第77話−旅立ちの翼
【SIDE:アスラ】
その日、アスラは東の海から本部移籍が決まったモーガン軍曹改め少尉に伴う資料をふと出来た時間を使って確認していた。
「……改めて見れば見る程、穴だらけだな」
ふと溜息をついた。
言うまでもなく、モーガンが捕らえたとされるキャプテン・クロの逮捕時の状況だ。
そもそもの状況がおかしい。
生存者はモーガンのみで、他は海兵全員が死亡。モーガンは重傷。その癖、キャプテン・クロは捕縛されている。しかも、この一文。
『尚、キャプテン・クロに目立った外傷などは見当たらず』
という部分を見つけた時は、検証に当たった海兵の頭の中を見てみたくなった。
海軍の船に残っていたのは海兵の死体と、縄を掴んだまま怪我で意識を失ったモーガン、後は縄で縛られて大人しく座っていた無傷に等しいキャプテン・クロ。
海賊と思われる死体はなし。キャプテン・クロの船もなし。
海兵の死因は大多数が刀傷によるものと思われる。
この辺りからだけで、幾つもの事が分かる。
例えば、刀傷という事は接近戦を繰り広げた、という事だ。となれば、双方とも全滅に至るまで戦ったとするならば、こちらの船にも海賊の遺体が転がっていないとおかしい。なのに、転がっていたのは海兵の遺体のみ。これは、海賊側は遺体を回収する余裕があったと考えられる。
で、その時点でキャプテンが捕まっているのに、助けない訳がない。……よほど人望がないならまた別だが、キャプテン・クロはそういう三流とは違うみたいだしな……まあ、所詮覚悟が出来てない時点で二流だが。
更に、海兵らは唯一の生存者のモーガンでさえ意識を失っていたのに、キャプテン・クロと思われる人物には脱出しようと試みた形跡すらない、という。普通、殺されるのがほぼ確定状況で、自殺志願者でもない限り、脱出を図るだろう。
「……キャプテン・クロも間抜けなら、それにあっさり騙された海兵はもっと間抜けだな」
ふう、と溜息をつく。
これは原作通り、間違いなくキャプテン・クロは生きている、という事なのだろう。
……とりあえず、この件はそうした事を書き足して、改めて調査を行うよう要請書と共に放り込んでおく。理由は、休憩中に偶々何の気なしに見ていたら気付いたが、という事にした。
まあ、普通は一介の海軍本部少尉の情報を本部中将がじっくり見るなどない。
何しろ、海軍には万単位の軍人が所属し、一方本部中将は僅か16名。偶然でも装わなければ、じっくりと本部に招かれる事になった事情と解決した事件の詳細なんて読まれる事はないのは、他ならぬアスラ自身が理解している。
何しろ、余りに多数の紹介や推薦などが回ってくるせいで、丁寧に1つ1つ見ている余裕がないのだ。
結果、人事部から回ってきた書類をざっと見て、問題なければ承認印を押す事になる。アスラとて、このモーガンのような少尉の関わる案件など普通はここまで詳細に目を通したりはしない。そんな時間もない。今回は原作に出てくるモーガンとキャプテン・クロの件だからこそ読む気になったし、気付いたとも言える。
……もっとも、だからこそ現場にはしっかりしてもらわないといけないし、こんな報告書を真面目に上げてくるような奴がその職に就いているのかと思うと頭痛がしてきそうだが。
ふう、と熱い珈琲を口にして、ふと時計に気付いた。
……そういえば、そろそろエース達はW7に着いてる頃か。
「アスラ中将!」
ふとそう思った時、部下の1人が慌てて部屋に入ってきた。
「?なんだ」
「あの……ガープ中将がお孫さんらについて行かれてしまって……残りの仕事はアスラ中将に任せた、と言われたらしいんですが……どうしましょう?」
一瞬固まったアスラだったが、ある意味あの人らしい、と思わず苦笑してしまった。
「まあ、いいさ。今更だ……で、どれぐらい残ってるんだ?」
「はあ、それが……」
9割がた、と聞いて、さすがに固まったアスラだった。
ちなみに、最終的にセンゴク元帥に報告して、毎度おなじみな真面目な4人で分担して作業した事を付け加えておく。
【SIDE:W7】
「わっはっは!いや、いい進水式日和じゃのう!」
「てか爺、なんでいるんだよ!」
「仕事しないと、後で怒られるぞ?」
一方その頃W7。
海列車マリンフォード駅から、終点W7駅まで直通が走っているので、時間さえ間違えなければ、きちんと着けるのが強みだ。
現在では複線となって、途中で追い越しや切り替えも設けられており、海の上を走るという以外は正に普通の鉄道と何ら変わりない。とはいえ、エースとサボ、引率でやって来たハンコックに護衛で来たアリス、一緒についてきたルフィにナミ、エスメラルダとカルラという一行に加えて、何故かガープがいた。
無論、時間的にガープは仕事のはずである。そもそも、だからアスラがこの場にいないのだから。
エースとサボのツッコミも当然と言えるだろう。
「たっはっは!よく来たのう」
駅で出迎えたのは、トムさんその人だった。
さすがに、ガレーラカンパニー社長にして、W7市長まで兼任する事になった、いまやこの都市の最重要人物であるアイスバーグはいない。むしろ、トムさんが直々にやって来る事自体極めて珍しい。
実際、トムさんにも密かに護衛がついているのだが……まあ、この面子相手に襲撃かけようと考える馬鹿はいないだろう。
さて、完成した船だが、当初予定通りの小ぶりな船である。
「まあ、宝樹アダムは使えんかったのが残念じゃったがな」
「子供の最初の船には高価すぎるわい。大体、あいつは大概が流れるのは裏ルートじゃろうが」
このサイズの船でも最低1億はかかるのは確定。しかも、海軍が金を出して裏ルートは拙いだろう、という言葉にさすがに、一同もひきつる。とはいえ、嘗て、オーロジャクソン号に用いられて、グランドライン一周が為されたように、可能ならば使いたい素材なのも確かなのだ。
「まあ、何時かお前さん達がドンとそんな船が必要になったら言って来い!」
そん時は作ってやる、と、たっはっはっは、と笑うトムさんにエースもサボもニヤリと笑って指を立てた。
そんな事を話している内に、ガレーラカンパニーのドックの1つに到着した。
ガレーラカンパニーは世界政府御用達の大型船から小型船まであらゆる規模の船を可能とする。これは、複数の造船所を統合した事によるメリットの1つであり、それぞれの造船所ごとの特色と技術を生かしているとも言える。
今回、使用したのはそんなドックの1つで、その一角に納められていた船はサイズ的にはそんなに大きくはない。
だが、美しく、速そうな船だった。
「こいつが、お前さん達の為に作った船だ。見ての通り基本は速度、それから見えん所では航海の快適さの追及だ」
逆に防御と攻撃力は低めなのだという。
とはいえ、耐久力と防御はまた別で、砲弾を軽々と弾き返すなんて真似は出来ないが代わりに撃たれて穴だらけになろうが、ちょっとやそっとでは沈まないという。
この辺は部屋の扉ごとがそれぞれに隔壁となる工夫の採用に加えて、最下層が水浸しになっても、次の層が、それが駄目になってもまだ次の層が、と水没する事で押し上げられる空気を保持する事で浮力を維持し続けるという工夫がなされている。
攻撃に関しては、船首に1門と左右に各1門。フランキーによる協力を得たこの砲は射程重視の砲だという。
「まあ、お前さん達がやるのが賞金稼ぎっちゅう事で戦闘力重視も考えたんだが、最初は2人だっていうし、あまり重武装にしても扱えんからなあ」
だから、武装に回す分を他にまわしたのだという。
将来に備えての拡張性も至る所に工夫して保持された船は中に入ってしばらく回っていたエースとサボも気に入ったらしかった。
「よし!それじゃ、後は航海に出るだけだな!」
「航海術はちゃんと覚えたんだろうな?エース」
「当たり前だろう!」
さすがにエースも旅に出ると決めてからは、サボと2人で互いに必要な事を詰め込んだ。
料理もそうだし、航海術に簡単な医術とどちらかが倒れても、ある程度は対応出来るよう頑張った。この辺好きこそものの上手なれ、というべきだろう。急速に必要な事を修得していった。
(ちなみに料理はハンコックが、航海術はナミが教えたが、医療に関してはアスラの伝手で元ドラム王国の医師を紹介してもらった)
「おお、それとあと決めておかねばならん事があるぞい」
トムさんが、ふと思い出したように言った。この船の名は何とするのか?と。
にかっとエースとサボは顔を見合わせると声を揃えて言った。
「「この船は……俺達の燃える心を、誇りを忘れないよう……誇りある焔、ストルツ・フランメ号だ!」」