第66話−死合
さて、会話は終わりだ。
先程の会話はCP2という名をクロコダイルが上げた時点で、こちらも妥協した。
ある程度は掴まれているのは承知の上だ。むしろ、あれでクロコダイルが『ダンスパウダー』の件に本来自分がいなかった歴史同様関わっていると分かっただけ良しとしよう。
向こうが踏み込んできたので、交換として情報を提供しておく。
こちらの最優先隠蔽事項は『CP9が動いてる事』と『クロコダイルの本当の狙いを知っている事』の2つ。それらをどうでもいい情報でどれだけ撹乱出来るか、だ。
そんな会話をしていたからだろう、体を動かさないか、という話にのったのは。
戦場として選んだのは、マリンフォード周辺に設けられた海軍の鍛錬施設の1つ。
その中でも割りとぼろい、というか廃墟前の設備だった。
マリンフォード自体はそれなりの大きさがあるとはいえ、所詮は小さな島だ。国サイズの島とは違う。その為、そこで暴れると特に大将や中将クラスの場合、マリンフォード自体に大きな損害を与えかねない。
……その実例は、アスラにも分かる。原作では、白ひげがマリンフォードに1人で大損害を与えていたし、黒ひげが能力を奪った後は、島自体を周辺の海域ごと傾けていた。
こうした事から周囲の小島を利用した鍛錬施設が設けられていた。
「また、随分とボロボロな場所を選んだな、おい」
どこか面白そうに葉巻を再び咥え、クロコダイルが言った。
あちらこちらが崩れ、管理を行なっている筈の海兵すら姿を見ない。
「当然だろうな、ここは元々損傷が激しく、今度取り壊しが決まっている設備だ……逆に言えば、壊れても問題ないし、お前の能力を目撃する海兵もいない」
「ほう、優しいこったな」
クロコダイルとしても、その方が望ましいのは確かだ。何も好き好んで、自分の手の内の全容を海軍にさらけ出してやる気はない。
それなのに、今アスラとこうして遣り合おうとしているのは、どこか矛盾していると自分でも理解しているが……。
「さて、それじゃあ、始めるか……」
「ああ」
すうっ、とクロコダイルが身を沈める。
生憎、ここらの場所はどうにも湿気が多い。
しょうがない話ではある。小さな島だ、海からの湿気は存分に流れ込むし、そもそも海軍の本拠地の傍が荒れ果てている訳もない。この周辺の小島はこうした訓練施設や海軍の造船所に停泊施設などが多数ある。
この場所も今こそこうしてボロボロだが、遠からず綺麗に再び蘇るのだろう。……もっとも、この勝負の後で形が残っていれば、の話だが……。
「浸食輪廻(グラウンド・デス)」
地面に触れたクロコダイルの掌を中心として、急速に大地が砂に還る。
クロコダイルの大技の1つだが、今この場所で、自分と同等かひょっとしたら格上かもしれない相手に、手加減も何もない。そもそも、まずは自分の有利な地形にするのは当然の話だ。
(さあ、どうする?)
そんな目でクロコダイルはアスラを見ていたが、アスラ自身に避ける気はない。
この戦いは命まではとらない戦いだ、ならばここで試しておくに越した事はない……。
そうして、砂はアスラの足元に迫り……そのままアスラに何ら影響を与える事なく、周辺一体を砂漠へと化した。
「なに?」
疑念の篭った声をクロコダイルが上げる。
当然だろう、何も影響が出ないとは思わなかったのだ。原作で、ルフィの草履でさえ枯れていたように、接触すれば何かの影響が出るとクロコダイルも判断していたのだろうが……。
『剃』
今度はこちらの番だと言わんばかりに、瞬時にアスラがクロコダイルの内懐に入り込む。
『指銃(シガン)・黄蓮(オウレン)』
連射された指銃がクロコダイルの全身を穴だらけにするが、クロコダイルは平然としたものだ。
サラサラと流れる砂が空いた穴を瞬く間に埋め、穴を無視して、クロコダイルが踏み込む。
「三日月形砂丘(バルハン)!」
三日月形の砂が、アスラの体を通り抜け……何も影響を及ぼさなかった。
1つ舌打ちして、クロコダイルが距離を取る。
にらみ合う中で、双方が今までの攻防を分析していた。
アスラは……。
(……原作に自分が介入を続けてきたから、クロコダイルの能力が変わっていないか不安だったが……どうやら同じくスナスナの実の砂人間なのは変わらんか。これで、ルッチらにクロコダイルとやり合う際の注意が出来るな)
クロコダイルは……。
(……最初の浸食輪廻(グラウンドデス)の時は、或いは僅かに空中に浮かんでいるという考えも視野に入れてたが……三日月形砂丘(バルハン)も効かないとなると、純粋に俺の水分を吸うという能力を無効化可能な悪魔の実の能力者と考えた方がいいか。……厄介な野郎だな)
「砂漠の向日葵(デザート・ジラソーレ)」
クロコダイルがアスラの周囲の砂を流砂と化して、呑み込もうと図るが。
『剃刀』
月歩と剃の合わせ技で一気にクロコダイルの上空へと移動し、足を振り上げる。
『嵐脚・断!』
巨大な真空の刃がクロコダイルを頭から両断する。
だが、当然、自然系(ロギア)の能力者であるクロコダイルに効果がある筈もない。
「おいおい、殺す気か?」
そう言いつつ、掌にくるくると回る砂。
あれは、とアスラが思った次の瞬間には、巨大な砂嵐がアスラを呑みこんだ。当たり前だが、アスラは空を飛べない。月歩はその優れた脚力で、あくまで強引に空を駆けているだけだ。だから、こうして空を掻き乱されては、機動は困難になる。
クロコダイルの得意技の1つ、『砂嵐(サーブルス)』。
それに呑みこまれた為に、やむをえず地上に降り立った所を、今度はお返しとばかりにクロコダイルが狙う。
「砂漠の金剛宝刀(デザート・ラスパーダ)」
四つの砂の刃が地上に降り立ったばかりのアスラを襲い、その内2本までは躱すも、残り2本が直撃した。
体の3分の1程が3枚に卸されて……次の瞬間には元に戻る。
試合と言いつつも、お互いの攻撃はいずれも普通の相手ならば致命傷。試合という名の殺し合い。
アスラがあっさりと体を再生した、それを合図として、しばらく双方とも睨み合い……。やがて、クロコダイルが、ふう、と溜息をついて、両手を上へと上げた。
「やめだ、やめだ。どうやら、お互い相手に攻撃しても意味ねえらしいな」
「そのようだな」
無論、互いにまだ奥の手はある。
クロコダイルは毒などを隠し持っているし、アスラも覇気を用いていない。
だが、双方とも分かっていた。これ以上は殺し合いになると……今は、それは双方とも避けたい。アスラにしてみれば、王下七武海の一角を手合わせで殺害する事態は避けたい。まだ、十分な証拠は握っていないのだ。
クロコダイルはクロコダイルで、こんな海軍本部の傍の島で、海軍本部中将を殺すなどという事態になるのは避けたいと思っている。簡単に倒せる相手ではないのは十分分かったし、自分が倒される可能性もある。これ以上やりあってもメリットはない。
先程復活する時にアスラの傷口から見えた銀色からある程度推測も出来た事であるし。
だからこそ、どちらともなく、互いの船を呼び、帰還する事にした。
背を向けたアスラに向け、ふとアスラを半身で振り向いたクロコダイルが声を掛ける。
「そうそう、実は最近、予想外の大損してな……」
「……?」
おそらく、ダンスパウダーの事か、あたりをつけるが、何故ここでそれを言い出すのか、アスラも半身になって、クロコダイルに視線を向ける。
「しばらくは大人しく貯蓄する事にしたよ。お前さんも予想外の事態には気をつけな」
それだけ言うと、クロコダイルは今度こそ背を向け、立ち去っていった。
その背を見送りながら、アスラは呟いた。
「……厄介な野郎だ、絶対分かって言いやがったな」
素直に受け取れば、単なる金の話だ。
だが、裏読みをすれば、今回のダンスパウダー殲滅作戦で、予想外の被害が出たから、しばらくは大人しく戦力補充でもして大人しくしてるとも聞こえる。問題は、もし、そうだとしてもそれが本当なのか分からない、という事だ。
或いは、そう思わせて、むしろだからこそ活発に動くのかもしれない。
ダンスパウダーの陰で動いてるのにこちらが気付いているのに、向こうも気付いたか?とも思うが、いや、違うだろうと思い直す。おそらく、これもまたこちらの動きを探る為だという事か。
……どちらでもいいのだろう。これでこちらの動きが活発になろうが、停滞しようが。
活発になれば、それだけこちらの動きを探るのが容易になる。
停滞すれば、戦力補充など力を蓄えるのは容易になる。
「……まだまだ、先は長そうだな」
たとえ、クロコダイルの狙いが分かっていても、それを証明出来るだけの証拠を集めなければ、王下七武海の一角に対して公然と手を出す事は出来ない。
それが分かるだけに……原作でCP9が何年も潜入捜査していた事を思い出し、胃が痛くなりそうだと思いつつ、アスラも船へと戻っていった。
余談だが、この鍛錬場所は当初の計画が、島の半分以上が砂と化してしまった為に完全に崩壊し、それならばと近場なのを生かして、マリンフォード在住の家族の海水浴などの遊び場として再建される事になる。……ちなみに、この再建計画の責任者は建造・建設に権限を持つ緊急即応部隊と造船総監双方を兼任するアスラだった事は因果応報という言葉を当人に思い出させるには十分だったという。