第57話−下準備
潜入調査を行う時、重要となるのは拠点だ。
無論、各自の行動も大事だが、彼らとて、必要な物資をどこでも好きなだけ調達出来る訳ではない。
情報をまとめ、一時物資を貯蔵し、必要に応じて或いは物を或いは金を提供し、いざとなれば隠れ家ともなる。それがCP9ブルーノが設けようとしている拠点だった。
それだけ重要な場所であり、必要に応じて使う場所だから、他の面々も協力している。
まず、場所だが、これはすんなり決まった。
アラバスタ王国首都アルバーナの一角、酒場などで賑やかな場所を僅かに避け、けれど不自然ではない程度の一角。
当初はレインベースも考慮されたが、現状与えられた話が本当ならば、レインベースは黒幕であるクロコダイルの本拠地だ。さすがにリスクの方が高すぎる。
何しろ、余りに人で混むと、困る。けれど、余りに人が来なければ、却って目立つし、何故潰れないのかと疑念を持たれでもしたら、余計に目立つ。
ほどほど、がベストなのだ。
こうして、確保された場所は既に建てられた建物を選ぶ。新品の建物など目立つ事この上ない。
ただし、新たに店を開く為の改装と称して、作業員を入れる。無論、この作業員もCP所属の工作班だ、文字通りの意味での建設などに携わる専門人員だ。アスラ中将の改革はこうした面にも影響を及ぼしており、CP9の活動も以前は信頼出来る作業員を雇っていたのに、最近はこれだ。
この改装で酒場としての体裁を整えると共に、窓も扉もない部屋を2、3設けておく。
これがブルーノが拠点管理に回された理由の1つであり、彼のドアドアの実の力でなければ、強引に壁なりを突き破るしか内部に入る手段がない隠し部屋だ。こうした部屋は或いは物資貯蔵に、或いはほとぼりを冷ます為の隠れ家として使用される。
さて、こうして店が一通り仕上がると、後は店名を決めねばならないが、こういうのは適当で良いので、『ブルーノズ・バー』というそのまんまな名前を上げておく。
こうした改装にはどうしても多少の日数がかかったが、これから場合によっては年単位で使用する拠点だ。
手間を惜しむべきではない。
そうして、新装開店の当日。
近所に軽く挨拶兼ねて招待をしておいた為に、多少の人が集まった。
彼らの評価は『悪くないが、これという売りがない』『すぐ潰れるって事はないと思うが、流行らせたいならもう少し工夫を』という所だった。悪くない評価だった、CP9の拠点としては。
こうした『招待された人々』に混じって、CP9の面々も店内に入り、酒が大量に入り招待客が前後不覚になる中、1人また1人と隠れ部屋へと移動する。
そして、全ての客が去り、店を片付け、閉めた後で、ブルーノもまた隠し部屋へと移動した。
「すまん、少々遅くなった」
「構わん、では作戦会議を始めよう」
ルッチがCP9の現隊長みたいな事をしているが、別に彼自身はCP9長官を務める気は全くない。興味が湧かない。
もし、彼はこの面子の中の誰かがCP9の長官として新たに任じられたなら、普通にそれに従うだろう。そんな彼が纏め役をやっているのは純粋に、この中で一番強いからに他ならない。過酷な任務において、一番強い、一番あてに出来るというのはそれだけで敬意を払われる存在だからだ……性格に問題があるにせよ、仲間に牙を剥く程馬鹿でもないし。
以前は、力なければ仲間になる予定の人員でさえ殺しかねなかったが、今のCPの状況もあり、そうした行動も鳴りを潜めている。
ジャブラが少し前まで煩かったのだが、彼女が出来てから、静かになっている事もあり、スムーズに事は進んでいる。
「とりあえず、BW(バロックワークス)についてだが、ざっと調べてみても相当隠蔽された組織だという事は分かった」
「ああ、アスラ長官からの資料によれば……」
トップにMr.0ことサー・クロコダイルを抱き、以下13組のオフィサー・エージェントを中心とする秘密組織。
この内、特に中核と言えるのが、5以上の上位オフィサー・エージェントとMr.13アンラッキーズと呼ばれる動物によって構成される連絡役も兼ねる処刑部隊。
特に、Mr.5以上のオフィサー・エージェントは悪魔の実の能力者である可能性が高い、と来ている。
「だが、逆に言えば、6から下は結構潜り込みやすいという事じゃの」
そうカクが〆た。
しばらく、全員が考えている。
「……俺とカクとカリファで潜り込む訳だが、資料によるとオフィサー・エージェントは男女1組を基本とするとある。出来れば、どこか1つに潜り込みたい所だな」
「そうね、ビリオンズとか言われる幹部候補だとある程度集団で動くのが基本のようだし、単独行動もしやすい事を考えるとやはりある程度上にはいっておいた方がいいわね……」
「まあ、とりあえず裏からあたってみよう。ビリオンズとかいう連中がどの程度かは知らんが、まあ、わしらなら普通にやっとれば、大丈夫だと長官は言っておったからの」
とりあえず、潜入組はオフィサー・エージェントを目指す事に決まった。
まずはアルバーナの裏を、それで駄目なようならレインベースへ潜り込んでみる予定だ。
「ブルーノとジャブラは当面はここを拠点に情報収集だな…」
こちらは現状そんなに派手に動く必要のない部署だ。
まずは、噂話を地道に収集していく事になる。
おそらく、推察どおりならば、既にダンスパウダーは使用され始めている筈。そうなれば、おそらく王家に対する不信感を煽るような噂が既に流れ出しているはずだ。
それらを探り、必要なら拷問にかけてでも知っている限りの情報を引き出す。
無論、一人一人の持つ情報は大したものではないだろうが、積み重ねれば、より大きな情報が得られるものだ。
まあ、ここら辺は地道で、根気のいる作業だが、どうせやるのは本部の専門のスタッフであり、自分達ではないから、その点は気楽なものだ。もっとも、いざ事態が動き出せば、ジャブラは一際目立つ行動を取る事になるから、危険もぐっと増すのだが。
なにしろ、目立たないように潜入している3人や、酒場で拠点を守るブルーノに対して、外部から積極的にBW(バロックワークス)への接触を図る存在に見えるようになるはずだからだ。
もっとも、ジャブラ自身は冷静に、しかし燃えまくっている。
理由は実は誰もが知っている。
『義妹をいきなり泣かせるような真似はするなよ』
アスラが最後にジャブラに伝えた一言が彼を燃え上がらせていた。
だが、同時に氷の冷静さを保たねば、この仕事では容易に命を落とす。だが、生き残る意義を見出せた以上、ジャブラは大丈夫だろうと周囲の人間も見ていたし、おそらくはアスラがああいう発言をしたのも、確かに本音もあるだろうが、こっちの意味合いもあるのだろうと判断していた。
「クマドリとフクロウはダンスパウダーの追跡だな……」
目立つという意味では、こちらもジャブラに負けていないが、追う物が違う。
ダンスパウダーという物品自体が世界政府が製造も所持も禁止している品である以上、確認されたならば、それを世界政府が追うのはむしろ当然の話だ。
一応、2人にはCP2所属という表向きの裏の顔が用意してある。
当たり前だが、長官を務めるアスラが正式に用意した、本物な偽の身分証明な訳だが。
それに、ダンスパウダー自体は、あくまで不信感を煽る為の小道具であり、いざとなれば、クロコダイルは切り捨てるであろう事も推測されていた。
それなのに、2人にそれを追わせるのは、世界政府が彼らの組織ではなく、別の方向を追っているのだとBW(バロックワークス)に思わせる為であり、担当の2人以外は気付いている事だが……。
『こいつら目立つからな……』
いずれも、色んな意味で目立つ2人だ。潜入工作よりは暗殺などで使われる方が多いのも、その為だったりする。
逆に言えば、この2人が当人達なりに『普通に』動けば、他の動きを隠す煙幕となるはずだった。
「……他に質問はないか?よろしい、では各自全力を尽くせ」
そう告げると、時間をずらし……たりはしない。ここに入ってしまえば、問題ない。ブルーノが生み出した『空気開扉(エア・ドア)』の力でもって、大気を移動し、外の目立たない場所へと出る。
その後は全員が互いを、いや、クマドリとフクロウは共に行動する故に、一緒に動いたが、他は最早見向きもしない。
ここから先は、互いが互いを知らない、初対面の縁のない間柄として動く。
そう。
例え、彼らの内の誰かが今正に殺されようとしていたとしても、見知らぬ人間として動く。間違っても、仲間の為に飛び出すなどという事はしない。
それが出来なければCP9の一員とはなれないし、そうした状況に陥らない為に力が必要だからこそ六式を完全に修得しなければ認められない。世界政府諜報組織CP(サイファーポール)、その中でも一際濃い闇がこの日から動き出した。