第72話−その頃の或る組織
世界政府の手は世界のいたる所に伸びている。
その配下たる海軍の戦力も、また世界のいたる所に配置されている。
だが、世界の全てではない。
故に、世界には世界政府すら手の届かない空隙が生まれ、そこに世界政府と敵対する者が巣食う事も、ある。そう、例えば、ここ、革命軍の拠点たるバルティゴのように……。
【SIDE:ドラゴン】
「バスターコールが?」
革命軍もつまる所は、反世界政府組織の1つだ。故に、他の反世界政府組織と関係を持つ事もある。
今回、壊滅した所は革命軍と繋がりがあった訳ではないが、起きた事柄が問題だった。
バスターコール。海軍が行なう殲滅戦。
発動は元帥と3人の海軍大将、もしくはその誰かからゴールデン電伝虫を貸与された誰か、後は世界政府の頂点たる五老星ぐらいしかする事は出来ないし、その性質上滅多に発動されるものではない。
「発動の原因は分かったか?」
そう、『滅多に』、だ。単なる反世界政府組織、というだけで発動させるようなものではない。
実の所、反世界政府組織自体は規模を問わなければ、それこそ大小無数にある。
大は革命軍のような国を落とす規模から、小はそれこそ小さな町の不平分子まで様々だ。それらに片端からバスターコールを発動させていたら、それこそ世界が滅ぶ。今回壊滅した組織も、決して小さい訳ではないが、革命軍と比べると遥かに小さいのも事実だ。
「いえ、さすがにバスターコールの発動理由までは……」
「そうか……そうだな」
実の所、革命軍には海軍内部にも協力者、賛同者がいる。
これはドラゴンの出自にも影響がある。
ドラゴンは英雄ガープの息子であり、当然今の道に入るまでは、海軍とも密接な関係があったし、親しい友もいた。
無論、ドラゴンがこの道に入った事で縁の切れた者も大勢いるが、海軍とて天竜人や世界政府のやり方に対して怒りを感じる者も大勢いるのも事実だ。
そうした人間には海軍を離れ、革命軍に加わった者もいるが、敢えて海軍に残って革命軍に情報を提供し続けてくれている者もいる。
とはいえ、さすがに海軍の最高位にある、中将以上には革命軍とて手が伸びてはいない。
無論、危険を承知で無理をするなら、可能かもしれない。しかし、こう言っては悪いが、危険をおかしてまで得なければいけない情報という訳ではないのも事実だ。
……非情なようだが、もう終わった、終わってしまった事なのだから。
それに、現在、革命軍にはより気になる事があった。
「ところで、イワンコフさんは上手くいっているのでしょうか?」
「……分からん、さすがにインペルダウン内部まではどうにもならんからな……上手くいっていると思いたいが」
そう、オカマ王エンポリオ・イワンコフが革命軍幹部としてインペルダウンへと収監されているのだった。
もう2年近くが経つ。
上手くいっていればいいが、上手くいっていなければ、命を落としている可能性も、ある。
彼……いや、彼女(?)と呼んだ方がいいのだろうか?まあ、濃い人材ではあるが、頼りになる、人望のある人物であるのも、また確かなのだ。そんな彼女(?)が捕まったのは、ある意味意図的なものだ。
インペルダウンに嘗て、カマバッカ王国に来て革命軍に協力して、自らの国を崩壊させる道を選んだ王の息子がいる。それを知ったイワンコフが敢えて潜入を図ったのだ。
怨まれているだろうが、それでも構わない。
かの王は、自らの立場を捨ててまで協力してくれたのだから、その子が、それが原因で道を踏み外してしまったのならば、王が既に亡き今、自分がそれを助ける、そう誓い敢えて世界政府に捕まった。
無論、ちゃんと勝算あっての事だ。
カマバッカ王国は【色んな意味で】、世界的に有名だ。
その女王(永久欠番)であるイワンコフが処刑された、となれば何があったのかと勘ぐる筋は多いだろう。その結果として、万が一イワンコフが革命軍の一員と判明したら……1国の王ですら世界政府に敵対する側に加わり、革命軍として活動する。それが世界に与える影響は大きい。
ならば、インペルダウンに何らかの罪状をつけて放り込み、黙らせるのが一番という読みは当たっていた。
「インペルダウン内部の大空洞……偶然とはいえ、この情報を得る事が出来たのは大きい」
だからこそ、潜入を決意出来たと言ってもいい。
この情報がなければ、さすがに共倒れにしかならない可能性の高い、インペルダウン潜入は試みられなかっただろう。
(……無事でいろよ、イワ)
【SIDE:イワンコフ】
「ヒーハー!ようこそ、囚人達の秘密の花園!ニューカマーランドへ!」
その頃、インペルダウンLv5.5。
ニューカマーランドへと、更なる新人が『鬼の袖引き』と呼ばれる消失を遂げ、やって来た。
「な、何じゃこりゃあ!?」
その男の名は、元CP5主官スパンダム。
彼もまた、このインペルダウンに収監されつつも、必死に脱走を図っていた囚人の1人だった。
そうしてある日、偶然必死に逃げ込んだ先で足を滑らせ……これまで、あの手この手で躱してきた地獄に遂に落ちた。
これまでか、と思ったが、偶然に偶然が重なり、空洞へと落ちた。
『しめた、俺の運はまだ尽きていない!』
そう信じ、スパンダムは奥へと進み……。
しかし、辿り着いた先は、ある意味別の地獄だった。
スパンダムはノーマルであって、オカマに興味はない。だが……ここはオカマ王の君臨するオカマの王国。ここがインペルダウンの内部と思えないのはいいとして、誰もがあっちに逝ってしまった格好をした世界だった。
「おやあ〜?ヴァナタ、ひょっとして……前CP長官の息子ッキャブルね?」
CP(サイファーポール)の挙動は革命軍にとっても最優先で把握しておくべき情報だった。
だからこそ、長官の情報も詳細に把握していた。弱みなり、性格なり把握しておけば使える事があるからだ。事実、以前は金で片をつけた事例もあった。まあ、革命軍と知られた訳ではなく、犯罪者と勘違いされた為ではあったが。
「そ、そうだ、よく知ってるじゃ……前?」
え?とばかりに、驚いた顔になるスパンダムだった。
彼は、何時か父がここから解放してくれると思い、必死に生き延びてきたというのに、まさか、その当の父が既に亡くなってるとは考えもしなかった。
まあ、さすがにイワンコフもスパンダインが死んだとは知らなかったが、解任された事ぐらいは知っていた。
「ん〜フッフッフ。ヴァナータの失態が原因で、CP(サイファーポール)に捜査の手が伸びた結果、スパンダイン前CP長官も犯罪者として地位を追われたッキャブルよ。そして、CP長官の後任はヴァナタをここへ送り込んだ海軍本部中将ッキャブル」
厄介な相手が就任したと話題になっていたから、イワンコフも覚えていた。
ガーーーンという文字が背後についていそうな程、愕然と顎を開きっぱなしにしていたスパンダムだった。最後の希望が断たれ、今では嘗て自分をここに送り込んだ海軍本部中将アスラがCP長官……それは彼にとっては大ショックだった。
「まあ、お互い今じゃ囚人仲間だ。仲良くしようぜ」
「そうそう、貴方も仲間になりなさいよ」
真っ白に燃え尽きたようなスパンダムだったが、親しげに肩を抱いてきた連中の姿を見て、我に返った。
『俺はノーマルだーーーー!』ともがくスパンダムの前にイワンコフが立ちはだかった。
「ん〜フフフフ。ま〜だ決心がついてナッキャブルね!けど、安心しなさい。す〜ぐ楽にナッキャブル」
構えるイワンコフの姿に何かとてつもない嫌な予感がして必死に暴れ……る前に、その貫手がスパンダムへと叩き込まれる。
「エンポリオ・女ホルモン!」
イワンコフはホルホルの実のホルモン人間だ。
その力は、ホルモンを自在に操り、人体を中から変えてしまう、言わば人体のエンジニア。そうして、この能力を喰らった人間は……。
「え!?ええええええええええ!?ってキャー!?」
男が女になる。
性格も、女性ホルモンの影響で女性らしいものへと変わってしまう。
元スパンダムとは思えない程可愛らしい女性の姿へと変貌し、可愛らしい悲鳴を上げる。
……後は女性のまま当面を過ごし、女性らしさが身についた頃、元に戻せば……肉体男の精神女性。つまりは……。
「ア〜〜〜〜ッ!ニューカマーラーンド!!」
次の新人囚人がやって来た時、イワンコフのバックで、レオタードに網タイツで踊るスパンダムの姿があったのだった。