第73話−思惑
【ニコ・ロビン】
「どういう事なの!」
クロコダイルの執務室に、激しく机を叩く音が響いた。
机を叩いたのはニコ・ロビン。このカジノ『レインディナーズ』の支配人を務めている才女だ。その彼女は普段はにこやかな笑みを浮かべて、対応している。だが、今、その顔は厳しく引き締められ、虚言は許さないとばかりに、椅子に腰を下ろすオーナーであるクロコダイルを睨みつけていた。
そのクロコダイルは、といえば、こちらは対照的に椅子に体重を預け、常どおりの笑みを口元に浮かべ、葉巻を咥えて燻らせていた。
「何が、どういう事、だ?」
「とぼけないで!先だって、翻訳した資料の内容よ」
先日、BW(バロックワークス)が手に入れたものとして、クロコダイルから渡された資料があった。
現在、BW(バロックワークス)はその上層部こそ開店休業状態で静かにしているものの、下部組織たる賞金稼ぎの部隊は活発に動いている。
何しろ、組織というものは存在しているだけで、金がかかる。
人件費、訓練にかかる各種の経費、宿泊する建物や移動に必要な船舶、その他諸々……。
賞金稼ぎはこうした経費を少しでも浮かせる為に金を稼ぐという目的と、名を売る為などが、その理由だ。実際、こうして作り上げた賞金稼ぎの組織への勧誘、という形で新たに勧誘を行なう事もある。
そういう意味では、表立っては賞金稼ぎのギルドとしての面をも有するようになってきたと言える。
賞金稼ぎ達とて、好き好んで危険を冒したい訳ではないから、入る事を選ぶ者も多い。そうした中から信用出来る、使えると判断された者が更に、BW(バロックワークス)へと勧誘される訳だ。
そうした賞金稼ぎ達によって、餌食となった海賊団があった。
彼らが持っていた財宝は、基本的には役割や働きに応じて分配されるが、中には使えない物、金にならない物などが混じっている。こうした中から、何かしら曰くのありそうな物などが上納金と共に後方に送られ、更にその中から、ごく一部が意味のある物と判断されて、何かしらに利用される事になる。
(無論、本当は使えるのに、使えないと判断されて、クロコダイルの目に留まらぬまま消えていく物もある)
今回は、そうした中で見つかった1つの書類の束が発端だった。
古く、黄ばんだその書類には解読不能な文字らしきものが並んでおり、当初は何かしらの暗号文かと思われた。場合によっては、昔の海賊なりが残した財宝の在処を示すもの、という可能性もある為、念の為にクロコダイルに回り……気付いた。
ニコ・ロビンに翻訳させたものの、内容は不明だった。
ロビンによると、誤字脱字、虫食いも多く、推測で埋めた部分もある。到底使えるような代物ではない、とは聞いていたが……。
「聞いてるの!?」
「……うるせえな」
もう一度音を立てて、机を叩いたロビンに、けれどクロコダイルはのっそりと立ち上がる事で応えた。
はっとロビンが気付いた時には右手で首元を掴まれて、クロコダイルが足を乗せていた事務机とは別、ロビンの背後にある応接机に横たわるように押さえ付けられていた。
「ぐっ……」
「なあ、ニコ・ロビン。お前、自分の立場ってもん分かってねえなあ?」
現段階では押さえているだけだが、その気になれば、クロコダイルはその右手でロビン自身の水分を吸い取る事が出来る。
そもそも、ロビンも悪魔の実の能力者ではあるが、クロコダイルの能力とは相性が悪すぎる。
ロビンの持つハナハナの実の能力は、いたる所に腕や足を生やす事だが、あくまで生えるのはロビン自身の手足だ。したがって、極端に重い物では持ち上げられない事もあるし、硬いものを殴れば手足を痛める事もある。
そして、当然だがクロコダイルの自然系悪魔の実、スナスナの実が相手では、今ロビンが自分の手で掴んでも引き剥がせないように、手を生やした所で無理だ。
いや、単純な力だけならば数を増やして生やせば対応も出来るだろう。
だが、砂と化した腕は掴めない。
掴んでも掴んでも、一瞬砂を掴むだけで、すぐに腕は再生する。その癖、クロコダイル自身はガッチリとロビンを押さえ込んでいる。
「立場ってもんを理解させてもらいたいのか?」
そう言いつつ、クロコダイルは左手のフックをロビンの襟元にかけ。
一気に引き下ろした。
服の裂ける音が部屋に響き、臍の辺りまで、一気に白いロビンの肌が露わになる。
「……っ!」
だが、ロビン自身は服を押し上げる胸元が露わになろうとも、睨むだけで悲鳴を上げたりはしない。
「いいねえ、ニコ・ロビン。……本気でものにしたくなりそうだぜ」
ニヤリと笑いながら、つつ……とフックをロビンの肌に這わせる。
屈しないとばかりに、表情1つ変えず、クロコダイルの目から視線を逸らさなかったロビンだったが。
『六輪咲き(セイスフルール)……』
クロコダイルのロビンを押さえる右腕から6本の自身の腕を生やす。
『うん?』とばかりに疑念を示すクロコダイルを尻目に、その右腕を一斉に掴み……。
『グラップ!』
瞬間、6本の腕がそれぞれに砂を掴み取った為に一瞬、腕が途中から本体との接続が切れる。その力が緩んだ一瞬の隙をついて、ロビンはクロコダイルから逃れた。
はだけた胸元を抑え、クロコダイルを睨みつけるが、当のクロコダイルはと言えば面白そうな表情を崩しもせず、追撃をかけるでもなく、余興は終わったとばかりに事務机に腰掛けた。
そのまま視線を外さないクロコダイルから、ロビン自身も視線を外さないままに、後退し、扉から外へと出る。
扉を閉めてから、やっとふう、とロビンは深い息を吐いた。……吸われた訳でもないだろうに、喉がカラカラだった。
【SIDE:クロコダイル】
ロビンが出て行ったのを確認してから、笑みを崩さないままにクロコダイルはふと思う。
今回の件に関しては、実の所、クロコダイルにとっても予想外の結末だった。
葉巻に改めて火をつけながら、今回の一件を思い返す。
そもそも、ロビンに翻訳させたものの、実際にクロコダイルが見ても、念の為に科学に心得のある配下に確認させても、到底使い物になるとは思えなかった。
だが、何分にも古代の兵器だ。
予想外のものが得られるかもしれないし、或いはまかり間違って、本来とは別種の、だが使える物が生まれる可能性もある。
そこで、クロコダイルは情報を流した。
使えず、爆発して終わるならそれもまた良し。
使えるなら、自身が制圧すると事で世界政府に自身の手柄として示すという手もあった。
海軍が連中を捕縛するなら、その反応でこちらの内部を探るつもりだった。
そう、クロコダイルは、BW(バロックワークス)には既に世界政府の手の者なりが入り込んでいると判断している。
世界政府の手は長い。ましてや、BW(バロックワークス)は自分で言うのもなんだが、規模が順調に拡大しつつある。目立つのは本来の目的から目を逸らさせる役に立つが、同時に他組織から入り込みやすくもなるし、世界政府の監視も惹き付ける。
それだけに、今回流した情報の内、上へ行く程詳細な情報を流してあった。その反応次第で、内部にどこまで食い込んできているかの調査を行うつもりだったのだが……。
予想以上に、今回使った反政府組織が杜撰だった。
さすがにクロコダイルとて、今回の情報が、歴史の本文(ポーネグリフ)を元にしているという所までは配下には例えMr.1であっても流してはいない。
だが、今回、海軍はバスターコールを発動させ、島ごと住民ごと全てを吹き飛ばす、という手段に出た。
それは取りも直さず、歴史の本文(ポーネグリフ)由来の兵器を製造中という事が洩れたという可能性が高い。
もし、BW(バロックワークス)経由でそこまで流れたなら、とっくにクロコダイルの所に世界政府の人間が雪崩れ込んできている。
「役立たずどもが……」
吐き捨てるように呟く。
世界は何時だって想定外の事ばかりだ。