第60話−小手調べ
クマドリとMr.2ボン・クレーが激突するのとは別の所で決着がつく話もある。
Mr.メロウはビリオンズと呼ばれるオフィサー・エージェント直属のメンバーであり、このダンスパウダー作戦のまとめ役だ。
それだけに、彼の姿は誰もが知っている。
現状の不安な中で、逃げ出す事に組織の恐ろしさを知るが故に、誰もが逃走を躊躇う中、リーダーが必死に逃げ出していればどう思うだろうか?
『彼も逃げ出したなら、俺達が逃げても』
そんな心理に陥った彼らは自然とメロウに集合する形で逃げ出した。
1人が2人に、2人が3人に、増えるにつれて、その集団は目立つようになり、次第に人は合流した。中には何が起ったのか気付かぬままに、リーダーが逃げ出そうとしている、という話を聞き、合流した者や、逃走しようとする音で皆が逃げ出そうとするのを見て、ようやく何かが起きた事に気付いて慌ててついていった者もいた。
相当数が殺されていったとはいえ、それなりの規模を持つ船の事だ。どこに隠れていたのか、残っていたのか、総数で20名余が甲板に出てきた。
何しろ、船の事だ。
別に接岸していた訳ではなかったが、港には間違いないし、停泊しているのは間違いないから、飛び移れない距離ではない。ただ、船の甲板から地面に飛び移るとなるとやはり危険なので、急いで階段を下ろして駆け下りようと、ある者は必死に、ある者は訳も分からぬままに、昇降機に向かおうとして。
『鉄塊玉』
弾き飛ばされた。
「チャパパパ、やっぱりお前らそいつに釣られて出てきたチャパ」
フクロウのこの一言で全員が悟った。
Mr.メロウは既にフクロウにリーダー格だと看做されていた。
そして、いちいち船の中を探して回っていては、その間に甲板に上がって逃げられる者も出る可能性がある。ならば、話は簡単だ、彼らに甲板に自分達から出てもらうように仕向ければいい。
そうすれば、後はそこをまとめて片付けてしまえばいい。
「それじゃ死ぬチャパ」
ある者は武器を手に向かってきた。
ある者は命乞いをした。
ある者は懸命に逃げようとした。
武器を手に向かってきたものは次々と殺された。
命乞いをしても、やはり殺された。
逃げようと、岸に飛び移った者もいたが、やはり船の甲板から地面まで飛び降りるとなると、下っ端のチンピラ程度では足を痛める者が続出。上手く逃げれた者も即座に地面に降り立ち、追ってきたフクロウに次々と殺された。
「た、頼む!許してくれ!俺が知ってる事なら何でも話すから……っ!」
そうして、最後に残ったのがMr.メロウだった。
「本当に何でも話すチャパ?」
「ほ、本当だ!だから……!」
目の前で次々と仲間が殺されていったのだから、Mr.メロウとしても必死だ。そりゃあ、周囲に転がっている物となった者達の仲間入りをしたいとは思わないだろう。
「それじゃ、お前を庇った奴の事を話すチャパ。詳細に」
「そ、それは……!」
Mr.メロウの顔がただでさえ血の気が引いて、青くなっていたのが白くなり出した。
当然と言えば当然だ。確かに言えば、この場での命は助かるかもしれない。だが、明日の太陽を見る事が出来ると考えられる程、メロウはお気楽になれない。
前門の虎、後門の狼どころか、前も後ろも死神が鎌を構えて立っているとなれば、どうすればいいのか……。
ここは、万が一に賭けて、今を逃れる方がいいのか?いや、しかし、下手をすればただ殺すだけじゃなく、死んだ方がマシな拷問にかけられるかもしれないし、それなら今楽に殺してもらった方がまだいいのかも……。
最早、Mr.メロウの脳裏では、どうやったら助かるか、ではなく、どっちの方が楽に死ねるか、になりつつあったのだが……。
「あ〜もういいチャパ」
「え?」
何時までも喋ろうとしないMr.メロウにフクロウが喋る気なしと判断を下す方が早かった。
『獣厳(ジュゴン)』
指銃(シガン)の速さで放たれた超重量のパンチ。
それに、ビリオンズとはいえ、所詮は本物のレベルからすれば雑魚でしかないMr.メロウに耐えられる筈もなく、頭部は弾け、息絶えた。
そうして、死体が転がる中、フクロウは考えをまとめていた。
(あの時、こいつはミスターと呼んで、慌てて口を噤んでいたチャパ)
1つは名前を呼びかけたのだろうが、ここが長官の言う通りの組織だとすれば……おそらくは数字。
BW(バロックワークス)はエージェントにMr.〜と数字をつけて呼称するという。ただし、それは上位エージェントのみの話。逆に言えば……。
(奴が5以上の数字にいるのか、それとも下にいるのかで、また変わってくるチャパ)
とはいえ……。
(まあ、殺しておいた方が後が楽チャパ)
とりあえず、そう結論を下すと、まずはとばかりに何時の間にやら姿を現した新CP5こと工作支援部隊に後片付けという名の隠蔽工作を頼むと、再び船の中へと姿を消した。
【SIDE:ボン・クレー】
(拙いわねい)
クマドリと交戦しながら、ボン・クレーは考えていた。
先程、この男は自分達はCP2だと名乗った。
CP2、政府系諜報組織CP(サイファーポール)の一員。となれば、今この場で戦っていても、放っておけば増援がやって来る可能性は高い。
元々、ボン・クレーことベンサムがBW(バロックワークス)に入社を決めたのは、交換条件が良かった為だ。
ボン・クレーは1人のオカマを探していた。
『奇跡の人』イワさんこと、カマバッカ王国の永久欠番、女王エンポリオ・イワンコフ。
突然消息の途絶えた、憧れの人を探して旅していたボン・クレーに接触してきたのがBW(バロックワークス)だった。
現在の居場所、政府の大監獄インペルダウンへと収監された、という情報と共に、彼らは接触してきた。逮捕理由は明らかに不当なものだった。その罪とは『猥褻物陳列罪』……一体何が猥褻物だというのか、何故そんな罪で、あの人がインペルダウンなどへ収監されねばならないのか。
怒るボン・クレーにBW(バロックワークス)は、計画を成し遂げたあかつきには、解放を働きかける事を約束してきた。
彼らのボスが誰かは言えないが、確実に働きかける伝手があるのだと、そうでなければ、インペルダウンへ収監された囚人の情報など入手出来るものではない、と伝えてきた。
元々、クロコダイルがイワンコフの事を探っていたのは、彼のルーキー時代の汚点の為だ。
その汚点を知る存在こそが、そして未だ消せてない相手こそがエンポリオ・イワンコフ。それゆえにそれとなく、場所を探っていたのだが、まさか、こんな所で役に立つとは当初クロコダイルも思っていなかった。
そうして、最終的にボン・クレーはその条件を飲んだ。
故に、彼はここにいる。
(それに、先程もう1人が逃げた連中を追ってったけど、追いつかれたら、あいつらじゃ殺されてしまうわねい)
片割れが、こうしてオフィサー・エージェントの1人である自分が押しつつあるとはいえ、戦っているのだ。
ビリオンズの連中では……そして、もし、相手が帰ってくれば、こちらとしても相当厳しくなる。
「指銃(シガン)Q!」
手にしたキューでもって、連射してくる攻撃をかわし、Mr.2ボン・クレーは踏み込む。
「白鳥アラベスク!」
連射された蹴りが、クマドリの全身に叩き込まれ、クマドリが吹き飛ぶ。
その瞬間を見計らって、壁を蹴り壊し、船の外へと飛び出す。
「んが〜っはっはっは!それじゃ、またね〜い!」
踊るような姿勢のまま飛び出し、こちらは見事に岸へと飛び降りたボン・クレーはそのまま夜の闇へと姿を消した。
少し間を置いて、壁の穴からクマドリが外を確認する。
「いった〜ようじゃ〜のう?」
「チャパパ、いいのかチャパ?」
大したダメージを受けていないように見えるクマドリの背後から何時の間にか戻ってきたのか、フクロウが声を掛ける。
「そう〜いうお前も〜黙って見てた〜よよいっ」
「チャパパパパ。顔は覚えたチャパ。それなりに大物なら、あいつには動いてもらった方がいいチャパ」
今回、クマドリは【生命帰還】を敢えて使用してはいなかった。
その上で、最後も鉄塊を使用して防御した為に、見た目ほどのダメージは受けていなかったのだが、フクロウの言う通り、顔は覚えた以上、そして彼が組織でも大物の1人と思われる以上は密かに手配を回して、彼の姿を見張っておいた方がいい。そうすれば、彼の動きから重要な拠点の見当がつけやすくなる。
それにやりあって分かったが……。
「結構〜ぉ、厄介な奴〜よよいっ」
鉄塊で防御しても、尚最後の蹴りは衝撃が全身に来た。
僅かにながら、自身の体に痣に近いものが出来ているのをクマドリは感じていた。まあ、大した事はないから、明日には綺麗さっぱり消えているだろうが、鉄を蹴って逆に鉄にダメージを与えるというのは相当なものだ。
「とりあえず、一旦戻るチャパ」
「そうするか〜よよいっ」
その翌朝、港は大騒動になった。
突然、一隻の船から火の手が上がったかと思うと、たちまち業火に包まれ、燃え落ちたからだ。
どうやら、油を搭載していたと思われ、荷主という男性ががっくりと肩を落としていたが、どうやら船員の火の不始末という事らしく、港湾の役人からは罰金を科される事を伝えると呆然としていた。
……その荷主も、一部の慌ててやって来た船員の行動もCPの人員による演技であった訳だが、本当の船員達が全員昨夜の内に皆殺しにあった事さえ知られる事なく、この件は『船員の火の不始末による船の火災』として記録されるのみで、ダンスパウダーの事など、誰も知る事はなかった。