第67話−休暇(赤犬大将編)
忙しない日々から離れ、ふと訪れた暇な時間。
アスラから譲られた、最近ちょいとお気に入りの煎茶を淹れて、一すすり。
ふう、と息をついた。
我武者羅にやって来た為に、趣味もなく、かといって黄猿や青キジら同僚は殆どがこれまでのサボリの結果として、今頃は仕事に追われまくっている筈だ。
数少ない休暇組であるセンゴク元帥やアスラは久方の休みという事で、家族サービスをしているかもしれない。そんな処へ割り込むのは気が引ける。
大将という階級故に無駄に広い家で、サカズキ大将はぼんやりと何をするでもなく、ただ一言ポツリと呟いた。
「………暇じゃのう」
思えば、若い頃に妻子を失って以来、無我夢中だった。
自分があの時……なまじ情けをかけたが為に、全てを失い、それ故に海賊を憎み、殲滅してきた。それ自体は今でも変わらず、諸事情から前線に出る事は減ったが、一度前線に出れば、未だ殲滅戦を展開する事に変わりはない。
ただまあ、平時に戻った時、ふと寂しさを覚える事がある、という所が変わった所か。
ついでに言うならば、サカズキは海賊との戦いで容赦ないのであって、それ以外でなら案外話を聞いたりする事もあったりするのだが、何しろ普段の殲滅戦闘の有様が有様なので、案外知られていなかったりする。まあ、それ以外の相手などそうそういないのも事実なのだが……。
「……少し外を回ってくるか」
このままぼうっとしているのも何とも不健康な気がする。
そう思ったサカズキは、どれ、と杖を片手に立ち上がった。
衣服は普段と異なり、最近、作られるようになった作務衣と呼ばれるものだ。実は、これらを含めて最近色々とこれまでと変わったものが作られるようになった。
理由は単純で、元の世界を懐かしんだアスラが作らせていたりする。
変なものは作らせていない、というか、割と人気が高いので問題は起きていないし、そもそもこうした生産設備を一括して管理するのは造船総監、つまりアスラだったりする。
造船総監と言うと、造船だけ担当しているように思えるが、実際は海軍の生産設備全般を担当している。兵器は艦に搭載する以上、造船と密接に関係してくるし、衣類などはわざわざ部署を設けても数は結構なものになるが、将官を置く程ではないので結局造船総監に一括で纏められていたりする。
この作務衣も、『良ければ家にいる時にでも』とアスラから贈られたものだったが、まあ、確かに家にいる時まで堅苦しい服装を着込む事もなかろう、と着てからは、案外気に入っていたりする。こうしていると、本当に厳ついけれど、普通の隠居という風情だった。もっとも、見る者が見れば、目なり仕草なりには今も尚最前線で戦う現役が纏う空気とでも言うべきものがあったが。
のんびりとマリンフォードを歩く。
マリンフォードは確かに海軍の街だが、海軍の要塞と戦闘設備だけが全てではなく、むしろ大部分を占めるのは海兵の家族が住む居住区と彼らの生活を支える商業区だ。
むしろ、戦闘施設は要塞とマリンフォードを囲む城壁部分であり、訓練施設や主たる造船設備など海軍の重要施設の大多数はマリンフォード周辺の島にある。まあ、もちろん、マリンフォードにも訓練施設はそれなりの数があるのだが。さすがに訓練の度に必ず船に乗らないといけない、というのは面倒臭い。ただ、中将クラス以上同士が訓練となると、崩壊しかねないのだ。
実際、以前にはセンゴク元帥とガープ中将の喧嘩で施設がまとめて壊れた、とか、黄猿大将とアスラ中将の試合でまとめて施設が破壊されたという実例もある事であるし……。
とはいえ、それも要塞付近に限られ、生活の場とは関係ない。それだけに、マリンフォードを歩けば、平穏な日々が広がっていた。
ある意味、この光景を守りたいからこそ、海兵は命をかけるのであり、だからこそ、こうして日常を味わう事は大切だ。改めて歩いていて、サカズキはそう思う。
「そういう意味では、アスラも家族と過ごす時間をもう少し取らせるべきじゃろうな……」
確かに仕事を押し付けすぎたかもしれない。
幾等給与は増えるとはいえ、さすがにそろそろ仕事を絞るべきだろう。造船総監とCP長官はともかくとして、緊急即応部隊と護衛艦隊は別の中将に預けた方がいいのかもしれない。
(しかし、そうすると旗艦の変更もせねばならんな……)
現在の旗艦たるマーキュリー号から、より速度の出る高速戦艦へと変えて、ヘルメス号を普段の乗艦として使っている状況を改善すべきだろう、と思う。マーキュリー号は艦内病院すら備える大型艦なので、護衛艦隊の旗艦としてそのまま使うのが相応しい筈だ。
そうした事を考えながら、一件の酒場ののれんをくぐる。
新世界にあるワノ国風と呼ばれる雰囲気の店で、米から作られた酒ライスワインを中心に、新鮮な魚を用いて、生で食べるという変わった調理方法などで知られている店だ。
とりあえず、ライスワインと刺身、それにつけ合わせを適当に頼み、やがて運ばれてきた酒と肴で一杯やる。
周囲には仕事帰りや、或いは非番の海兵らで賑やかだった。昔を懐かしみながら、穏やかな気分になっていると、急に店の一角が騒がしくなった。
なんじゃ、と思い、そちらに視線をやると、将官らと思われる一団が店の人間に絡んでいるらしい。
周囲の声を聞くと、酔ってやって来た挙句に、騒ぎ出して、周囲の人間に迷惑をかけ出した。将官なので、周囲の人間も言い出せないでいる中、さすがに店の人間がもう少し静かにしてもらえないかお願いに行った所、絡みだしたらしい。
さすがに、見過ごせず、サカズキは杖をつくと、そちらへと歩いていった。
「おい、貴様ら」
「あん?」
階級を見ると、少将らしい。他にもう1人少将がいて、後は大佐に中佐が合計5名程いる。
「ここは騒ぐ所じゃないわい。静かにせい」
「うるせえなあ、ジジイはすっこんでろよ!」
確かに、今のサカズキの姿はどこぞの隠居した爺さんと見えなくもないのだが……。
「……貴様ら、礼儀というもんがわかっとらんようじゃのう」
「ああ?爺さん、怒ったのか〜?」
相当酔っているらしく、ふてぶてしい態度で睨んでくる。
「……少し性根を叩き直してやろうか」
「はっ、いいじゃねえか。そこまで言うんなら、相手してもらおうじゃねえか、なあ?皆!」
少将が言うと、他の連中もやいのやいのと囃し立てる。それを聞く度に、サカズキの額にビキリと青筋が浮かんでいるのだが、彼らは全く気がついていない。
一部の海兵が心配して声を掛けてきたのだが、サカズキは心配いらんと彼らと共に店を出た。
更に一部の海兵はこの状況を心配して、駆け出した。おそらく、上に報告に向かったのだろう。
そうして、マリンフォードにある鍛錬施設の1つへと到着した。
「さあて、そんじゃジジイの相手は誰から……「構わん、全員まとめてかかってこんかい!」……後悔するぞ、ジジイ」
既に限界に近い状態にあったサカズキが杖をついた状態で怒鳴りつけると、彼らは一斉に攻撃を仕掛けた。
ある者は嵐脚を放ち、一部の者は悪魔の実の能力者だったらしく、その能力でもって攻撃を仕掛ける。
盛大に砂煙が上がり、管理の海兵がさすがに騒ぎ出す。
「ちょ、ちょっと!やりすぎですよ!相手はご老人……!」
「はっ、あのジジイがかかってこいと言ったんだぜ?いいから、すっこんでろよ!なあに、これで大怪我してても……」
「誰が怪我をしとるじゃと?」
海兵と少将の遣り取りを遮るようにして、重厚な声が響いた。
さすがにぎょっとして、少将大佐中佐らが砂煙の方向を見ると、そこには平然と怪我1つなく立つサカズキがいた。
「……貴様らが海兵とは、恥知らずめが……!徹底的に叩き直してくれるから覚悟せい」
その言葉と共に、ゴボゴボと両肩が粟立ち、真っ赤なマグマとなって流れ落ちる。
足元にわだかまったマグマから、サカズキの胴体よりも太い2対の竜がその巨大な体を伸ばし、頭部を一団に向けた。
「ろ、自然系(ロギア)!?」
「あれ?確か、あの能力って……」
ようやっと酒が抜けてきたのか、首を傾げる一同だったが、もう遅い。
「そういえば名乗っとらんかったのう……儂の名はサカズキ、海軍本部赤犬大将の方が通りがええか?」
赤犬大将、その言葉を聞いた瞬間、完全に酔いが吹っ飛んだのだろう、少将に大佐中佐全員の顔が青を通り越して白くなる。
鍛錬設備の管理の海兵はといえば、名乗りを聞いた瞬間、顔を青くしながら、そそくさと姿を消す。
「「「「「「「あ、ああああああああ、あの……」」」」」」」
「殺しはせん…じゃが、徹底的に反省してもらおうかのう?」
「「「「「「「ひいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」」」」」」」
その日、鍛錬施設が1つ完全崩壊した。
その跡地からは、こんがり焦げた半殺しの将官佐官らが複数転がっていたが、何故かこの件に関しては全責任が彼らにのしかかって、彼らは全員降格の上、赤犬大将の下につけられたという事である。新たな配属先を聞いた彼らの顔は一様に血の気が引いていたそうだが、その理由を知る者は……少なくとも表立ってはいない、らしい。