第58話−BWの事情
「ふん……」
バサリ、と書類をクロコダイルは机の上に置いた。
現状、戦力の補充は上手く行っている。
元々、BW(バロックワークス)は、クロコダイルが王下七武海就任以前の、彼自身の海賊団がその原形にある。だからこそ、識別マークとしての『翼とレイピアを添えたドクロマーク』というクロコダイルの海賊時代の旗を元にしたマークが識別マークとなっている訳だ。
クロコダイルの以前の懸賞金額は8100万ベリー。
これは同じ王下七武海の中で見ても、七武海最高額のドフラミンゴの3億4000万ベリーやゲッコー・モリアの3億2000万ベリーなどと比較すると明らかに低い。
……ただし、クロコダイルからすれば、懸賞金の額などに興味はない。
懸賞金が高いという事は、より危険な存在と認識されたという事であり、それは余計なリスクを抱え込むという事と同義だ。それに、そもそも誰がやったかなどと目立たずとも、必要な目的を果たす事は十分可能だ。
こうした意識はクロコダイルをある種特殊な海賊とした。
通常の海賊は、事件を起こした際、むしろ自分の行動だと顕示する。懸賞金の額は自身を大物とする最短距離として、中には懸賞金の額を偽装する者すらいるぐらいだ。
これに対して、クロコダイルは自らの行動を隠蔽した。
密かに陰謀を巡らし、狙った街や財宝を奪う。
襲った際も、自身が行なったという痕跡を目撃者含めて消す。
効率的に、より安全に。
その結果として、行なった犯罪による本来の度合いに比較すれば、懸賞金額は半分以下に抑えられている。
無論、本来ならば2億に迫る額の懸賞金がかけられる程の犯罪を犯しておいて、全く彼の仕業だと分からない程世界政府は馬鹿ではないが、生憎証拠がない。
事実、クロコダイルは敢えて、高名な他の海賊の行動を模した事件も起こしており、余計に彼の犯罪だと断定しづらい状況だった。
が、それだけに危険視が強まり、クロコダイルの王下七武海への推薦が行なわれ、彼もまたこれを受けた。
クロコダイルには不満がある。
俺と王族貴族共、その行動に何の違いがある、という事だ。
いや、むしろ連中の方が性質が悪い。
自分達海賊は、自分達の力でもって、罪と自覚して犯罪を犯す。連中は、権力でもって、罪を罪と思わず、自分達の当然の権利と勝手に定めて犯罪を犯す。
その違いは、といえば、所詮海賊と見られているか、それとも世界政府に認められた王族貴族であるか、それだけだ。
だからといって、力で王国を築いたとて、世界政府に認められる可能性は低い。それは、以前に同じような事があった際、500人からの人質がありながら、それごと世界政府が海賊を葬ったという一例で十分だ。
ならば、どうするか。
自身を海賊ではない、権力者の側に置く為には、そう思ってきた。
そうして、最終的に選んだのが王国の乗っ取り。
王下七武海の名を生かして、どこぞの王国の王女なりとの婚姻という策も考えたが、どうせそこに愛情なぞというものはない。それに、その場合義父となるであろう王や、周囲の貴族連中のうっとうしさを考えると、それが一生続くと考えると、どちらが主となるのか分からない。
そこでクロコダイルが選んだ方法が、民衆に王族貴族を倒させ、民衆によって英雄である自分を新たな指導者として擁立させる策。
これなら、世界政府も自分が新たな王になる事を受け入れざるをえまい。下手に断って、革命軍の勢力下に入っては元も子もないからだが、民衆にしても革命と看做されて、世界政府に敵視されるよりは良いはずだ。
だが、その為には世界政府が革命軍の心情的味方になっては困るような王国である必要がある。地方の消しても特に問題のない国では困る……それに、世界政府が敵となっても、もし、自分の仕業とばれても手を出すのを躊躇うような一手を握っておく必要がある……。
それら全てを満たす国として、最終的に選んだのが、ここアラバスタ王国だった。
改めて、現在の勢力を考える。
予定を早めて、現時点から動きを開始したのには無論理由がある。
CP(サイファーポール)が機能不全に陥った。その情報をクロコダイルは逸早く把握していた。正確には、自身の周囲に司直の手が伸びてきた事を悟ったスパンダインが、自分に助けを求めてきた、というべきか。
それ自体は正解だと思う。
世界政府関連組織は論外、各国政府もまた世界政府に逆らって奴を匿ってくれる程ではあるまい。海賊はこれまで追ってきた相手だ、下手をすれば自分を売って、世界政府につなぎをつける者さえいるだろう。四皇クラスなら別だが、彼らが自分をわざわざ受け入れてくれるとは思えない。
王下七武海にした所で、ジンベエは仁義のある男だから一旦受けれれば、守ってくれるだろうが、スパンダインなどという小悪党をそもそも受け入れてくれるかは怪しい。
その他取捨選択の末、スパンダインが選んだのはドフラミンゴとクロコダイル。そうして、同じ(格が違うとはいえ)陰謀家としての観点からクロコダイルに逮捕状の出るおおよそ一月ほど前から接触してきた。
結果、その時点からCPの活動には支障が出ていた。
当然だろう、クロコダイルが後の保護を引き換えに、自分の活動に支障がないよう、CP内部に強制捜査の噂を撒くよう支持していたのだから。
「……奴自身は価値が低かったがな」
色々な情報をもたらした、とはいえ、スパンダインは自身の身を守る最後の種として、CP内部の重要情報はなかなか明かさなかった。
同じ陰謀家として、役に立たなくなったと思われたら殺されると悟っていたのだろう。結局、最後は情報以上に、独自判断で勝手な行動に出た事が問題視されて、処分された訳だが。
こうした秘密組織で、独断行動は厳禁だからだ。とはいえ。
「……まあ、コマは大体揃った」
フロンティア・エージェント。
自分の計画の核となって動く、最強の手駒達。ニコ・ロビンなど目はつけていたが、これまで手が出す余裕がなかった者も含めて一揃い揃った。ある意味、これが揃ったからこそ、計画を前倒しする気になったと言える。
特に重要なのは、以下の3名だ。
組織のナンバー2においたミス・オールサンデーことニコ・ロビン。
オフィサー・エージェント最強、西の海の「殺し屋ダズ」ことMr.1.
それにマネマネの実の能力者であるMr.2。
無論、彼ら3人だけがいればいいという訳ではない。クロコダイルはそれ以外の、雑魚とも思えるような連中の使い勝手や、そういう連中の必要性も知っている。
だが、やはり自分の計画の中で重要な立場を占めているとなると、この3人が筆頭に上がるのも事実だ。
「問題は何時気付かれるか、だな……」
クロコダイルは何時までも世界政府にばれない、とは思っていない。
ただ、最終段階まで気付かれなければ、その時点で自分の勝ちだと理解もしている。正式に世界政府に救援を求める権限を持つ王族がいなくなれば、その時点で世界政府に堂々とアラバスタ王国に侵攻する事は出来なくなるからだ。
「CP9あたりの顔が分からなかったのも痛い」
CP9の情報はCP(サイファーポール)の最重要機密だ。もし、世界政府に捕まったとしてもスパンダインは処刑まではいかないだろうが、ばらした事がばれれば、間違いなく処刑の階段を昇る事になる。
それゆえに、最後までそうした『話せば、自分が殺される』ような事だけは聞き出せなかった。
(どうせ死ぬなら、全部話して死ねばいいものをな)
そう思うが、あの男からすれば、あれでも限界だったのだろう。
「だが……」
今更止まる事など出来はしない。
それに、世界政府は未だ気付いていない筈だ。気付く前にどれだけこちらの段階を進める事が出来るか……。
そこが勝負の鍵となるだろう。
「とりあえずは戦力の充実だ。今のままじゃフロンティア・エージェントどもはまだまだ使える奴が少ないからな……」
最重要の自身の手足となって動くオフィサー・エージェントの充実を急いだ分、他に皺寄せがいった。
目晦ましの部分も担う賞金稼ぎ組が弱い。
まあ、ここら辺は兵隊でもあるし、これからの充実を図っていくしかないだろう……。
そう考えると、クロコダイルは再び仕事へと戻っていった。