第55話−舞台裏の寸劇
【SIDE:アスラ】
「……ダンスパウダー、だと?」
はて、こんなに早い時期に名前上がってたかな?
CP(サイファーポール)からの報告書を片手にアスラは首を傾げ、呟いた。
「はい、偶然ですが、相当量の生産と密輸が行なわれている模様です、表向きはアラバスタ王国発注となっている模様ですが」
その様子を疑念を示したと受け取ったのだろう、目の前に立つ男が能面のような顔で答えた。
世の中全て正道だけでは立ち行かない。この男も、そうした陰の1つだ。
実はこの男も、逮捕されたCP(サイファーポール)職員の1人だ。罪状は『情報漏洩』及び『収賄』。早い話が、情報を洩らす事によって賄賂を受け取っていた、という事だ。見た目からはそこまで金にギラギラした男には見えないのだが、真面目だからこそ女に入れあげたらしい、が、その女は散々貢いだのに彼が逮捕が決まるや、一緒に逃げてくれという男にその場は安堵させるように抱き寄せて、微笑んでいたというのに、『まずは落ち着いて』と差し出された酒を飲んだ男が次に気づいた時は牢獄の中だった。
要は、さっさと見限られて、眠り薬を飲まされた挙句、売られた訳だ。
事情はどうあれ、間違いなく彼の行動は重罪であり、本来ならばインペルダウン行きが確定していた男だった。
……ただし、極めて優秀な男でもあった。
それ故に、敢えて罪を見逃して、表向きは『再雇用はしない』とあったのに、そんなものは知らないとばかりに再雇用された男の1人だった。こうした特に優秀な為に、表向きとは別に現在も職員として働いている者が実はそれなりにいたりする。
……まあ、この男の場合、強烈な女性不信に陥った上、まあ、今後は裏切らないだろう、と看做されたのもある訳だが。
「ふむ……」
アスラの脳裏で事態が回る。
既に、CP(サイファーポール)大量逮捕事件から1年以上が過ぎ、原作5年前に突入。
何とか、CP(サイファーポール)も再稼動を始め、情報もそれなりに集まるようになってきた。そんな中で入ってきた情報。正直、ダンスパウダーをCP(サイファーポール)の試験対象の1つに加えて、何かしら見つけた場合はボーナス(例えば原料が採れる場所の発見など、実際に作っているかどうかは別として)って具合にしておいたのが幸を奏したか……。
まあ、ダンスパウダーは製造・所持いずれも世界政府によって正式に禁止命令が出ている訳だが……。
「表向き、という事は疑念がある訳だな?」
「はい」
そう答えると、男は頷き、報告を続けた。
「ダンスパウダーの情報は相当秘匿されていたのに、いざ見つかるなり、アラバスタ王国が関与している、という情報はいともあっさりと手に入りました。無論、内部情報故に警戒が甘かったという可能性がない訳ではありませんが、それにしては上層部に関する情報が余りにも少なすぎます。無論、管理している責任者らの情報もないどころか、忽然と全員が姿を消していました」
「……つまり、わざと見つかるようにした可能性がある、という訳か」
「はい、無論、故意でもなく、ただ単に本当にアラバスタ王国が裏にいて、それに反感を持っていた者が行なった事、という可能性もゼロではありません」
少し考える。
……これはおそらく、バロックワークスの仕業だろう。だが、さすがというべきか、クロコダイルは自身の影すら、この報告書の中にも見せていない。
「……この件はしばらく私が預かる。考えてみたい事があるから、下がっていい」
「了解致しました。それでは何かありましたら、またお呼び下さい」
……さて、どうするか。
正面から?まさか、王下七武海が関わっているという証拠もないのに、乗り込んだ所で馬鹿を見るのはこちらだ。
調査?どうやって?各国内部への調査は表立っては出来ないし、王下七武海の一角が早々尻尾を見せるとも思えない。
とはいえ、見過ごすには余りに大きな事件だ。
……原作では、あの事件は表向きは海軍が解決したとして、麦わらの一味という一介の海賊が事件を解決したのだという事は伏せられた。当然だろう、王下七武海の選定は海軍が行なう。
それなのに、その選んだ相手が大規模な事件を起こし、海軍はそれに全く気付かないまま、海賊が代わりに事件を解決してくれました。どの面下げて、そんな事を世間に公表しろと?
だが、コブラ王に協力を求めるのも無理だろう。知り合いだからこそ、きっちりと公私の区別はつける。あれはそれが出来る男だ。
となれば……。
「原作ではW7、ガレーラカンパニー。こちらはアラバスタ王国、バロックワークス……」
そして狙うは原作は古代兵器プルトンの設計図、こちらは王下七武海の一角サー・クロコダイル。
鍵のかかった引き出しを開け、CP9への直通電伝虫を取り出す。
さて、それでは始めよう、クロコダイル。戦わなくてもいい者達が戦い、死なずとも良い者達が死んだ。それを食い止められるかは、現段階ではまだ分からない。或いは、こちらが確実な証拠を掴む前に、奴が作戦を成功させるかもしれない。
だが、奴はまさか、BW(バロックワークス)の存在と、そのトップがサー・クロコダイルであると知っているとはまさか、思うまい。
そこがこちらのアドバンテージだ。
「……ああ、私だ。ルッチか、CP9の実働要員全員を連れ、ただちに私の所へ出頭せよ。……そうだ、仕事だ。それもとびきり危険な香りの伴う、な」
さあ、戦闘開始だ。
【SIDE:ニコ・ロビン】
カジノで支配人として仕事を始めて半年程した頃の事だった。
「土産だ、くれてやる」
クロコダイルがぐるぐる巻きに拘束した人間を地面に転がした。
なにやら、見るからに不機嫌だ。
「どうかしたのかしら?」
「下手を打ちやがってな」
話を聞くと、ダンスパウダーの製造施設を政府に嗅ぎ付けられたらしい。いや、嗅ぎつかせたというべきか。
ダンスパウダーの製造施設は定期的に場所を移動させている。今回摘発された場所は廃棄される事が決定されていた場所だった訳だが、どうも小細工をして、アラバスタ王国が背後にいるような書類をわざと残したらしい。
「あら、どちらにせよ、何時かそう思わせるんでしょう?それなら、今回の一件は望む展開じゃないのかしら?」
「手前が分かってて、言ってると分かってなきゃ、ぶち殺してやる所なんだがな」
ああ、これは相当怒っているわね。
「そうね、早すぎるし、あからさますぎるわね。見つけさせたのが、世界政府の組織相手なのもマイナス」
「その通りだ」
計画通りならば、政府には何も流さない筈だった。
あくまで、王国内部で静かに噂話として、ダンスパウダーの話は流れ……『偶然にも』王国の一般人が『コブラ国王』がダンスパウダーを手にしている所を見てしまうが、運良く気付かれずに逃げ出せた……そんな流れを予定していた。
世界政府は決して馬鹿ではない。この件が蟻の一穴となる可能性もある以上、クロコダイルが不機嫌なのも最もだろう。
「それで、どうしてその男が私へのお土産になるのかしら?」
「よく、そいつの顔を見てみな」
腫れ、薄汚れているが、その顔をよく見てみると……その顔は。
「……スパンダイン!?」
さすがに驚きの声を上げる私に、クロコダイルが面白そうに笑った。
どうも、このスパンダイン、捕まりそうになって逃げ出した後、王下七武海の一角であるクロコダイルの下に、これまで彼がCP長官として集めてきた情報と引き換えに保護を求めたらしい。
とりあえず使える間は使っておくか、とクロコダイルは本拠地から離れた所で、そこそこの規模の組織の責任者として使っていたらしいが……今回の独断で堪忍袋の尾が切れた、という訳か。
「好きにしろ、お前にとっちゃ怨みがたっぷりある相手だろう?」
スパンダインはと言えば、卑屈に私に笑みを浮かべている。
しかし、何故、クロコダイルは私にこの男を差し出したのだろう。……クロコダイルの性格ならば、自分できっちり片をつけたとしてもおかしくない筈だが……いや、むしろ自分の手でトドメを刺しておかないと、こんな男相手では安心出来まい。
大体、こんな所にまで持って来て、私との関係が知られたら、クロコダイルとて困るはず。
それなのに、こんな所までこんな、何かしら弱みを握ったと思ったらそれを元に脅迫するのを恥じない、口が軽くて使えない男を持ってきたのは。
そこまで考えた時点で気付いた。、
私を試す為か。
つまる所、常に確認していないと安心出来ない、そういう事だろう。
恨みのある筈の相手すら、見逃すような相手じゃ信用出来ない、そういう事か……。
それなら、私の取る道は1つだけだ。
「お久し振りね、私を覚えているかしら、スパンダイン」
「だ、誰かね?私は貴方のような美しいお嬢さんに怨まれる覚えなどないんだが……そ、それより、ミスター・クロコダイルに説明してもらえないだろうか!私は決して、彼に悪影響を及ぼすような真似はしていない!こ、今回ので政府組織を翻弄してみせるとも!」
ぺらぺらと軽い口だ。
クロコダイルは、といえば、興味なし、というのがありありと分かる。もう、クロコダイルの中では、この男は既に死んだものとして扱われているのだろう。
「そう、覚えていないのね。……オハラであんなに世話になったのに」
そう言うと、一瞬考えるような素振りを見せ、次第にスパンダインの顔が蒼くなっていく。
「ま、まさか……ニコ・ロビン?」
にっこりと微笑んであげると、スパンダインは必死に言い訳を始めた。
あれは自分の本意ではなかっただの、政府の命令で仕方なく、だの、あんな事になるとは思っていなかった、ただ単にこれ以上研究するとという警告だけのつもりだった、だのもう内容さえとにかく、思いつく限りの言い訳を並べているとしか思えない有様だ。
……こんな男のせいで、クローバー博士達は……母は……オハラは滅んだのか。
『二輪咲き(ドスフルール)』
敢えてゆっくりと腕を生やし、スパンダインの首に巻きつける。
スパンダインは必死に逃れようとするが、無駄だ。彼自身の体から生えている腕からは逃れられない。
『……クラッチ』
ゴキリ、と音をして、首の骨をへし折る。そのまま首を締め上げていると、やがて痙攣してスパンダインは動かなくなった。
冷たい亡骸となったスパンダインを見下ろしていると、パチパチと拍手する音がして、そちらに視線を向けると、クロコダイルが笑みを浮かべて、手を打っていた。
「おめでとう、と言っておいてやろう。これでお前は仇を討った、って訳だ。気分はどうだい?」
「そうね……」
確かに言われてみれば、その通りだ。
だが、何故か喜びとか、憎しみとかそういった強烈な感情は湧いてこなかった。
「案外、何も感じないものね」
そうかい、とクロコダイルは更に笑みを深めた。
その笑みが何故か、私を更なる深みに引きずり込む蟻地獄のように見えた、ような気がした。