第75話−休暇がてらの…
エースとサボの為の船に関しては、了承が得られた。
1年前から、となると随分手間をかけるように思えるが、実際はトムは忙しくないが、忙しい。この矛盾した理由は、海列車そのものに関しては世界会議の結末がつかない事には新たな路線が敷けないから、そんなに忙しくないから、教育を行なう余裕はある。
だが、この次世代の船大工の育成という仕事は大変だし、何より幼少時に見た海列車に憧れてこの世界に入ってきた者は多い。そうした彼らにとって、トムの存在は正に憧れそのものであり、事実彼の話や勉強は面白く分かりやすいと何時も立ち見で溢れる盛況ぶりだ。
結果として、個別に教わりに来る者も多く、その一方でガレーラの船の建造にも関わっている。
あくまで、忙しくないのは海列車の事だけで、こちらに関してはあれから1年以上の時をかけて、建造をマニュアル化した為に海列車の生産そのものはトムではなくとも可能になっている。ちなみに、アスラは一定の数が求められる規格船に関しては、流れ作業を導入しており、海列車にもその導入が検討されたのだが、現状ではそんなに大量の数は求められない、として未導入だ。
まあ、アスラの海列車による島嶼艦横断鉄道計画自体は、トムもアイスバーグも夢として賛同しており、何時かは、と流れ作業のマニュアル化や海列車の改良も進められていたりするのだが……。
さて、そんな魚人だから、トムに依頼をするとなると、それなりに時間がかかる。
そもそも、コンセプトを元に一から設計図を引き、船の建設となると小型の船であってもそれなりの時間を要する。
今回の場合であれば……。
1、少数で動かせる船である事。最低人数は2名。
2、ある程度までの増員に耐えられる事。
3、一定期間の長期航海に耐えられる事。
これらに加えて、もう一つ。
4、旅の経費を稼ぐ為に、賞金稼ぎを行なう予定である為、海賊船を追尾可能な速力と、多少なりとも反撃可能な武装、攻撃による衝撃に耐えられる船である事。
といった、軍艦に準じる性能が必要になる。
これがややこしい。
そもそも軍艦というものは大体そうだが、速力・機動性・武装・防御に必要に応じて割り振らなければならない。全てを万遍なく高くする事は出来ない。攻撃力と防御力を高める為に、大量の大砲と分厚い装甲版をつければ、船は重くなる。そうなれば、速力も機動性も悪くなる。
重い荷物を背負って走れば、どうしても遅くなる、という事をイメージしてもらえば分かりやすいだろう。
逆に軽くすれば、今度は防御などに皺寄せが来る。
アスラの元の世界で言う所の、ゼロ戦の場合は、エンジン出力の関係で、敵機を撃墜可能な武装、敵機に追いつける速度と、どの機体にも負けない軽快さによる機動性に、太平洋という広大な海での戦闘可能なように航続距離まで追及したら、防御に回せる部分が残らなかった、という冷酷な現実がある。
まあ、何が言いたいかというと、これが商船ならば積載量が最重視、次いで逃げる時や荷物を運ぶのに必要な速度、武装や防御はそれからな訳だが、賞金稼ぎの船として使う以上は戦闘に自分から突っ込んでいく船な訳で、きっちりした船を仕上げるとなるとやはり時間がかかるのだ。
【SIDE:アスラ】
「………ふむ、あっちも始まったか」
新鋭戦艦メルクリウス号艦上の司令官執務室で片端から書類を捌きながら、アスラはある書類にふと、視線を落とした。
以前の旗艦であったマーキュリー号、準旗艦たるヘルメス号は前者はそのまま緊急即応部隊の旗艦として残り、後者はお役目を解かれて通常の巡洋艦としての艦隊勤務へと戻った。
乗組員に関してだが、マーキュリー号の艦長は昇進して少数の纏まった数の船を運用する事になったので、ヘルメス号の艦長が昇進してメルクリウス号の艦長に就任、更にマーキュリーとヘルメス双方から引っこ抜いて、運用を行なっている。
マーキュリー号をを運用していたスタッフからすれば、以前とはまるで運用の基本から違う高速戦艦に戸惑い、ヘルメス号の側からすれば巡洋艦から戦艦へと変わった事による戸惑いがある。無論、どちらもベテランだから、その内慣れるだろうが、その為には航海を繰り返す必要がある。
以前よりは仕事量がマシになったので、また海に出られるようになった事もあり、アスラも慣熟航海に時折こうして付き合っている次第だった。無論、そこには、軍艦という船の慣熟戦闘の性質上、海賊との戦闘も予定されているから、という現実もあったが。何しろ、慣熟航海の性質上、新世界ではないが、ここがグランドラインなのは間違いないのだから……。
そんなアスラが処理した書類は電送虫で海軍本部に送られ、CP本部など別の所へも運ばれ、逆に向こうからも書類が電送されてくる。
アスラが呟いたのは、そうした書類の1つ、東の海(イーストブルー)での事件の1つだった。
【海賊キャプテン・クロの捕縛】
逮捕にあたった海兵は、海軍第7支部。しかし、モーガン軍曹を除き全滅。軍曹本人も顎と右手に重傷を負うという事態だった。
この功績により、海軍では、いずれかの支部にて少佐に昇進を予定しているらしいが……。
「……史実ではアレだからなあ。どう考えても、催眠術で歪んだんだろうが……」
駄目元で、一応部下にしたいと申請を出してみる。
使える海兵なら本部としては、幾等でも欲しい、という事から要請自体は決して珍しいものではない。
支部少佐予定だから、本部少尉相当になるか……。
まあ、あくまで申請が通ったら、の話だ。こうした申請そのものは多く、アスラも何度も書類を提出し、そうしてやって来たある者はグランドラインでも活躍し、ある者は力不足で各海の支部へと戻された。もっとも、支部とて戦力が欲しいのは変わらないから、本部中将の申請とはいえ、全てが通る訳ではないのだが。
モーガン自身がどこまでいけるか……そもそも性格がどうなるか……そのあたりが不安材料だが……。
そう考えていると、扉が盛大に開け放たれた。
海軍本部中将の部屋に入ろうかというのに、口には複数の葉巻。服装は決してきちんとした服装ではないが、アスラ自身が『きちんと仕事と、外では状況を弁えた行動をするなら、多少の融通は認めよう』という事で、気にしていない。というか、この男の場合、葉巻を咥えていない姿や丁寧誠実な姿が原作の影響のせいか、想像出来ない事もあるし……。
「失礼します。間もなく目的地に到着します」
「ああ、分かったよ、スモーカー中佐……」
そう、彼の名は海軍本部中佐スモーカー。ちなみに、W7の事件時に少佐だったのに、未だ中佐なのは少佐→中佐→少佐→中佐→大佐→中佐とあれから功績を幾度も上げながら、2度も素行不良で降格を喰らっているからだ。
まあ、もてあまされていたからこそ、アスラの『面白そうだ』という理由から副官に求めた申請が通ったりしたのだが。
ちなみに、現在既に彼は自然系悪魔の実モクモクの実を食った『煙人間』になっているが、未だアスラに勝った試しはない。
とりあえず、もうじき、という事で書類を片付け甲板へと出る。その前に広がる光景は……。
「……リヴァースマウンテン、か……」
この山は幾度見ても凄い。そう思う。
東の海へ向かう際は、未だ海楼石を敷き詰めるという方法が確立していない事もあり、通った事があったが、海が山を登るというのはとんでもない光景だ。
今回は、入り口の灯台を1度見学してみると言っている。
無論本音は……あの為だが。
「……アイランドクジラか……」
「珍しいですな」
本来西の海のみに生息する巨大な鯨。それがこのリヴァースマウンテンには生息している。
……ルフィらがいない今、原作通りのルートを通る事がない今、あいつに真実を告げてやらねば。理解出来るかはともかくとして、だが……。原作を変えた、それが自分の務めだろう。