第56話−召集と出撃と
「CP9、出頭致しました」
「ご苦労、全員かけたまえ」
ルッチが代表として、一歩前に出て敬礼するのにアスラも敬礼を返して、座るよう伝える。
既に各人の前には資料と冷水が置かれている、のだが……。
「……長官、その前に」
「……何だ」
「ジャブラの奴がどうしたかご存知でしょうか?」
ルッチが聞いてきたのも無理はない。
ジャブラの奴、先だってからやに下がって、満面の溶け崩れた笑みでこうしてアスラ達が少々不気味なものを見る目で見ていても、まるで気にしていないからだ。
「……知っている」
「よければ、お伺いしても?」
「ああ……」
そうして、アスラが語ったのは先日の事だった。
アスラもハンコックからの又聞きとなるのだが、ジャブラが挨拶に来たのだそうだ。
そうして、サンダーソニアから『姉と妹だ』とハンコックとマリーゴールドを紹介されるや、ジャブラはハンコックの手を取って、いきなり。
『義弟と呼んでください』
そう、かましたのだった。
口説くではなく、義弟と来るとはさすがに思ってなかったハンコックらも驚いたらしいが、そう挨拶するなり、マリーゴールドにも『今度、義兄になりたいと思ってます、ジャブラです。よろしく』と挨拶したのだそうだ。
そうして、その後は何時も通りサンダーソニアに熱い気持ちを語っていたそうなのだが……。
まあ、大抵の男は3人姉妹で会うと、ハンコックに目を奪われる。
それなのに、口説く様子の欠片も見せず、サンダーソニアに一直線……逆に言えば、その態度に3人姉妹もジャブラの事を気に入った。
結果、お付き合いをサンダーソニアが了承したのだそうだ。
「……成る程、了解しました。それでは強制的に元に戻しましょう」
(——残酷な光景が続いております、しばらくお待ち下さい——)
「……さて、話を始めようか」
惨劇が繰り広げられたように思えたが、今は全員が真剣な表情でアスラに注視している。
その中で、アスラは先日の発見からの動きを伝えてゆく……自身の本来は知られていない情報すら混ぜて。
「先だって、ダンスパウダーが確認された」
「……ダンスパウダー、ですか。生産はおろか、所持も禁止されている一品ですわね」
カリファが確認するように呟く。
その言葉に頷いて、アスラは続けた。
「偽装工作によって、アラバスタ王国が関わっているように見せかけていたが……黒幕がいる。BW(バロックワークス)と呼ばれる秘密組織だ」
「BW(バロックワークス)、か。聞いた事のない名前じゃのう」
カクが疑問を口に出す。
ちなみに、アスラは仕事をしていれば、細かな口調はどうでもいいと宣言しているから、各自が今では普通の口調で話している。
この位ずぶとくなければ、CP9は勤まらないという事か。
「そうだな、だが、トップは大物だ。まだ、未確認情報も多いが、Mr.0をトップにオフィサーエージェントと呼ばれるトップの13組のエージェントを筆頭にビリオンズと呼ばれる幹部候補達、それに下っ端連中で構成される相当大規模な組織だ」
「ほう。それは相当ですな」
ブルーノが、そんな組織が今まで知られていなかったとは、と疑問の篭った声を発する。
その言葉にも頷きを返すと、アスラは核心に触れる。
「その原因にはトップの立場も影響している。奴には世界政府も下手に手を出す訳にはいかないからな……王下七武海には」
「「「「「「「!」」」」」」」
さすがに全員の雰囲気が変わる。
「アラバスタ〜王国の〜王〜下七武海〜とくりゃあ」
「チャパパパパ……サー・クロコダイルだチャパ」
クマドリとフクロウもまた、口では茶化しているような口調だが、その表情は真剣そのものだ。
「それで、義兄者、奴の狙いは予想出来ているんですか?」
かしこまった口調で言うジャブラに、『誰が義兄だ』と思わず突っ込みそうになった者は1人や2人ではなかったが、黙っていた。まあ、最大の理由は義兄呼ばわりされた、アスラが平然としていたからだったが……。
ちなみにアスラ自身はというと、『最終的にはサンダーソニア次第。彼女が選ぶならそれもまた仕方なし』と判断している。
「そうだな……現状、全ての情報を総合して最有力なものは……昨今賑やかな革命軍の真似事か」
その最後の一言で、全員がクロコダイルの狙いを察した。
誰も、クロコダイルが革命軍の理想に共感して、などとは思ったりしない。そんな殊勝な人間だと誰も思わない。
となれば、革命の一部……王国を倒し、後は……自身が王になるつもりかと察したのだ。
「無論、これは現段階からの推測であり、ここから別の情報が入ってくるに従い、状況が変わる可能性はある」
全員が黙って頷く。
それはこうした事件ではよくある事だからだ。
「従ってまずは情報集めだ……ルッチ、カリファ、カク、お前達3名はBW(バロックワークス)への潜入を図れ。裏でそれと見込んだ相手や、或いは賞金稼ぎにも声を掛けているようだから、その辺が楽だろう」
3人が頷くのを確認する。
「ブルーノ、お前は拠点となる場所をアラバスタ王国に作れ。酒場でも何でもいいが、気取られるなよ」
ブルーノも黙って頷いた。
「ジャブラ、お前は連絡役だ。動きを悟られた時は一番口封じに狙われる可能性の高い所だ……へまをするな」
「あいよ、義兄貴」
もう、ジャブラの台詞には誰も突っ込まなかった。
「クマドリ、フクロウはダンスパウダーから洗え。もし、連中の集積場所が分かり、王国が関わっているという情報がそこにあった時は……分かっているな?」
「殺す〜ではなく〜情報之裏づけ〜とくらァな」
「チャパパパ、後は後片付けチャパ」
アラバスタ王国が行なっている、クロコダイルが関わっているにせよ、そう見せかける工作が行なわれるであろう事は容易に想像がつくだけに、その裏づけが重要だった。
「分かっていると思うが、王下七武海への干渉に各王国内部の潜入捜査……共に禁止事項だ、分かっているだろうが」
「「「「「「「我々が捕縛もしくは殺されても、政府は何ら関与しない」」」」」」」
1つ頷くと、全員に出撃命令をアスラは下した。
……全員がいなくなった後で、改めてアスラは椅子に深く腰掛けて、今回の件を振り返っていた。
……今回の一件は大部分がアスラの独断だ。
原作知識に基づき、現時点ではダンスパウダーとアラバスタ王国、その2つのキーワードのみでありながら、王下七武海への干渉を決めた。もし、失敗すれば何らかの処罰もありうるだろう。
だが。
この一件はだからといって、放置した場合の影響が大きすぎる。処罰の可能性を考えに入れても、動く価値は、ある。
(……全く、俺の動き次第で最悪万単位の人間の命に関わってくるとか……)
昔のサラリーマン時代が懐かしい。思えば随分遠くに来たものだ、とふとアスラは苦笑しつつ思った。