら?」
「愚問だな。最近、世界政府の耳と目がややこしい事になったお陰で、俺も動きやすくてな」
あれは有難かった。
世界政府って奴には体面って奴があるからな。おまけにCP(サイファーポール)が馬鹿やった相手が、よりにもよって犯罪の調査を行う部署、司法そのもんだ。誰だって、顔面殴られて、黙ってる奴はいねえよな。
結果として、こっちは動きやすくなった。とはいえ、世界政府も馬鹿じゃねえから、そう遠くない内にすぐに元通りって訳にゃいかんだろうが、問題ないとこまで立て直してくるのは目に見えてる。それまでに、どれだけこっちに有利な態勢を作るか、だ。
「で、どうする」
最終的な判断を聞くとするか。
協力するなら、実際嘘を言うつもりはねえ。こいつが求めてるものは俺にゃ興味がない代物だ。わからねえが、何か欲しいもんがある、って奴は信用出来る、互いに求めるものがあって、そいつを手に入れる為に、手を組んだ方が互いに利益がある限りはな。
まあ、断ったら、殺すまでだ。こいつは色々知っちゃならねえ事も聞いたしな。
「……断る余地も理由もなさそうね」
ふう、と溜息をつくと、ニコ・ロビンは不敵な笑みを浮かべて、言った。
頭の回転の早い奴は好きだぜ。
「いいわ、貴方に協力しましょう」
「いいだろう、交渉成立だ。とりあえず、お前さんにも立場がいるな、とりあえずこのカジノの支配人でもやってもらうがいいな」
黙って頷いた。
まあ、こいつにとっても、ここは居心地がいいだろうぜ。ここにゃ政府関係者は立ち入り禁止だ。王下七武海って立場はそこら辺は便利でな、こっちが表向き頭下げてる限りは、その契約を破って立ち入ったりはしてこねえ、まあ少なくとも表向きは、な。
「ああ、1つ聞いておいていいかしら?」
「なんだ」
「これから私が働く事になる組織の名前を教えて欲しいのだけど」
ああ、そういや言ってなかったな。
俺はニヤリと葉巻を咥えた口に笑みを浮かべると言った。
「BW(バロックワークス)だ」